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第16話 選ばれない選択

 朝は、いつもと同じだった。

 キッチンから聞こえる物音。

 誰かが湯を沸かし、誰かが無言で席に着く。

 変わらない――

 はずだった。

 でも、俺だけが分かっていた。

 もう、何も知らなかった頃には戻れない。

 朝食の席に、全員が揃っていた。

 エイルはマグカップを両手で包み、

 セラフィナは妙に姿勢を正し、

 レイナは窓の外を見て、

 ルシアはわざと騒がしくパンを齧り、

 澪はスマホを伏せたまま、

 カナデは、必要最低限の動作だけをしている。

 誰も、昨夜の話題を出さない。

 結界。

 錨。

 選択。

 全員、知っているのに。

「……今日、どうする?」


 誰ともなく、そう言った。


「学校」


 澪が即答する。


「授業あるし。テスト近いし」


 現実的で、正しい。


「……私は、付いていけないけど」


 セラフィナが苦笑する。


「でも……人間界の“普通”を見るのは、嫌いじゃない」


 それ以上は言わない。

 エイルは少し迷ってから言った。


「……今日は、何もしない日がいいな」

「何もしない、って?」

「何も、決めない」


 その言葉が、胸に刺さった。

 昼過ぎ、俺は一人で家を出た。

 誰も止めない。

 誰も理由を聞かない。

 それが、今の距離感だった。

 歩きながら、考える。

 もし、誰かが告白したら?

 もし、俺が誰かを選んだら?

 答えは簡単だ。

 この家は、壊れる。

 それが正しい未来だとしても、

 今は、まだ選べない。

 夕方、家に戻る。

 リビングには、全員がいた。

 でも、視線が合う前に、

 それぞれが少しだけ目を逸らす。

 期待も、

 不安も、

 全部、口にしない。

 夜。

 風呂上がりに廊下で、レイナとすれ違う。


「……なあ」

「ん?」

「未練ってさ」


 少し間が空く。


「悪いもんだと思う?」


 レイナは、肩をすくめた。


「さあね」

「でもさ」


 こちらを見ないまま言う。


「未練があるから、人は人でいられるんじゃない?」


 それだけ言って、去っていく。

 自室に戻ると、机の上にメモがあった。

 エイルの字。


『今日は、よく眠れますように』


 何も要求していない。

 何も迫っていない。

 それが、優しすぎた。

 窓を開けると、外は静かだった。

 結界は、まだ揺れている。

 でも、崩れてはいない。

 それはきっと、

 俺がまだ、前にも後ろにも行っていないから。

 誰も告白しなかった。

 誰も、関係を変えようとしなかった。

 だから――

 関係は、続いている。

 壊れない代わりに、

 進まないまま。

 それが、今日の選択。

 選ばれなかった、選択。

 そしてそれは、

 確かに、俺自身が選んだものだった。


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