第七章 破局 ③
ウィリアムは顔をさっと青くして、絶句した。夫人は発狂せんばかりに言う。
「か、考えなおして、セリアさん」
「もう無理です」
私は夫人に対して軽く会釈をした。
「今までありがとうございます。ごめん遊ばせ」
そう言って踵を返す。
「ちょっ! セリアさんっ! セリアさん! ウィリアム! 何、ぼやっとしているの⁉ 追いかけて! 追いかけなさい!」
背後で夫人の叫び声が聞こえたけれど私は振り替えずに大股で歩き、彼のアパートを出た。
急ぎ足で家路を行く。
小走りになりながらも、私は感情のままに足を動かしていた。
ウィリアムに言えた。取り乱さなかった。
その達成感で胸がどきどきしてはちきれんばかりだ。
ようやくここまでこれた、という感情も混じって、涙まで出そうになる。
鼻もぐずぐずしてきた。でも足は止めない。
ひとりで帰れると、家族と約束した。
感情が乱れても足がもつれそうになっても私は帰る場所がある。
そこには私の家族がいて、きっと私を心配して待っていてくれている。
早く――私の居場所に帰ろう。
息を切らせながら家に戻ると、門の前でマーサとフィンさんが立っていた。足が止まる。
どうして、フィンさんまで――。
マーサが私に気づいて、駆け寄ってくる。
「お嬢様!」
私に近づくとつま先立ちして、両腕を伸ばす。
マーサのふっくらした手が私の頬に触れた。とても冷たかった。
「こんなに泣いてっ」
マーサの潤んだ瞳を見て、私は自分がとめどもなく泣いていることに気づいた。
ぽろぽろと勝手に涙が出てくるのだ。
辛いからじゃない。
安心して、私は泣いている。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
私はくしゃりと顔を歪ませた。
そして口元には笑みを浮かべる。
マーサがぎゅっと私を抱きしめた。
そして背中をなでてたあと、離れていった。
フィンさんが近づいてきた、心配そうな声を出した。
「セリアさん……」
私は涙を指で拭いながら、あえて笑ってみた。
「ウィリアムと別れてきました」
フィンさんは目を見張る。
泣いているのに、笑っているのはおかしいなと思いながらも今はこれでいいとも思う。
清々しい気持ちで彼に報告できる。
「ちゃんと別れられました」
そう言うと、フィンさんは少し苦しそうに眉間にしわを寄せて、口角を持ち上げた。
「よく頑張りましたね」
静かな声が胸にじんわりと沁みた。
笑っているのに、口の端が震えだしてしまう。
「お嬢様はご立派でしたよ」
ふいにジョージの声がして、振り返ると彼はコートを着て感慨深けにつぶやく。
私は目をぱちぱちさせて、ジョージに尋ねた。
「ジョージ……もしかして、ついてきていたの?」
ジョージは瞬時に真顔になる。
「いざとなれば、乗り込むつもりでおりました」
その真剣な言葉に、噴き出してしまった。
意気込んでいったのに、私はまた守られていた。
「ふふふっ。ジョージったら」
口元を手で隠しながらくすくす笑っていると、マーサがふんと鼻を鳴らす。
「わたしだって行きたかったです!」
肘を曲げて手を腰につけ、マーサはふくよかな胸を張る。
「でも家を空けるわけにいきませんものね。これ以上もめてはいけないと思って、フィンさんに急いで連絡をとりましたよ。裁判沙汰になったら、こてんぱんにしめあげてもらわないといけませんからね!」
興奮したマーサに笑いが止まらなくなる。
「ふふふっ。ありがとう、マーサ。フィンさんも」
はにかみながら、お礼を言う。
「来てくださって、嬉しいです」
「いえ。呼んでくださって嬉しいです。中で詳しいことを聞いてもいいですか? 僕もセリアさんの力になりたいです」
それは醜態を晒すようなものだ。
でも、ここまできたら、フィンさんに隠すのも、おかしいと思った。
私はうなずき、三人と共に家に戻った。
家に戻ると、シダーウッドとベルガモットの香りがする。
暖炉に火が入れられた家は、あたたく、私を抱きしめるように迎え入れてくれた。
私の居場所に、戻ってきた。
噛みしめるように実感して、私はコートを脱いだ。
次は、フィン視点の幕裏が3話続きます。




