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短編

鳥籠の街から

 ある朝の事だった。

 何の変哲もない、いつも通りのニュース番組が爆音をあげた。

『あ、あのね、それちょっとナシね』


 気の抜けた一昔前のボイスチェンジャーを通したような不自然な声と共に、多くの電子機器と、あらゆるスピーカーが壊れた。

 情報の伝達が困難になり、様々なトラブルが頻発し、修理された拡声器が全国の自治体に配布されて事態が鎮静化するまで日本でも三日かかった。

 元通りの生活に戻るまでどれほど掛かるのかは想像もつかない。

 壊れていない通信機、テレビはアナログ放送を復活させる事で、手話とテロップのみの情報発信を開始した。なおテレ東は音声が使えないのを逆手にとって無声映画を流した。


 何があったのかを、一般人の我々が把握できるようになった頃には、かなり事態は進行していた。

 宇宙人による、地球兵器の無力化が行われたというのだ。一番詳しい情報源がオカルト雑誌のムーと東スポというのが皮肉だが、この二社には宇宙人から取材を受け入れる旨の連絡があったらしい。

 その疑いたくなる情報源によると、「あの日」にいくつかの核ミサイルが大国の大都市に向けて発射されていたらしい。

 ひっそりと地球上を見守っていた宇宙人たちは、それを看過できぬとして即座に介入をおこなった。その結果がアレだったようだ。


 他のメディアからは政府の陰謀説や某国の軍事兵器など、様々な流言飛語が飛び交ったが……そんなものは誰も信用しなかった。

 なにしろ上空に現れたのだから。巨大な宇宙母艦と、まるでアニメのような無数のアダムスキー型宇宙船という証拠が目の前にあるのだ、どう考えても宇宙人の仕業だろう。


 ある程度、落ち着いた一年後。

 宇宙人からの技術供与もあり、通信を含めたインフラがほぼ復旧した。

 その頃に各国の首脳があつまり、宇宙人との対面での会話を行う式典が開かれた。事前に様々なネゴシエーションが行われたにも関わらず、この式典は歴史に残るグダグダな物になった。


 空からおりてきた、お椀を伏せたような形のアダムスキー型宇宙船。その中から現れたのは、絵にかいたような火星人。ピンク色でタコ型の生物だった。固唾をのむ地球側の政府関係者と撮影を担当したメディア群に対して、宇宙人は『ほらウケなかった』と言い放ったという。


『だって、地球の皆さんの考える宇宙人ってこうでしょ?』

『だからリトルグレイにしようっていったのに』

『天使型とかわかりやすくて良かったと思うよ?』

『いや、どうせなら古典にのっとってアレでも良かった』

 などとワイワイと喧嘩しながら現れたタコ型宇宙人たちは、『あ、この姿はアレです、光学迷彩的な奴です』と告げた。どうせなら期待にこたえたいとおもって、おめかししてきたのだそうだ。

 本当の姿がどんなものなのかは、いまだにわかっていない。


 そんな奇妙なファーストコンタクトから二十年。人々の生活は驚くほど変わらなかった。

 戦争が無くなっただけではなく、さまざまな技術供与が行われ、民間に浸透してはいる。

 たとえば、靴の裏にはる発電シート。歩く圧力を電力に変換し、家に帰って玄関のマットの上で脱げば勝手に家の電力として使われる。一時間の通勤の往復で、スマホの充電や夜の電灯と冷蔵庫くらいは賄えてしまう。その他の家電も、家の中を歩き回ったりするだけで足りる。ハムスターの回し車に取り付けたらエアコンが動いたという話も聞く。

 駅の階段にはこれが張ってあって、最近の電車はこれで動くらしい。

 このシートのおかげで、電気が引かれていない家でもそこそこ家電が使えたりするとか。それでも人は便利になると際限なく不精をするようで、歩きたくない人は足踏み屋から電気を買う。

