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第10話 見習い魔法少女と何もしない時間

 朝だった。

 正確には、昼に近い朝。

 カーテン越しの光が柔らかく、時間の輪郭が曖昧な時間帯。

 リビングには誰もいない――と思っていた。


「……おはよう」


 ソファの端に、エイルが座っていた。

 いつものように静かで、淡い色の服を着て、何かを考えているのか、いないのか分からない表情。


「おはよう……早いな」

「……ここ、朝がいちばん落ち着く」


 それだけ言って、彼女は窓の外を見た。

 言葉は少ないが、不思議と会話が途切れた感じはしない。


「今日は……どこか行く?」

「……パワースポット」

「え?」


 即答だった。


「……人間界の。行ってみたい」

「なんでまた」


 少し考えるような間。


「……似てる。ここに」


 つまり、この家と。

 最初に向かったのは、街外れの小さな神社だった。

 観光地でもなんでもない。

 地元の人がたまに手を合わせる程度の場所。


「……静か」


 エイルは鳥居をくぐるなり、そう呟いた。


「こういうとこ、好きなんだ」

「……うん」


 境内の隅に腰を下ろす。

 特に何をするわけでもない。

 エイルは目を閉じ、深く息を吸った。

 それだけで、空気が少し柔らかくなった気がした。


「……回復してる?」

「……少し」


 彼女の“少し”は、だいたい“十分”を意味する。

 次は、小さな川沿いの遊歩道。

 水音と風の音だけがある。

 エイルは川を眺めながら、ぽつりと言った。

「……この世界は、ざわざわしてる」

「まあな」

「……でも、ここは、静か」

 その言葉が、胸に落ちる。

 俺は、ずっとざわざわしていた。

 告白して、振られて、何も変われなくて。

 引きこもって、時間だけが過ぎて。

 なのに。

 今は、何も考えなくていい。

 最後に、公園のベンチに座った。

 日差しがちょうどよく、眠くなる。

 エイルは、隣に座る。

 近い。

 だが、不思議と意識しすぎない距離。


「……ねえ」

 珍しく、彼女から話しかけてきた。


「ん?」

「……ここに来てから」


 少し言葉を探すような間。


「……あなた、前より……静か」

「そうか?」

「……うん。痛い感じが、減った」


 ドキリとする。

 図星だった。


「……前は、ここ」


 彼女は自分の胸に指を当てる。


「……ざらざらしてた」

「……そんな顔してた?」

「……してた」


 短く、でも確信のある言い方。

 しばらく、沈黙。

 それは気まずさじゃない。

 ただ、同じ場所で、同じ時間を過ごしているだけ。

 エイルが、そっと俺の袖を掴んだ。


「……ここ」

「ん?」

「……離れたくない」


 告白でも、恋の言葉でもない。

 でも、それ以上に重い言葉だった。


「……俺も、嫌いじゃない」


 そう返すと、エイルは小さく頷いた。

 それだけ。

 手を繋ぐことも、抱きしめることもない。

 だが、距離は――これ以上ないほど近かった。

 帰り道。

 夕暮れの空が、オレンジに染まっている。


「……今日は、何もしてないな」


 俺が言うと、


「……それが、いちばん」


 エイルはそう答えた。

 何もしない時間。

 それが、確かに俺を回復させていた。

 この家が、

 この場所が、

 この関係が――

 少しだけ、救いになっている。

 そう思えた一日だった。


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