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天体葬儀士の鎮魂録:共鳴する星のレクイエム  作者: 灰庭ぐり
プロローグ:声なき星々の記録者たち
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ほんとに来ちゃった、って感じだ

()()()()()


質量を終えた恒星が、崩壊し、散り、沈黙するように。

生態を失った惑星が、軌道を外れ、冷え、忘れ去られていくように。


かつて生命を抱き、歴史を刻み、希望を灯した星々もまた、終わりの時を迎える。


それでも、誰かが見送ってくれるなら。

――その終わりは、ただの“消失”ではなく、“記録”になるかもしれない。


この宇宙にはそうした“最期”を見届ける者たちがいる。


彼らは《()()()()()》。


星の記憶を記録し、その死を祈るために旅する者たち。

名を刻むこともなく、ただ宙域を渡り、沈黙を引き継ぐ者。


それが、彼らの仕事だ。



『サンクト宙域 第4軌道層「沈黙音響帯」星域・記録番号NRA-0045-ミラ=Nira。

惑星《ミラ=Nira》における全記録の執行と、対象文明に対する宇宙葬儀の遂行を命ずる。

本任務は、黙示庁アーカ=コア星本部より発令される正式命令であり、記録官の立ち会いを不要とする。

葬儀士ユン・ミレ、貴殿の任務開始をここに承認する。

──記録せよ、そして鎮めよ。』


通信ログの再生が終わると、艦内には再び微かな振動だけが残った。

小型巡航艇リカオンの船内で、ユン・ミレは端末から視線を上げた。


「……うわ、ほんとに来ちゃった、って感じだ」


まだどこか実感のない声で、彼女は小さく息を吐く。

艦内の明かりは薄暗く、遠くでエンジンの律動がかすかに鳴っていた。

その響きが、宇宙の深淵を航行する現実を否応なく突きつけてくる。


十七歳の彼女は、正式な任命を受けたばかりの“天体葬儀士”見習い。

この宇宙に数百名しかいないという、特異な記録者のひとりだった。

本来はまだ試補期間のはずだったが、人員不足と適性判定の結果から、特例で初任務が割り当てられた。


“天体葬儀士”――生まれて初めて自分の職業を名乗った日から、まだ三ヶ月も経っていない。

今回の任務が、彼女にとって初めての“葬儀”だった。


そのとき、壁面パネルが点滅した。

【ミレ、指令通信の記録再生は今回で六度目です。本当に飽きませんね】


無機質な声が微かに皮肉を帯びている。

船のメインサポートAI《コマ(K-0ma)》だ。人間に似せることなく、ただ情報処理と判断に特化した存在。だが、時折こうやって人間臭いコミュニケーションで茶化してくることがある。


「ねぇ、コマ。やっぱりちょっと怖いかも。静かすぎて、宇宙ってさ」


【静寂の定義に対して“怖い”という感情を結びつけるのは、感受性の証拠です】

【それは生物的な健全さを示します。ミレはとても正常です】


「うん、それは……ありがとう。でも慰めになってるかは微妙だよ?」


皮肉と軽口を交えながら、ユンは操作席に身を預けた。

視界には、《ミラ=Nira》の惑星軌道がじわりと近づいている。


「この星のこと、どこまで分かってるの?」


【既存データによれば、過去の水生文明が存在した痕跡があります】

【精神波による共鳴通信を主とし、物質的記録はほとんど残されていません】

【現在は、知的存在の痕跡のみ。記録は極めて不完全です】


「つまり──会話もできないし、何を求めてるかも分からない、と」


【そう結論して差し支えありません】


彼女はコンソールに手を伸ばし、記録装置を起動した。

光の粒子が漂い、記録空間がゆっくりと開く。


「……最初の任務が、こんなに難しい星なんてね。もうちょっと優しいのがよかったな」


【これもまた適性試験です。黙示庁はミレに信頼を置いています】


「ふふ、あんまり慰めになってないってば」


だが口元は、わずかにほころんでいた。

緊張の中にも、確かな覚悟がある。


“天体葬儀士”――生まれて初めて自分の職業を名乗った日から、まだ三ヶ月も経っていない。

今回の任務が、彼女にとって初めての“葬儀”だった。


少し背伸びをして、通信を閉じる。

暗がりの艇内で、17歳の少女は深く息をついた。


初任務の星に向けて――彼女と《K-0ma》は、音もなく航行を始める。

第1章:沈黙の水惑星《ミラ=Nira》

へ続きます

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