 駅前で高速で足踏みしてる人は大抵足踏み屋だ。全身にシートを貼って地面を転がりまわるパフォーマーもいるし、手の震えを電気に変換して売っては酒を買うアル中なんてのもいるらしい。

 家庭の電力はほぼ家庭とその周辺で賄えており、大規模なエネルギーに関しては衛星軌道上に配置された大量の太陽光パネルから有線ケーブルで供給されている。『百年以内に自分たちでメンテできるようになったらもっといいモノ教えるからね』と言われているらしく、各国が技術開発にしのぎを削っている。


 戦争などしている場合ではないのだ。彼らによって戦争は無くなったし、エネルギー問題もほぼ解消。多くの致死性ウイルスや遺伝病の治療法も伝えられた為、人類の平均寿命はかなり延びている。ただ、昔からある公害とか飢えや病には何もしてくれない。『それは地球人が解決するべき』との事。けちんぼめ。


 これらの超技術に対して、地球側は何を支払ったのか。

 金か。何かの権利か。貴金属か。それとも人類を奴隷として輸出したのか。

 宇宙人は我々地球人に何を望むのか。そんな質問への答えは、打ち切りになった漫画作品の、連載再開と、その作家のサインだった。

 彼らは、週刊漫画雑誌の早売りを買いに地球に来たのだ。嘘みたいな話だが。

『戦争とかされると、執筆にさしつかえがあるでしょう?』

 この言葉が全世界同時中継で流れた時の大統領の表情は、いまだにコラ画像の素材として愛されている。


「皆さまはどちらの星からいらしたのでしょうか」

『たぶんねー、地球からだと見えないかもなんだけど、カニ星雲わかる?あれのもっと向こう。超新星の影に隠れちゃってるけど、あっちのほう。今の地球人からは見えない』

 それ以来、カニ星人などとも呼ばれていたが、省略して「か星人」と呼ばれている。それでいいらしい。

 か星人たちは読み専であり、エンターテイメントの為に地球に平和でいて欲しい。それだけの為に地球上から核を撤廃し、戦争を禁止した。まるで机の上を軽く掃除するかのように、執筆環境を整えたのだ。この圧倒的な力に縋ろうとするもの、崇めようとする者もいたが、彼らはその全てを否定してこう言った。

『我々から何かを与えて貰いたいのなら、我々が取引する対象はただ一つですよ』と。

 欲しければ書け。科学技術と並んで、世界中の文化が競い合うように発展した。エンターテイメントを好むとは言ったものの、映画に音楽小説に漫画、あらゆる媒体の古典から純文学、ライトノベルまですべてが等しくエンターテイメントとして受け止められていた。


 その上、か星人は好みの作者をえこひいきする。病気で休載していた作家の元に宇宙船が直接降りてきて末期症状の病をあっという間に治し、ついでのように寿命を延ばしていったなどという話はありふれた物となった。

 もちろん、人間社会では不平等感がでるが、『おもしろい娯楽、素晴らしい芸術を作ればいいよ!』という回答が返ってくる。

 何が面白いかの分析が流行るが、か星人にも好みや流行りがあるらしく二匹目のどじょうを狙ってもなかなか当たらない。


 か星人の中でも日本の時代劇要素を持つアニメを強く好んでいる一人などは、才蔵ちゃんと名乗って連日秋葉原をうろうろしている。行くと会える。会いに行ける宇宙人。彼は一通りのアニメやサブカルには目を通しているらしく、生半可なマニアが舌を巻くほどに詳しい。だが同人誌には手がというか触手が回っていないらしい。

『さすがにね、ぼくらも晴海とかお台場にはいけなくてですね、通販も宇宙までは届けてくれないので変装してメロンには通ってたんですけどなかなか手に入らないものも多くて』

