第12話:澪との放課後
チャイムが鳴った。
いつもより少しだけ長く感じる午後の終わり。
教室に残るのは、帰り支度の音と、雑談と、椅子を引く音。
「……お疲れ」
隣の席から、渚 澪が声をかけてきた。
「お疲れ」
それだけのやり取り。
特別なことは何もない。
だが、それが妙に心地よかった。
「今日、帰り一緒?」
「いいけど」
責める口調ではない。
ただの事実を、淡々と述べる声音。
「……色々あって」
「知ってる」
即答だった。
「家、行ったし」
ああ、そうだった。
あの日、全部見られた。
霊界案内人も、エルフも、異世界少女も。
それでも、澪はこうして隣を歩いている。
「正直さ」
彼女は前を見たまま言った。
「最初は、夢かと思った」
「だろうな」
「でも、あれは夢じゃない顔してた」
少しだけ、笑う。
「……あなたも、あの子たちも」
*
コンビニに寄って、飲み物を買う。
並んで歩きながら、他愛もない話をする。
「ゼミの教授、また変な課題出してたね」
「レポート地獄」
「卒業させる気あるのかな」
普通の会話。
異界も、霊も、魔法も出てこない。
ただ、それが逆に――重かった。
沈黙が少し続いたあと、澪が言った。
「……あのさ」
「ん?」
「告白した相手のこと」
心臓が、少しだけ跳ねた。
「……まだ、引きずってる?」
歩きながら、足を止めずに。
逃げ場のない質問。
「……少し」
正直に答えた。
「完全には、無理だろ」
「うん」
澪は頷いた。
「でも、前よりは……顔、マシ」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる」
即答。
しばらく歩いて、澪が続ける。
「……振られた理由、聞いた?」
「聞いてない」
「聞かないの?」
「怖い」
澪は、少しだけ視線を落とした。
「……それ、普通だよ」
その一言が、妙に胸に刺さる。
「無理に立ち直らなくていいし、
忘れようとしなくてもいい」
夕焼けが、彼女の横顔を染める。
「……ちゃんと傷ついたってことだから」
慰めじゃない。
励ましでもない。
ただ、肯定だった。
*
別れ道の前で、足を止める。
「……今日は、ありがとな」
「何が?」
「普通で」
澪は、少しだけ驚いた顔をしてから、笑った。
「変なの」
そして、真剣な声で。
「でもさ」
こちらを見る。
「普通って、意外と大事」
一歩、近づく。
距離は、近い。
だが、越えない。
「……もし」
澪は言葉を選ぶ。
「全部が落ち着いたら」
間。
「また、ちゃんと前向けたら」
夕風が吹く。
「……その時に、考えればいい」
それ以上は言わない。
期待も、約束もない。
でも――
それが、一番現実的で、
一番優しかった。
「じゃ、また明日」
「また」
背中を見送りながら、思う。
異界の少女たちは、非日常だ。
癒しで、刺激で、逃げ場。
でも。
渚 澪は、現実だ。
ここに戻る場所。
だからこそ――
一番、近い。




