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第14話 揺れる境界線

 違和感は、朝からあった。

 いつもなら聞こえるはずの音が、少し遅れて届く。

 冷蔵庫の稼働音。

 階段を踏む足音。

 窓の外の、鳥の鳴き声。

 まるで、この家だけが、現実から半拍ずれているような感覚。


「……変だな」


 リビングに出ると、すでにカナデがいた。

 ノートパソコンと、見慣れない簡易端末。

 表情は、いつも以上に硬い。


「……起きてたか」

「おはよう……って空気じゃないな」

「……結界が揺れてる」


 即答だった。

 昼前には、全員が揃っていた。

 レイナは腕を組み、天井を見上げている。

 エイルは黙って床に座り、気の流れを感じ取っている。

 セラフィナは、耳を伏せるようにして落ち着かない様子。

 ルシアですら、いつもの軽さがない。

「霊の通りが……おかしいね」

 レイナが言う。

「流れが、勝手に曲がってる」

「……回復、追いつかない」

 エイルの声は小さい。

「森の気配も……混ざっています」

 セラフィナの耳が、ぴくりと動く。

 ルシアが、珍しく真面目な顔で言った。

「ねえ。

 この家……前から、こんなだった?」

 沈黙。

 全員の視線が、カナデに集まる。

「……想定より、早い」


 カナデはそう言った。


「本来、この規模の揺らぎは、数年単位で進行する」

「じゃあ、なんで――」

「……ここに、集まりすぎた」


 言葉は淡々としているが、内容は重い。


「現世、霊界、異界。

 休息、定着、回復、停滞」


 端末の画面に、複雑な波形が映る。


「全てが、この一点に引き寄せられている」


 そして――

 彼女は、こちらを見た。


「……原因は、家だけじゃない」


 空気が、張り詰める。


「この家は“器”」

「……じゃあ、中身は?」

「……錨」


 その言葉を、俺はもう知っていた。

 だが、改めて言われると、胸がざわつく。

「……精神状態が安定と不安定の境界にある人間」

 カナデは、視線を逸らさず続ける。


「強くない。

 壊れていない。

 拒絶しない」


 条件を、一つずつ並べる。


「……珍しい」


 それが、俺だった。

「え、つまりさ」


 ルシアが言葉を噛み砕く。


「この人がいるから、みんな集まってきたってこと?」

「……正確には」


 カナデは少しだけ言葉を選ぶ。


「“この状態”だから」


 否定でも肯定でもない。

 ただの事実。

 レイナが、小さく息を吐いた。


「なるほどね……だから、ここは居心地がいい」

「……離れたくない」


 エイルが、ぽつりと呟く。

 セラフィナも、何か言いたげだったが、言葉にしなかった。

「……警告する」


 カナデが、管理者の声に戻る。


「このまま放置すれば、境界はさらに薄くなる」

「どうなる?」

「……戻れなくなる者が出る」


 はっきりと言った。


「世界の“どこにも属さない”状態になる」


 それは、救いでもあり、

 罰でもあった。


「……対策は?」


 俺が聞く。

 カナデは、少しだけ間を置いた。


「……まだ、確定していない」

「ただし」


 一拍。


「中心が変わらなければ、結末はひとつ」


 それ以上は言わなかった。

 その夜。

 家は、いつも通りだった。

 笑い声もある。

 夕飯もある。

 だが、全員がどこか、無意識に“距離”を測っている。

 境界線が、確実に揺れている。

 そして――

 この家には、

 まだ語られていない秘密がある。

 そんな予感だけが、

 静かに広がっていた。


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