 などと熱心に語っている姿が動画で配信されている。自作の同人誌などを手土産に持っていくとだいたいどんな話題でも食いついてきて小一時間ほど語り合える。


 そんな手の届くところに居ながらも、個々のお気に入り作品には執着しつつ、人類という種には頓着しなかった。

 その為、大規模な伝染病や戦争は抑止するが、国が一つ滅ぶ程度の天災ならば一切関与しなかったし、技術供与の類もしない。

 だから、一般人の生活には殆ど関わりあう事は無かったし、俺の生活には関係のないものだった。昨日までは。



 〇〇市 一丁目221号 ぼん・ぼや寿朗 様


 まさか、今更こんなものが届くとは思わなかった。

 二十年以上前に一度だけ、軽文学部の友人たちと出した同人誌に使ったペンネームだ。その頃から住所は変わっていないから、奥付に書いた住所宛に手紙を出せばこのように届く事はある。とはいえ、当時ですらファンレターなど貰った事はない。在庫は……押入れの奥にまだ眠っているはずだ。

「あの頃はセキュリティ意識が低かった。住所そのまま書いてたもんな」

 むしむしとしたエアコンを掛けても引かない暑さの中、少しふやけた封筒を開いてみると、中には奇妙な一文が書かれた紙が一枚。


『G04 C10 I04 M12 A05 H04 この次の繋がる場所へ』


 なんだこれ。暗号? ファンレターじゃないの? え、何、何のために。怖い。

 そうは思いつつも、目の前に暗号が出されたら解きたいのがゲーマーの熱い乙女心という物。

 紙自体はどこにでもあるフェザーペーパーのコピー用紙。何の仕掛けも無い、コンビニで売ってる紙だ。

 ……平成や令和の頃にはこれほど薄くて丈夫な紙はなかったらしい。今ではありふれた物だが、昔の紙は厚いのでかなり嵩張ったのだと聞く。今は宇宙人の供与した技術のおかげで五百ページの本も一センチにも満たないし、軽い。

 材質にヒントはなさそうなので、書かれている文字列を考えてみよう。


 パッと思いつくのはアルファベットを数字の分だけずらす方法だ。

『KMMYFL』なんかピンとこない。これは違うだろう。後ろの数字に12という物があるので五十音表も違いそうだ。

 アルファベットは何かの頭文字で、数字はその文字数だろうか。こういうのは一番当てはまるものが少ない物から攻める。Cで始まる十文字の単語。

 『CAMOUFLAGE』なんてどうだろう。暗号といたらカモフラージュって出てきたとか皮肉か。

 他に何かあったかな、と本棚の英和辞典を探す。学生時代に使っていた者がそのまま残っているはずだ、もう何年も開いていないが、確かこの辺に……

『昭和のヒーロー大全集』『魔女の秘密の庭・ハーブ編』『ハンドメイド革細工今すぐ使える型紙20選』『宇宙天使占い入門』『週刊日本の妖怪~上から落ちてくる系~』『西洋美術から読み解く秘密結社の陰謀』etc……

 よくもまぁ、変な本ばかり溜め込んだものだ。広く浅くいろいろな物にハマる性質だったせいで、楽しく趣味に没頭した生活をしているが、模型なども含めると棚ばかり増えてドンドン家が狭く……。


 ん? もけい?

 頭に何かひらめくものがあった。模型といえば鉄道、鉄道といえば駅、駅といえば路線番号。これ、路線番号と駅番号ではないか?

 俺は辞典を探すのを諦めて時刻表を掘り出した。たくさんある。

 窓を開けて埃っぽい空気を入れ替えながら、東京メトロの地下鉄番号を確認する。この番号を駅名に直すと……

『青山一丁目、二重橋前、三田、四谷、五反田、六本木』になった。


 ふむ、見えてきた。数字が。すると次は七かな。だけど、東京の地下鉄に七が付く駅は無い。

 ペラペラと鉄道関連書籍を捲ってみると、愛知、石川、京都、大阪、埼玉にはある。このどれかか?

