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第三章 らしさ ④

 私はジョージとマーサにお仕事を休むことを正直に話した。

 心配かけたらどうしようと思ったけれど、杞憂だった。

 マーサは木べらを持ちながらにっこり笑っていた。


「それはようございました。ゆっくりできますね」


 ジョージもマーサの言葉にうなずいている。


「ここのところ落ち着かない状態でしたから、ゆっくりなさいませ」


 ふたりとも変に慌てたりしなかった。

 すべて私の思い過ごしだった。馬鹿だなぁと思う。


「少しゆっくりするわ……あとね」


 良い雰囲気を感じて、私は背中を丸めながらぽつりと話した。


「ウィリアムに会ってね。別れたいって言ったの……」


 ふたりが目を見張った。私は言い訳するように早口でまくし立てる。


「彼とは合わないことがよく分かったの。分かってもらえなかったけれど……」

「でも、お嬢様から別れを言ったんですよね⁉」

「えっ……ええ」

「まあ! まあ! まあああっ!」


 マーサがビーズみたいな小粒の目を輝かせている。

 ふっくらした頬も薔薇色に染まっている。


「聞きましたか、ジョージさん!」

「しっかりと」

「お祝いにケーキを作らないと!」

「材料はありますか? なかったら買ってきます」

「ばっちりあります!」


 目の前で意気込むふたりに、私はぽかんとしてしまった。


「……叱らないの?」

「まあ、どうして叱りましょうか。お嬢様がしっかりと考えた末の決断でございましょう? わたしは賛成です」


 ふくよかな胸を大きく張って、マーサは言い切る。

 私は拍子抜けしてしまった。


「そっか……ありがとう」


 ころころと笑うマーサを見ていると、私は彼女たちのことも片目をつぶって見ていたのかもしれないと思った。

 両目を開いて、生きていかないと。


 その日の晩に出たケーキは、バタフライ・ケーキだった。


 パーティーの定番だった小さいカップ・ケーキ。

 たっぷりの生クリームとレモンカードの上で、蝶の羽に切られたスポンジが飾られている。

 さながら菜の花畑で、蝶がひらひらと舞っているようだ。


 ケーキを見ていると、楽しかった少女時代を思い出す。

 私の誕生日には、いつもこのケーキが並んでいた。

 

 まるで誕生日会だ。

 ジョージとマーサに囲まれて、私はここからもう一度、生まれるのだろう。





【幕裏】 マーサ視点


 お嬢様が寝室に戻ったのち、わたしは浴槽を掃除して、明日の準備にとりかかりました。

 鼻歌を口ずさんでいると、ジョージさんがやってきます。


「お嬢様はお休みに?」

「ええ。今日は楽しゅうございましたのね。笑顔で戻られましたよ」


 ジョージさんがほっと胸をなでおろします。

 ジョージさんはいっつも難しいお顔をされていますが、お嬢様が可愛くてしかたがなく、心配していますの。


「ウィリアム様と別れてよかったですわね」

「あれは全体的にダメな男ですからね」

「確かに。全体的にダメでございますわね」


 ジョージさんは肩を回しながら、ソファに座ります。


「お茶でも淹れましょうか?」

「いや、いいです。あなたと私は同志ですから」

「それもそうですわね」


 わたしたちはあくまで雇われた者たちです。

 わたしたちは生涯、お嬢様のおそばにいるつもりではございますが、名前を呼ばないようにしておりますの。

 だって、お名前を呼んでしまったら、本物の子どもに思えてしまいますから。

 お嬢様との関係に線を引かなければいけません。

 たとえ、どんなにお嬢様が愛しくとも。

 わたしたちは両親ではないのです。

 ジョージさんもわたしと同じことを思っているでしょう。


 わたしは眉間にしわを寄せたジョージさんの横に座りました。


「何か、気になることでも?」

「ウィリアム様のことです。私は彼がお嬢様と結婚をしたがる理由がいまいちわからない」

「好きで、というわけでもなさそうでございますしね」

「ウィリアム様の母親まで結婚に賛成しているという話をしていましたが、やはり解せない」


 わたしは人差し指を一本立てて、ジョージさんに言います。


「少々、気になることを耳にしましたの」

「なんでしょう?」

「わたしが買い物に行く市場のおかみさんから聞いたのですけれどね。彼女、ウィリアム様のお母さまが所有しているアパートに住んでいらっしゃるんですって。最近、家賃が上がったとかで、生活が苦しくて大変だと言っていましたわ」


 わたしはまるで私立探偵になった気分で、声を低くいたしました。


「どうも管理会社が、というより、ウィリアム様のお母さまが賃上げを強行なさったそうです」

「……経済的に苦しくなった、という理由ですか」

「それなら遺産目当てで、ウィリアム様がお嬢様と結婚すると言ってもおかしくはありませんわ」


 名推理をしたみたいに、わたしは腕を組みました。


「詳しく調べましょう」


 ジョージさんがソファから立ち上がります。

 そして外出用の帽子を被り出してしまいます。わたしは仰天しました。


「今からでございますか?」

「お嬢様のためです。酒場(パプ)なら今の時間でも空いています」


 そう言って、ジョージさんはすたすた歩いて行ってしまいます。

 本当に、行動がお早いわ。

 お嬢さまのことになると。ふふっ。


 それからわたしたちはお嬢様に内緒で、ウィリアム様の身辺調査を始めました。

 どうしてお嬢様に秘密なのか。

 切り札は最後にとっておくものでございますからね。


 それにヘレン様を亡くし、気丈に振る舞おうとするお嬢様を傷をつけるようなことはしたくありません。

 可愛い、可愛い、わたしたちのお嬢様ですもの。


「明日、お嬢様の好きなミルク粥を作ろうかしら」


 元気がないとき、お嬢様は甘いミルク粥をよく召し上がってくれた。


 一日、元気に過ごせますように。

 魔法をかけるように鍋を木べらでかきまぜましょう。



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― 新着の感想 ―
投稿感謝です^^ 優しい裏方さんたちの暗躍が始まる。 ジョージとマーサは従者とメイドだけれど、まるで敏腕な執事長や侍女頭のような有能っぷり。 短編版よりダメさがグレードアップしているっぽいウィリアム…
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