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「よくある話」と言われたけれど <連載版>  作者: りすこ


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エピローグ ①

「おばあさま、夏になりましたね」


 薄手の喪服を着た私とフィンさん、そしてマーサとジョージは祖母のお墓の前にいた。

 白い墓標の周りには、夏の花が咲き誇っている。

 紫色のラベンダーは、ゆったりとしたリズムをとりながら風に揺れていた。

 水色のアジサイは、花弁を広げて艶めいていた。

 花々に目を細め、私たちは墓地の雑草を抜き、花たちに水をやった。

 そうすると、祖母の箱庭は、うんと輝きだす。


 きれいになった墓地の前で、私たちは祈った。

 私は祖母が知らない出来事をたくさん話そうと意気込んでいたのに、いざ目の前の墓標を見たら、短い言葉しか出てこなかった。

 


 ――おばあさまへ


 あれからもう、一年ですね。

 

 私は元気です。

 みんな元気です。


 フィンさんと、恋人なりました。

 彼はいつか結婚したい人です。


              ――セリアより



 目を開くと、大地に根を張った花が見える。

 太陽の光をめいっぱい浴びて、花たちは、生きていた。



 ***




 お墓参りをした、次の週末。

 私はフィンさんとウェスト通りに来ていた。

 この通りは紳士服や、小物がそろうストリートだ。

 一軒の店に入り、私たちはフィンさんの新しいスーツを選んでいた。

 ちょび髭の男性定員が、今の流行を熱心に教えてくれる。


「今はなんといっても、黒いフロック・コートに明るい色のズボンを合わせるのが一番です! こちらの灰色のストライプのズボンは人気で、ご婦人とサマーバカンスを楽しむときにも重宝いたしますよ」


 彼は少し腰を曲げて、私にささやくように話しかける。


「セリアさんはどう思いますか?」


 私は彼とズボンを見比べながら、想像してみる。

 洗練された服装を着る彼も、かっこいいと思った。


「すてきだと思います。フロック・コートの下に薄灰色のベストを合わせて、襟元には白いスカーフを選ぶといいんじゃないかと」


 興奮して話すと、彼はとろけるように目を細めた。


「いいですね。そうしましょう」


 ちょび髭の店員が恭しく礼をする。


「シルクハットもいかがですか? 当店のものは、禿げ対策が万全でございます!」


 きりりと顔を引き締めて、店員はシルクハットを熱弁する。


「見た目には分かりませんが、穴が複数開いております。通気性は抜群。蒸れる心配もございません!」


 あまりに禿げ禿げというので、笑ってしまった。

 彼を見ると、苦笑いをこぼしている。

 彼の中折れ帽はお父様の形見だ。

 今も彼の一部みたいに、頭を飾っている。


「シルクハットはまた今度でいいんじゃないでしょうか」


 私は彼にほほ笑みかける。


「今の中折れ帽、よくお似合いです」


 そう言うと、彼は嬉しそうにほほ笑み、丁重に店員に断って、シルクハットは買わなかった。



 私はその時、胸飾りを彼にプレゼントした。

 彼は恐縮していたけれど、何か身に着けるものをあげたかったのだ。

 ささやかだけど、日常で使ってくれそうなものがいいと思っていた。

 胸飾りなら、ぴったりだ。

 そう言うと、彼は恐縮しつつも、私の右手を掬い上げて言った。


「僕もセリアさんにプレゼントさせてください。手袋はいかがですか?」


 するりと親指で手の甲を愛おしげに撫でられる。そのしぐさ、声の低さが男性のそれを感じてしまい、私はこくこくとうつむきながら、返事をした。


「では、フィンさんが……選んでください」

「一緒に買いに行ってくれないのですか?」


 くすくす笑いながら言われて、私は頬が火照るのを感じた。


「フィンさんに選んだものがいいです。大事にしたいので……」


 そう言うと、彼はくすりと笑みをこぼし、私の指を唇まで引き寄せた。


「選ばせていただきます」


 彼は目を閉じ、恭しく腰を曲げ、私の指にキスを落とす。

 それは恋人だから、できること。

 まだ慣れない距離と、思いのほか、積極的な彼の行動にどぎまぎしてしまう。

 それでも、私はフィンさんからのプレゼントを楽しみにしていた。



 ***



 私は変わらず、ホテルに勤務している。

 受付にいるときは、こっそり鏡を見て、笑顔になっているかチェックするのが日常だ。

 今日も、お客様をお迎えできる、いい笑顔になっている。

 

 私は鏡から目を離し、ロビーを見渡すした。

 すると、階段を降りてくる紳士が見えた。

 シルクハットにステッキを持ち、丸いお顔にくちひげがよく似合っている、アーチボルド教授がやってきた。

 教授は祖母の葬儀にすぐに来てくれた方。そして祖母の遺産の一部を、低所得者向けの住宅支援に使ってくださる方だった。

 

 フットマンが教授の後に続き、荷物を運んでいる。

 教授は私を見ると、シルクハットを指でつまんで持ち上げ、挨拶をしてくださった。


「おはようございます、教授」


 私は礼をして教授をお迎えする。


「おはよう、セリア嬢。いい天気だね。まさに私のための陽光だ」


 教授はくちひげを指でなぞりながら、胸を張る。

 私はふふっと朗らかに笑んだ。


 今日、教授は低所得者向けアパルメントの建設記念パーティーに出席する。スピーチを発表するそうで、大きなお声で話すのは、緊張しているせいだろう。


「ヘレン殿とセリア殿が、支援してくれたから、建設が早まった。ふたりには感謝してもしきれんな」

「すべてアーチボルト教授のご尽力のたまものですわ」


 瞳を潤ませる教授に、私はほほ笑みながら、チェックアウトを済ませる。

 清算をしおえたあと、私はそっと紙のしおりを教授に差し出した。


「今日という日が、教授にとって最良の日になりますように。パーティーの成功をお祈り申し上げております」


 紙にはホテルで使われている香水が吹きかけてある。

 森の中にいるような、リラックスする香りだ。

 教授はおつりを財布にしまうと、紙を指で掴み、鼻に近づけた。

 目を閉じ、うっとりした顔で言う。


「安らぐ香りだ。……ありがとう、セリア嬢」


 私は深々と頭を下げた。

 教授はシルクハットを脱いで挨拶すると、ステッキを持って荷物をフットマンから受け取った。


 まだ少しお時間があるのか、ロビーでくつろいでいくようだ。ゆったりと腰をソファにあずけ、鞄の中から紙を取り出して熱心に読み始めた。

 しばらくそうしていると、ふと紙を椅子の脇のテーブルに置いて、入り口から見える都市の風景を眺めていらっしゃった。


 回転扉が開き、別のお客様が来訪される。


「いらっしゃいませ」


 チェックイン対応を終えふと目をロビーに向けると、紙がテーブルに置いたままだった。

 びっくりして小走りで駆け寄る。三つ折りにされた紙を持ち、さっと目を通すと、スピーチの原稿だった。


「大変……」

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