 一番近いのは埼玉県の東武野田線の七里駅。だけど次の繋がるっていうのがなぁ。繋がっているというのなら乗り入れくらいはしていないと納得できない。


 そう思って今度は路線図を取り出して眺めると、野田線の他に埼玉高速鉄道が目に入った。

 これは地下鉄七号線。ただし、埼玉のだ。繋がっては居るのだが東京の地下鉄七号線は南北線で……

 あ、これだ。

 東京の地下鉄の南北線と埼玉高速鉄道。これは同じ地下鉄七号線でつながっている。その境界の駅は赤羽岩淵駅。駅番号でいうならN19。よし、ちょっと行ってみるか。謎解きみたいで楽しくなってきた。

 繋がる場所って事でまずは赤羽岩淵駅かな。そこで何もなければ、七号線経由で七里駅に行って、七に関連する物を探してみるか。

 俺は会社に『体調不良の為休みます』とメールを打つと、いつもの通勤とは逆方向の電車に乗った。不思議と、いつもより涼しい気がした。


 こんな、唐突に届いたわけのわからない手紙に夢中になるのには理由がある。もちろん、純粋にこういうのが好きって言うのもあるけれど、差出人の無い封筒に貼られた羊の絵の切手。どこの郵便局に行っても買えない切手だ。

 感圧発電シートの張られた階段を駆け上がって地下鉄の駅から地上に出た俺は、空を見あげて空に浮かぶ巨大な建築物に視線を送る。今から二十年ほど前に現れた宇宙人によって作られた、楽園とも実験施設とも呼ばれる謎の空中都市。


 そこにあるのは巨大な鳥籠。どのような仕組みになっているのかはわからないが、長野県の御嶽山上空に浮かんでいながら、日本国内のどこからでも見えて、それでいてどこにも日影を落とすことが無い構造物だ。彼らの母星では星はすっかり冷えていて、溶岩が珍しいとかで世界各地の活火山の上にあのような空中都市を作っては何かを調査しているらしい。

 不思議な事に東京からでもくっきりと見えている。あの奇妙な街からの手紙には、この切手が貼られているのだ。ムーで読んだ。


 つまり、俺の所に来た暗号の手紙。昔出した同人誌の住所に届いたこれは、か星人からの鳥籠への招待状だ。彼らは個人的に気にいった人間にはえこひいきをする。それは一時創作、二次創作を問わず、面白ければ何でもありだ。

 俺の書いたものが気に入られたのか、それとも当時ハマっていた作品で原作にあたる「首無し探偵、三十と一の事件」が気に入っていて同好の士を探しているのかはわからないが、平凡で詰まらない俺の人生に訪れた大きな転機かもしれない。

 あの街に行きたいのか、と言われたらもちろん行きたい。行ってみたい。創作に専念できる環境と健康、そして寿命。しかし、あの街に招かれた人は多いが帰って来た人はいない。あの街から原稿を送ってくる作家などもいるらしいが、外に出る事はできなくなるらしい。何らかの情報漏洩防止の為の処置らしい。ジャンプの巻末コメントに書いてあった。

 宇宙人の与えてくれる鳥籠の街への入場チケットは、中と外のどちらかを選択させる。

 もし、入れるのなら。俺はどうしたいのだろう。


 そんな手に入ってもいない皮算用を気にしながら目的の駅で降りた俺は、数字の七に関する物を探しながら七丁目に向かうと、大手のコンビニエンスストアがある。まさかなぁと思いながらも飲み物を買いに店内に入ってみると、店員がピンク色のタコだった。当たりか。

