↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「よくある話」と言われたけれど <連載版>  作者: りすこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/37

第五章 温度 ②

 次の週末は、呼売人からジンジャー・ビスケットを買った。

 ふたりで公園に行き、ベンチに座って食べた。

 ジンジャー・ビスケットは焦げ茶色の丸いクッキーで固かった。

 歯を立てて食べると、ざくざくとした食感に最初に砂糖の甘さが来る。

 でも、だんだんと生姜の味が広がってきて、辛くてびっくりした。


 手が震えて、悶絶してしまうほどの辛みと甘み。

 息がジンジャーになってしまったみたいだ。


 舌がひりひりするのを感じながら、フィンさんを見ると、ものすごく真剣な目で味わっていた。

 黙々と食べている姿に、笑ってしまう。


「フィンさんは、お菓子を真剣に味わうのですね」


 ほほ笑みながら言うと、彼は目を細めて私を見た。

 その視線は、どこかで見たことがあるものだった。

 祖母やマーサと同じ、痛みを知っている人の眼差しだ。


「……母が、よく作ってくれていたんです」


 彼は柔らかい声で、両親が病気で亡くなっていることを話してくれた。

 弁護士の研修時代の出来事で、いっときは荒れて大変だったそう。


「勉強もせずに、路地裏のボクシングファイトに明け暮れていました」


 今の彼からは想像ができないほどだ。でも同時に腑に落ちた。

 彼は亡くした痛みを知っていたから、私に同情の眼差しを向けなかったんだ。


「お辛かったんですね……」


 彼は辛そうに眉を寄せる。

 でもそれはすぐにほどけて、穏やかな笑みに変わっていく。


「荒れていたときに、たまたまヘレンさんと路地でぶつかって」

「えっ……おばあさまと?」


 フィンさんは笑いながら、肩を震わせた。


「ひどい顔をしていたんで、手当てをされたんです。ジョージさんもいて、逃げられませんでした」


 それからフィンさんは祖母にこんこんと説教をされたそう。


「殴っている暇があったら、勉強しなさい。弁護士になったら雇ってあげるからって」

「……おばあさまらしいですね」

「ジョージさんからは、殴るなら一発で仕留めろとなぜか教えられました」


 ぎょっとして、フィンさんをまじまじと見てしまう。

 真剣に喧嘩の仕方を教えるジョージを想像してみる。

 うん。しそうだった。


「……ジョージ、軍人だったそうで」

「そうなんですか?」

「たぶん、ほっとけなかったんでしょうね」

「真顔で熱心に教えてくださいました。へんな人だと思ってしまったんです」


 フィンさんは思い出を語ってくれる。その表情に、さきほどまでの憂いはない。


 それから彼は勉強をまた始めたそうで、資格を取ったあと、祖母を探したそうだ。

 祖母はすぐに見つかったそうだけど、なんと祖母とジョージは彼のことをきれいさっぱり忘れていたそう。


「ええっ……忘れてって」

「助けた青少年少女が多すぎて、忘れたそうです」

「……ああ」


 何も言えなかった。


 祖母は私と同じ年齢ぐらいの少年や少女を家に連れて帰ってきて、食事とお風呂に入れることがあった。まだ子どもだった私は、知らない子にぎょっとしたものだ。


 怖いと思った子もいたし、また会いたいなと思う子もいた。

 フィンさんは家に来ていないそうだが、祖母が助けたひとりだったのだろう。


「……祖母がすみません……」

「謝らないでください。忘れていても、こうして顧問弁護士として雇ってくださいましたし。……駆け出しにヘレンさんに会ってよかったです。ずいぶん、鍛えられました」


 弁護士になってからは、彼はお母さまが作っていたお菓子の味探しを始めたそう。


「ふと、食べたくなってしまって」

「そうでしたのね……今日のジンジャー・ビスケットは違いましたか?」


 少しでも合うものならいい。

 そう思って彼を見ると、フィンさんは目をとろけるように細めた。


「……微妙に違います。だけど、美味しかったです」


 その笑顔にほっとする。悲しい思い出にならなかったらしい。


「また、食べにいきましょう。次は見つかるかもしれません」


