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「よくある話」と言われたけれど <連載版>  作者: りすこ


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第十一章 祝福 ②

 体の水分を全部出してしまうんじゃないかと思うほど、泣いて、泣いて。

 

 私は鼻をすすりながら、ポケットからハンカチを取り出して、目元にあてた。

 便箋を封筒の中にしまい、太陽の箱にしまう。

 それを見ながら、フィンさんに話しかけた。


「おばあさま……私が泣くって、分かっていたんじゃないですか?」

 

 私を支えてくれた手が肩から離れていく。

 横を見ると、フィンさんが切なく目を細めていた。


「……はい」

 

 ああ、やっぱり。

 だから、彼はそばにいたいと願ってくれたのだろうか。

 どこまでこの人は――思いがこみ上げて、またじわりと目元に涙が浮かんだ。

 嬉しくて、また泣いてしまう。


「あなたがそばにいてくれてよかったです」

 

 そう告白すると、フィンさんはくしゃりと顔を歪ませた。

 ゆったりと前かがみになり、胸の前で手を組み合わせる。


「セリアさん、ヘレンさんの一周忌が終わったら、僕と一緒に喪服を脱ぎませんか?」

 

 彼は艶の消えたスーツの襟を指でつまんだ。

 私は驚いてしまい、返事ができなった。

 彼は切なくほほ笑みながら、落ち着いた声で話してくれた。


「僕は両親を亡くしてから、ずっと喪服を着ていたんです」

 

 それから中折れ帽子を手に取る。


「これは父のものでした。年季が入っています。父は人の世話ばかりしている、事務弁護士でした」

 

 愛しそうに帽子をなでて、横に置く。

 それから私に向き直った。

 

「両親を亡くしてから、喪服を脱げなくて……おかげで、まあ、女性にはおしゃではないと言われたことがあります。よくある話ですね」

 

 よくある話、と言って、彼はくすくすと笑った。

 自分の悲しみを、相手に感じさせないようにするための軽さがあった。

 ウィリアムの言ったものと違う。私を傷つけない、よくある話だ。


「でも、あなたと出会って、こうしてお話をしているうちに、もういいかなと思えるようになりました」

 

 そう言って、彼は私に、あふれるばかりの思いを語ってくれる。


 あなたの軽やかな笑顔に、安らいでいました。

 あなたと食べるお菓子は、甘く懐かしい味がしました。

 あなたと交わした手紙は、何度も読み返しました。

 

 あなたと会えない時間は、途方もなく長くて、胸が痛かったです。

 あなたと会えたときは、時間が止まってほしいと願いました。


「僕はあなたに、恋をしています」

 

 黒い手袋に包まれた私の手を彼が掬いあげる。

 ミルフィーユみたいに、ふんわりと優しく。


「僕の恋人になってくれませんか? あなたにスーツを選んでほしいです」

 

 あまりにも感情が揺れ動く告白だった。

 だって、私の思いと一緒だったから。

 私はまたぽろぽろ涙を流しながら、彼に問いかける。


「恋人で、いいんですか……?」

 

 結婚までは望まれない。それは、きっと彼の優しさだ。

 彼は五年の約束を知っている。私がホテリエとして頑張りたいことも知っている。

 全部、知っているから。彼は私に未来を委ねてくれる。


「恋人になりたいです。いつか、結婚したいと思ったら、僕と結婚してください」

 

 もう枯れ果てたと思ったのに、涙は次から次へと落ちていった。

 ただ、泣いているだけの私に、彼も目尻に涙をためて、ほほ笑んでくれる。

 

 私はたまらなくなって、彼の手から自分の手を抜いた。

 そして両腕を伸ばして、彼の首に腕を絡みつける。

 彼の白檀と、私のスズランが交じり合うように、彼を強く抱きしめた。


「フィンさん、あなたが好きです」

 

 震えながらでも、たどたどしくても、この思いは伝えたい。


「あなたがいうよくある話は、私を傷つけません。気遣いが見えるのです。私もあなたと同じ思いです」

 

 別れて、また恋をする。それは「よくある話」だろう。

 だけど、私にとってはこの「よくある話」は、かけがえのないものだ。


「結婚するなら、あなたがいい!」

 

 叫ぶように言った瞬間、彼が強く、私を抱き返した。

 

 かすかに震える吐息が、私の耳をなでる。

 彼がくれたのは、切なさも、愛しさも、すべてを含んだ涙だった。

 

 私は彼の肩越しに見える、窓の先に太陽を見た。

 清々しいほどの青空の中、惜しみなく陽光を私たちに降り注いでいる。

 

 まるで祝福だ。


 光の中で、私たちは言葉もなく、抱き合った。


 彼の涙、震える肩、世界の明るさ。それらすべてが愛しく思うこと。

 今、この瞬間も、忘れがたい思い出になるだろう。

 

 私を作る記憶になるだろう。





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