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紀元3000年代  作者: 木苺
イチズ
5/7

おはよう

イチズの父は、寡黙な男であった。

イチズが幼いころは、父の声は 挨拶の言葉以外を聞いたことがないというくらい、自分からは 話さない人だった。


しかも 父の名前は「カモク」という。

これは 冗談でも何でもなくて、本名である。


なんでも、カモクの父親が、「寡黙な男は 男らしくてかっこ良いから」と考えて名付けたらしい。



イチズの朝は、「おはよう」という母ヒカリの朗らかな声から始まる。

母の声で目覚め、身支度(みじたく)を済ませて、台所に行き、配膳(はいぜん)を手伝おうとすると、

「おはよう」再び母が声をかけてくる。


ここで きちんと、「おはよう」と答えないと、

「おはようは?」とあいさつを(うなが)される。


「いいじゃん 別に」ある時 イチズは口ごたえした。

「毎日 毎日 おはようとか おやすみとか 言わなくても」


「挨拶は 人と人とを結びつけるきずな、つまりロープの結び目のようなものだ」

珍しく 父が自分から話しかけてきたので、イチズはけつまづきそうになった。


「父さん?」


「うん?」


「別に あいさつをしなくても、家族だからいいんじゃないの?」


「朝 最初に顔を合わせたときに、おはようと言う。

  その時に、今日も この人と一緒に生きていくのだという思いを(あら)たにする。

  つまり 自分の中で 改めて その人への思いを確かなものにするのだ。


 そして 自分から声をかけた相手から、『おはよう』という返事が返ってくると

 自分の思いが相手に届いたのだなと感じて、相手とのつながりが今も確かにあることに安心する。


 さらに 相手の返事とともに、自分に対する暖かい心が届けばうれしくもなる。


 そうやって 互いの絆を深めたり、維持していくのだ。」

カモクがまじめな顔をして言った。


「それで 父さんは、いつも 家族へのあいさつを欠かさないわけ?」


「そうだ」


「知らんかった。そういうもんなのか」


「ああ、私も ヒカリと付き合いだしてから、毎日 毎日 挨拶を()わす良さを知ったよ」


「そうなの?」


「ああ、私の父は とても無口で、あまりにも無口すぎて、子どものころの私には よくわからない人だった。


 そんな父のことを 母はきちんとわかっていたみたいだし、

 父も母とは いろいろと通じ合っていたようだが、

 子供のころの私にはよくわからない人達だった。


 母は表情豊かな人だったけど、聾だから、私が文字を覚えて端末に入力できるようになるまでは、私の言いたいことを伝えるのはむつかしかった。


 母は 私に用があるときは、私の肩をつかんで 自分の方に向き合わせていたが


 小さなころの私は、自分から母に声をかけても、気が付いてもらえないことが多くて悲しかった。


 私には声が聞こえるが、母には聞こえないということが、どういう違いをもたらすかということに考えが及ぼなかったのだ。

 だから、母から見えないところから声をかけるだけではダメだということがわからなかったのだ。


 それで、私は 家では 自分から家族に挨拶したりはしなくなった。


 だから ヒカリに求婚した時に、「日々のあいさつを大切にする家庭を築きたい」と言われて、正直面倒(めんどう)だなと思った。


 でも ()れた弱みで、ヒカリの要望を受け入れ、毎日実践を積むうちに

 『幸せだなぁ』と思うようになった」

そう言って父は 少し照れたように微笑(ほほえ)んだ。


母は 父の後ろに立って、父の肩に手を置き、僕に向かってうなづいた。

父は 肩に置かれた母の手の上に自分のてのひらを載せた。



(うわぁ!)

仲良さげな二人がまぶしい気がした。


「わかった。んじゃ おはよう」


「ああ おはよう」そう言って父はうなづいた。


それから僕は 毎日のあいさつを家の中できちんとするようになった。


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