 さらに厄介な客なのか、初老のおっさんに絡まれている。

『いらっしゃいませぇ。ゴイッショにポテトがいかがですかぁ』

「それは別の店の台詞ですよ。これ、送って頂いたのは貴方であっていますか?」

『……ぼやじゅろうサン。あのアンソロジーは全て良かったですが、あなたの描いた話、解釈一致でした!』

 おっさんにしがみ付かれながらも、うねうねと触手を靡かせて二十年前の同人誌への感想を伝えてくれる宇宙人。シュールだ。だが、嬉しい。

「頼む、何でもする。娘が病気なんだ。あなた達なら治せるのだろう?」

『ちょっとやめて貰えますか……噂とかされると恥ずかしいので』

 店員の制服もろとも、にゅるりと脱皮しておっさんの手を離れると、レジを抜け出して俺の手を取る。

「あ、店長ー! 私用で抜けますー。あ、どうも~ぼやじゅろうサン、あの作品について語りたいのでちょっとファミレスでもいいですか。奢ります」

「いいけど、そこのおっさんはいいんですか?」

「我々が街を歩くとこういう人はどうしても出てくるので、特に気にしなくていいですよ。危害を加える事はできないですし。あ、私はポンポコナーと呼んでください」

 俺が友人たちと作った同人誌の原点「首無し探偵、三十と一の事件」は相貌失認により人の顔の見分けがつかない探偵が、視覚以外の要素を頼りに事件を追う本格ミステリー作品だった。漫画版では全ての登場人物の顔がコマの外に見切れているという演出で主人公の視界を読者に追体験させていたが、アニメ版では声で人物が特定できた為に盛り上がりに欠けた。そして早期打ち切りのまま再放送も無い不遇作だった。ポンポコナーとは、その四話目に出てきた落語家の弟子が寿限無と名乗っていた事からの名前だろう。

 思った事をそのまま告げると、ポンポコナーさんは嬉しそうに触手をぴしゃりと叩き、素晴らしい推理ですねぇと作中の台詞で返してきた。なんか楽しくなってきたぞ。

 意気投合してしまえば、同じ作品のファン同士、話ははずむ。年齢も性別も人種も趣味の一致の前にはたいした壁にはならない。

 ファミレスで香辛料たっぷりの羊肉でワインのボトルを空け、一話の時点で九話の伏線が貼られていた事、OPの歌詞が主人公ではなく助手ちゃん視点だという事、主人公を励ました誰だかわからない人の正体への考察などを語る頃には十年来の友人のようになっていた。

『凄く楽しかったです』

「俺もですよDVDでればいいんですけど。録画したビデオテープ発掘してもう一度見直したいです」

『それ、見つけたら連絡下さい。私も一緒に見たい』

 そう言ってポンポコナーさんは一枚の名刺をくれた。

 何か不思議な素材でできている訳でも無く、QRコードのついたシンプルな名刺に読めない文字で何かが書かれていた。電話番号の類は書いていない。

『これ、私の本名が書いてありますが、日本語とかで発音できないので』

「それだと何をどうやって連絡すればいいんですか」

『スマホの位置情報ONにしてこのQRコード読み込んで貰うと私がそこに行きます』

 なんだかすごい気もするし、地球上の技術を使ってやり取りしようとしている事がとても面白く感じる。

「なるべく、隔絶した科学力は見せないようにしてるんですよ。ほら、魔法と区別がつかないので」

「……」

 今まで種を越えて友情を感じていた相手が、急に怖くなった。

 地球の文明や化学の発展に悪影響を及ぼさないように、か星人たちはとても丁寧に行動している事は知っている。だがそれは、犬にボールを投げて遊ぶ時に目線を下げているようなものではないのか。それとも文明途上国に旅行に行き、その「適度な不便さ」を有難がって楽しむようなものだろうか。

 名刺をじっと見つめたまま動かなくなった俺の肩をペチョリと叩くと、ポンポコナーはこう言って店を出て行った。

『もし、貴方がまた創作活動を再開するのなら、地球人が鳥籠と呼ぶ街にご招待しますよ。私の招待枠はまだ余っているので。情報の発信に一部制限をつける事と、地上に戻る事は出来なくなりますが不自由はないはずです。連絡、お待ちしてますね』

