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第15話 この場所の正体

 夜だった。

 家の中は静かで、全員がそれぞれの部屋に引きこもっている。

 電気の消えた廊下を歩きながら、俺は自分の足音だけを聞いていた。

 カナデに呼ばれたのは、地下――

 正確には、元・物置だった場所。

 いつの間にか、簡易的な結界装置と端末が並んでいる。


「……来たか」


 カナデは、すでにそこにいた。


「ここが……核心?」

「……そう」


 彼女は端末の画面を操作しながら、淡々と話し始める。

「この家は、元々“何もない”」


 いきなり、そんなことを言った。


「霊道でも、異界門でもない。ただの、古い住宅」

「じゃあ、なんで――」

「……変わったのは、数ヶ月前」


 画面に、波形が映し出される。


「あなたが、ここに引きこもった頃」


 胸が、少しだけ痛んだ。

「……失恋した」


 俺が、先に言った。

 カナデは、否定しない。


「告白して、振られた」


 ありふれた話だ。

 世界が壊れるような出来事じゃない。


「理由は聞かなかった。聞く勇気もなかった」


 だから、勝手に考えた。

 自分が足りなかったのか。

 何か間違えたのか。


「……でも、諦めきれなかった」


 未練。

 後悔。

 自責。


「立ち直ろうとも、完全に沈むこともできなかった」

 

 だから、学校にも行かず、

 でも、何かを壊すほど荒れることもなく。

 ただ、止まった。

「……その状態が、問題だった」


 カナデは静かに言う。


「人間の精神は、通常、どちらかに傾く」

「前向きか、後ろ向きか」

「拒絶か、執着か」


 彼女は続ける。


「だが、あなたは違った」


 画面に映る波形は、ほとんど揺れていない。


「……揺れているが、崩れていない」

「不安定だが、壊れていない」

「前にも後ろにも、行かない」


 それは、欠陥ではなかった。


「……それが、“錨”」


 境界を、ここに繋ぎ止める存在。

「霊は、未練に引き寄せられる」

「異界の者は、安定を求める」

「魔力は、停滞を好む」


 カナデは、こちらを見た。


「……あなたは、それら全てを、拒まなかった」

 追い出さず、

 否定せず、

 恐れすぎず。


「だから、この家は“居場所”になった」

「……俺は、何もしてない」

「……それが、問題」


 きっぱりと言う。


「何もしないことが、

 最も強い影響を持つ場合もある」


 沈黙。


 確かに、俺は何も決断していなかった。

 立ち直ることも、

 完全に沈むことも。

 だから、境界が揺れる。

「……じゃあ、どうすればいい?」


 問いかける。


 カナデは、少しだけ間を置いた。


「……選ぶ」

「何を?」

「……どこに属するか」


 現世か。

 境界か。

 曖昧なままか。


「あなたが“前に進めば”」

「錨は、外れる」

「……そうなれば」


 彼女は言葉を切った。


「ここに集まった者は、元の場所へ戻る」


 胸が、締め付けられる。

 あの静かな時間も。

 何もしない癒しも。

 普通の放課後も。

 全部。

「……逆に」

「ここに留まれば?」

「……境界は、さらに混ざる」

「戻れなくなる者が出る」


 選択は、残酷だった。

「……なあ、カナデ」

 俺は、ゆっくり言った。

「俺は……悪いこと、したか?」

 彼女は、首を振る。


「……いいえ」

「ただ、人間として、とても“人間らしい”」


 その言葉が、少し救いだった。

 地下を出ると、家はいつも通りだった。

 でも、もう違う。

 この場所は、偶然じゃない。

 俺の心が、作った場所。

 境界線がゆるいのは、

 俺自身が、曖昧だから。


 それでも――


 この家で過ごした時間は、

 確かに、本物だった。

 だからこそ。

 次に来る選択から、

 目を背けることはできなかった。


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