 素直にそう言うと、彼は無邪気に笑ってくれた。


「ええ、ぜひ」



 ***



 曇天の日には、目にも鮮やかなリコリスキャンディーを食べた。

 甘さと苦みが一気に鼻にぬけて、びっくりしてしまった。

 食べ終わるとすーっと味が消えていって、ふしぎだった。

 彼は「衝撃的な味」と笑っていたけれど、まさにその通りだ。

 その日も彼は楽しそうだった。


 お母さまの味でしたか? と聞きそうになって、口を閉じた。

 何度も何度も聞いたら、フィンさんの傷口を広げるかもしれない。

 相手が自分の痛みで悲しい顔をするのを、今は見たくはない。

 忘れているのに、記憶にゆりうごかされて、動けなくなってしまうから。

 だからフィンさんが楽しそうならいいのだ。彼の笑顔で私も安らぐ。



 ***



 今日もまた、フィンさんとお菓子を食べた。

 空気は冬に向けて急激に冷えてきていて、木々の葉が落ちていた。

 落ち葉の広がった公園を私たちはのんびりと歩きながら、さっき食べたお菓子の話をしていた。


「コーヒーショップで食べたブラウニー、美味しかったですね」

「小ぶりなのに、どっしりとした味わいでしたね」

「食べごたえがありましたね」


 くすくす笑い合いながら、私たちは歩く。


「一緒に飲んだ、コーヒーも美味しかったですね」

「……ちょっと、熱かったですけど」


 思い出しているのか彼は口元を触る。

 私も熱さを感じたが、彼にはもっと熱かったらしくて、しっぽを踏まれた猫みたいな顔をしていた。


「フィンさんは、猫舌なのですか?」

「……熱いものは、少し苦手です」

「まあ」


 私は思わず口元に手を当てて笑ってしまった。

 クールなフィンさんが猫舌。可愛い。

 彼はひょいと両肩をすくめていた。そのしぐさに、ある光景が過る。


「おばあさまもコーヒーをよく飲んでいました」


 彼の顔を映写機のように見ながら、思い出を黒い瞳に写す。


「ブラックが好きで、胃を壊すんじゃないかって思うぐらい飲んでいました」


 彼はほほ笑みながら、思い出の続きを語った。


「僕の事務所にいらしたときは、ブラック・コーヒーをお出していましたね」

「フィンさんのところでも? でも、ときどきウィスキーを入れて、ホイップクリームをたっぷりのせたブラック・コーヒーを飲んでいたんです」

「くくくっ。それは初耳です」


 笑う彼を見て、私もほほ笑む。

 ふしぎだった。

 彼と一緒だと祖母の思い出が軽やかに話せる。

 悲嘆することなく、痛みに囚われることもなく、私は日常の延長線上で話せる。

 私はこうして、祖母の話を誰かとしたかったのだろう。


 それと同時に、気持ちにブレーキをかける。ホテルへの復帰は、何も進展していないから。座りが悪い。


 できるなら、私はまたホテルに戻りたい。

 そう、私はホテルで働きたい。


 家にいて、マーサと一緒にお料理したり刺繍をしたりするのもいい。

 フィンさんとこうして甘いものを食べるのもいい。

 だけど、ずっと胸の奥がざらりとしている。


 楽しいのに、楽しめていない。

 このわだかまりが消えたら、もっとフィンさんとの時間が楽しくなりそうだ。私は、そうしたい。


「フィンさん……私、これからホテルを見て帰ります」

「……立ち寄るんですか?」


 彼は驚いたのか、低い声を出している。


「ええ……お休みをもらっていますが、気になってしまって。外観だけでも眺めていたいんです」

「外観だけとは言わずに、一緒にロビーに入りませんか?」

「え……」

「お休みしているとはいえ、ホテルの方はあなたを邪険にしないでしょう。僕は何度かホテルに行きましたが、とても気持ちの良い人たちですから」


 彼の言葉に勇気が沸いた。


「ぜひ」


 公園を出て私たちはホテルに向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
投稿感謝です^^ 甘味をお供に思い出を語り合う週末の日帰り小旅行。 チョイスされたお菓子が甘いものばかりではないところに、懐かしさの中の苦さや辛さが一層際立っているのがなんとも心憎い演出。 思い出の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。