巻の五、だったら自由に生きさせて
ハニトラは失敗。
故国にも帰れず、皇帝からの寵愛もいただけない。
失敗。不首尾。しくじり。エラー。
デーデデデーデーレデレデレデー。なんかよくわかんないゲームオーバー曲。
終わったわ。
終わったわ、わたしの人生。
あれから尚佳が、部屋の匂いをこれでもかってくらい拭いさってくれても、わたしが、これでもかってぐらい髪と身体を洗って無臭になっても、皇帝の訪れがなければ、なんの意味もない。
(ハア。これからどうしようっかなあ)
ハニトラ失敗。
だからって、「エヘ♡ 失敗しちゃいましたぁ」って故国に帰ることはできない。そんなことしたら慈恩さまに、嫌われちゃうし。そもそも、朱煌国が、贈られた女をクーリングオフ、返品してくれるわけがない。
「う~ん、もらったけど、趣味じゃないんだよね~」で、どうでもいい箱に放り込まれたお土産民芸品の扱い。もらった建前、捨てることはできなくて、一旦懐に入れておくけど、ほとぼりさめたら、メ◯カリか、ハ◯ドオフに持ってかれるかんじ? わたし、ああいう提灯とかタペストリーとか木刀扱いなわけ? それで、誰にも落札されなかったり、「これは買い取りできませんねえ」だったら……。
(うう~~)
自分で考え、自分で落ち込む。
(でもまだ、生きてるわ)
前世と違って、今は生きてる。
前世は、テッパン転生パターン、「トラックに轢かれて」じゃなく、「駅のホームから転落して電車に轢かれ」て終わった。(似たようなもんか)
どうしてそうなったか、あまり覚えてないんだけど、今のわたしは、まだ生きている。
そして、慈恩さまの作戦。わたしがハニートラップだってこと、まだこの国には知られていない。わたしは、あくまで両国の友好の架け橋として贈られた美姫。(自分で言って恥ずかしい)
だから、このまま寵愛を受けなくても、このまま後宮で暮らすことは可能。
(慈恩さまのもとに帰れないのは辛いけど……)
お役に立てずに、このまま会えずに生きるのは辛いけど。でもまだ生きることだけは可能。尚佳の言う通り、飢えることもないし、寒さに凍えることもない。後宮の女として、のんべんだらりと生きることはできる。
慈恩さまが、別の策略をもってこの国を滅ぼしたら、わたしの立場がどうなるかわかんないけど。でも、それまでの命は保証されてる。後宮の隅に追いやられて、清いままでこの国が滅んだら、ワンチャン慈恩さまのもとに帰れるかもしれないし。それこそ「君を取り戻したくて。君が無事でよかった……」みたいなかんじで迎えに来てくれて、そのままギュッと抱きしめてって……。キャー! わたし、何考えてるのよ!
ジタジタ、モダモダ。
「里珠さま?」
室に飾った花の水を替え、尚佳が首を傾げる。
「ねえ、尚佳、なんか楽しいこと、しよう!」
それまで(ホコリを立てないように)大人しく転がってた寝台から、ガバっと身を起こす。
「――た、楽しいこと、ですか?」
「そうよ、楽しいこと!」
ちょっと引き気味の尚佳に畳み掛ける。
「メチャクチャ美味しいお菓子をお腹いっぱい食べたりとか」
「太っちゃいますよ?」
「思いっきりおっきな声で歌ったりとか」
「喉、痛めちゃいますよ?」
「もっと、こう、お腹の底から笑ってみたりとか!」
「陛下に見られたらどうするんですか?」
「いいのよ! どうせ皇帝なんか来やしないんだし! それよりもいっぱい遊んで、いっぱい楽しんで! 人生を謳歌するのよ!」
体型気にせずいっぱい食べたい。力いっぱい歌いたい。つつましやかに、そっと微笑むんじゃなくて、ゲラゲラと腹の底から笑いたい。
他にも、そうだな。いっぱい小説読んで。いっぱい絵を描いて。時にはゴロゴロ転がって。
せっかく元気な現世なんだから。このままジッとしてるのは損! 大損!
祖国の桃園で、「いけません」と止められてたこと全部、思いつくままやりたい放題やり尽くすのよ。
「ど、どうしたんですか、里珠さま。そんなヤケ起こしたようなこと仰って」
「ヤケじゃないの。わたしは、この人生を目一杯楽しみたいの!」
「――はあ」
イマイチ納得してない尚佳の顔。
「どうせ、作戦は失敗してるんだしさ。ここでジダバタ思い塞ぎ込んでても仕方ないじゃない? それぐらいなら、ここでできる最高に面白いことを、楽しまなきゃ損じゃない?」
「そういうものですか?」
「そういうものよ」
エヘン。
「幸い、わたしたちの策略はこの国に知られてないようだし」
バレたら、色々大ピンチになるけど。
けど、ハニトラっぽい色仕掛けもせず、後宮の片隅で好き勝手生きてたら、疑われるリスクも減るんじゃない? 「アイツ、何しにここに来たんだ?」ぐらいの好き勝手。皇帝陛下? 知らんわそんなヤツ状態。
慈恩さまの、わたしを見る眼差しを思い出すと胸が痛むけど。でも、どうしようもないことは、どうしようもない。
いつか、彼のことはいい思い出になるまで、今をトコトン楽しむのよ。前世で、アッサリポックリ逝った分、現世を楽しんで往生するんだ。
「今はこの菫青宮に置かれてるけど。そのうち、アイツに好きな女ができたら、お引っ越しさせられるだろうし」
菫青宮は、後宮の始まりにある宮殿。皇帝にとって、「今が旬!」のご寵姫の部屋で、用済みになれば後宮のはじっこ、灰簾宮にでも追いやられる。ここで子どもが生まれていれば、宝珠宮のいずれかを賜るんだけど。わたしの場合、お呼びでない女、いらない土産もの入れ箱灰簾宮送りは確実だろう。
「だから、ホラ。楽しいことを、思いっきり楽しんじゃおう!」
命短し、遊べよ乙女。
我が生涯に一片の悔いナシ! ってぐらい遊ぶ!
「ってことで、尚佳。なんか美味しそうなお菓子、見繕ってきてくれない? いっしょにお腹いっぱいお菓子、食べよ?」
いっぱい食べて、いっぱいおしゃべりして。二人で女子会するってのはどう?
「――それって。ただお腹空いてるだけじゃないんですか?」
腰に手を当て、呆れ顔の尚佳。
うん。単純に「食い意地が張ってる」ともいいますな。