第一章 暗転 ①
暑い夏の日、祖母が死んだ。
辻馬車にひかれるという不慮の事故だった。
大通りを走る馬車の前へ、人形を落とした女の子が飛び出したらしい。女の子の腕を掴み、歩道に引っ張り上げ、その直後、祖母は馬に跳ねられた。そのまま帰らぬ人となった。
『事故死。』
そう書かれた電報を受け取っても、私、セリア・エバンスは理解ができなかった。
たった三文字だ。
結末まで書かれた言葉なのに、文字が頭に入ってこない。
食い入るように電報を見ていた私に、誰かが「お急ぎください」と言った。
なぜ? どうして? それだけを頭で繰り返しながら、祖母がいる病室に向かう。
医師と看護師が歩く靴音、患者のうめき声、そして消毒液の匂い。
生と死の匂いがまじりあう、清潔な病室の一角に、祖母はいた。
ベッドの上で目を閉じていた。
真っ白な顔をして、まるで眠っているようだ。
今朝は、笑っていたはずなのに。
私はベッドの横に跪き、祖母に呼びかけようとした。
けれど、声が喉に絡んでしまう。
「ひゅっ」と短い息になって、言葉が出てこない。
無言でいる私を、メイドのマーサが抱きしめていた。
「お嬢様にはマーサがおります。マーサがおりますからね」
いつもころころ笑っているマーサが泣いている。
私より一回り小さい体をさらに小さくして、震えていた。
そんな彼女の声も、はるか遠くに感じ、散り散りになっていく。
心が乾燥して、砂になってしまったみたいだ。
私は幼い頃に両親を亡くしている。兄弟はいない。
祖父は生まれる前に亡くなっている。親戚は頼れる者がいない。
祖母だけだった。
ああ、とうとう……。
こぼれるように息を吐いて、自覚する。
私は二十歳で、天涯孤独になってしまった――。
本日は3話、更新です。次は、12:10更新です。
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