第11話 エルフと昼下がりのデート
昼下がりのシェアハウスは、やけに静かだった。
レイナは仕事だと言って霊界へ戻り、エイルはパワースポット巡り、ルシアは――どこかに消えている。
結果、残ったのは俺とセラフィナの二人だけ。
「……静かだな」
「そうですね。とても平和です」
セラフィナはいつも通り、問題のある服装でソファに腰掛けていた。
薄く、白く、透ける布。
陽の光を浴びて、その下が――いや、考えるな。
「なあ、セラフィナ」
「はい?」
「その服……やっぱり、人間界だと色々まずいと思う」
彼女はきょとんと首を傾げた。
「なぜですか? これは正統なエルフの衣装ですが」
「いや、絶対に嘘だろ」
「嘘ではありません。森では、皆このような格好を――」
「いやいやいや!」
思わず声を荒げてしまった。
セラフィナは少し驚いたように目を見開き、次いで、ほんのわずかに頬を赤らめた。
「……そんなに、おかしいですか?」
「おかしいというか……その……」
視線を逸らす。
俺が言葉に詰まると、セラフィナはじっとこちらを見つめてきた。
「……人間の男性は、こういう格好が……苦手なのですか?」
「苦手っていうか……刺激が強すぎる」
少し沈黙。
「……刺激」
セラフィナは、その言葉を頭の中で転がすように繰り返した。
「なるほど……」
そして、ぽつり。
「……それは、恥ずかしいという感情ですか?」
「……ああ」
その瞬間だった。
「――えっ?」
セラフィナの耳が、ぴくりと動いた。
「……恥ずかしい?」
耳から、首、頬へと、一気に赤みが広がっていく。
「……そ、そういう感情は……」
彼女は両手で胸元を押さえ、わずかに身をすくめた。
「……知りませんでした」
――遅い。気付くのが遅すぎる。
*
「……ちょっと外、行く?」
空気を変えたくて、俺は提案した。
「人間界の街を少し歩くだけでも」
「……はい」
セラフィナは少し緊張した面持ちで立ち上がる。
「その前に、これ」
俺は自分のパーカーを差し出した。
「……これは?」
「羽織って。頼むから」
一瞬迷ったあと、セラフィナはそれを受け取った。
「……ありがとうございます」
パーカーは彼女には少し大きく、裾が太ももまで隠れる。
それでも、完全に安心とは言えないが、さっきよりはマシだ。
*
街に出ると、セラフィナは目を輝かせた。
「……すごい。森とは全く違います」
自動販売機、信号、行き交う人々。
「この箱から飲み物が出てくるのですか?」
「そうそう」
「……魔法ですね」
「科学だ」
文化の違いにいちいち反応する姿が、妙に微笑ましい。
だが――問題は、周囲の視線だった。
パーカー越しでも分かる体型。
耳。
歩き方。
明らかに、注目を集めている。
「……セラフィナ、もう少し俺の近くに」
「?」
自然と、彼女と人の間に立つ。
「……人間界は、視線が多いですね」
「まあ……そうだな」
少し歩いた公園で、ベンチに座る。
セラフィナは、パーカーの袖をぎゅっと握っていた。
「……さきほどの話ですが」
「ん?」
「……恥ずかしい、という感情」
視線を下げたまま、続ける。
「今、少しだけ……分かった気がします」
耳まで赤い。
「……悪い。余計なこと言った」
「いいえ」
小さく首を振る。
「……教えてもらえて、よかったです」
沈黙。
昼下がりの風が、木々を揺らす。
その瞬間、俺は気付いた。
――この子は、守られる側なんだ。
異世界の住人で、エルフで、強そうに見えても。
人間界では、あまりにも無防備だ。
「……セラフィナ」
「はい?」
「ここでは、俺がそばにいる」
それだけ言った。
セラフィナは、少し驚いたあと、柔らかく微笑った。
「……心強いです」
パーカーの中で、彼女の指が、そっと俺の袖に触れた。
露骨な言葉も、告白もない。
だが、確かに距離は縮まっていた。
昼下がりの、静かなデートだった。