 なお、お会計はしていってくれなかったので俺の奢りになった。


 その次の日、仕事をしながらも頭の中ではずっと鳥籠の事を考えていた。生活の為の仕事に追われてはいるが、あの頃の情熱が失せたかと言われればそんなわけもない。ただ、今の生活を捨てるかと言えば、愛着が無いわけでも無い。

 そんな気持ちに区切りをつけるため、休みの日になる度にふらふらと出かけては、愛着のあるものを一つずつ確かめて行った。

 常連になっているパン屋。注文していないのに勝手にこちらの趣味を把握して本を取っておいてくれる古本屋。たまに行くとお久しぶりと言ってくれる小料理屋。屋内サーキットの併設されたラジコンショップ。年間パスポートを買った博物館。

 家の中の溜め込んだ本やグッズを整理する。レンタル倉庫を借りて中に沢山の棚やケースを配置し、ジャンル毎に並べていく。どうジャンル内では作者や作品の傾向は関係なしにハマった年代順に並べて行った。

 物の整理がつくと、心も整理できた。

 もう何年もあっていない友人に連絡を取り、同窓会を企画した。何も伝えたりはしないが今生の別れになるだろう。そんな最後の飲み会の中で、彼女の話を聞いた。難病で長くないらしい。

 彼女は同じ軽文学部の仲間で、例の同人誌の共同執筆者の一人でもある。授業そっちのけで談話室の一角を占拠して、たくさんの本やゲームを貸し借りした。長らく年賀状の交換しかしていないが、毎日飽きる事も無く喋り続けた事を覚えている。内容は何一つ覚えていないが。

 この間のポンポコナーとの会話はとても楽しかったが、あの頃は毎日楽しかった。

 ふと、ポンポコナーに縋りついていたおっさんを思い出した。どこかで見た事があるような気がしていたが、彼はあの娘のお父さんでは無かったか。DVDや本の貸し借りが重すぎて家まで取りに行かされたことがあるが、その時にあっている気がする。

 同窓会の後、スマホのカメラで名刺のQRコードを読み込む。

 自分でもどうしたいのかよくわからないまま、雨の降りそうな空をキョロキョロと見まわしていると、後ろから声を掛けられた。

『空から牽引光線で降りてきた方が良かったですか?』

「あの、鳥籠に誘って貰える権利って他の人に譲れないですよね?」

「……面白いかどうかが全てなんですよ」

 念の為に確認した後、ポンポコナーさんを口説き落とす。

「あの本、気にいってくれたんですよね」

『もちろん』

「だけど俺に手紙くれたのは、俺だけが住所変わって無かったからでしょ。探せば探せるけど、地球の技術とルールの上だと俺以外は探せなかった」

『まぁ、それはあります』

「連絡先、わかりますよ」

 俺は古びた年賀状をカバンから取り出すと住所を見せた。続いて押入れの奥から掘り出した在庫の本を開いて、彼女の描いたページを見せる。

『これ書いた方でしたか』

「七話のこの人が二話に出てきたこの人と同一人物なんじゃないかって説を出したのは彼女なんですよ」

『んー。私が持ってる枠はあと一人分なんですよねぇ』

「俺は半年後、冬に本出すので」

 ポンポコナーは目をくわッと大きく見開くと、くにゃりと首をかしげて見せた。

『あなたは行かない。つまり私は振られた……?』

「また誘いますよ。ビデオテープは見つけました」

 名刺をひらひらと揺らして見せる。

『まぁ、そんな物語もアリでしょうかね。情報提供感謝しますよ、また吞みましょう』


 そうは言ったものの、ビデオテープを再生する用意をしてからQRコードを読み込んでも彼が現れる事は無かった。冬に出した同人誌は、か星人が三人も買いに来てくれたのに全部で十冊しか頒布できず、またも大量の在庫を抱える事になった。

 年末のドタバタを気力と根性で乗り切った後、彼女からの年賀状の差出人住所を見て、俺は小さく笑った。


 年賀状だというのに、羊の切手が貼られていた。

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