巻の二十、成敗のお時間です。(午後8時40分ごろかな?)
――陽里珠。ソナタを、朱煌国皇帝弑逆の罪で捕らえる。
そう言って、わたしに剣を突きつけた慈恩。
わたしが黙っていると、そのまま話を続けた。
「ソナタは、我が皎錦国と朱煌国、両国の永遠の友誼を誓い、贈られた。それなのに、ソナタは幼い皇帝を手玉に取り、あまつでさえ、その寵愛をよいことに、浪費と享楽にふけった。その腹の子は、皇帝の子ではない。淫乱の末に身籠ったことを皇帝に知られ、その口を封じた。腹の子を皇帝の子と偽り、国を乗っ取ろうとする悪女。友誼を誓った我らは、亡き皇帝の無念を晴らし、朱煌国の安寧を願い、ここでソナタを処断いたす」
へえへえ。ほうほう。
そういう筋書き――ね。
ズッ友の証で贈った女が、そこで悪逆の限りを尽くし、皇帝を殺した。そのまま国を乗っ取ろうとしてるから、友として、正義を行う。
だから、お前は死ね。
(言ってくれるじゃん)
スラスラ淀みなく口上を述べた慈恩。きっと何回も練習したんだろうなあ。
(あのクソラブレター、持ってこればよかったな)
尚佳を通して、何度も送りつけられた書。
僕ちゃん、キミが恋しいの~。逢いたいでちゅう~。
ここで、「ヒドいですわ慈恩さま! わたくし、愛するアナタのために頑張りましたのよ!」って涙ながらに、「ほら、これが愛されてる証拠ですわ!」ってあの書を出したら……。
燃やさずに残しておけばよかった。
「わたくしが罪な女であるなら、処罰は致し方ありません。お受けましょう。ですが……」
ちょっとだけ声を詰まらせる。やや涙声。
「ですが。ですがこのお腹のヤヤだけはっ! この子だけはお許しくださいまし!」
上目遣いに、お願いお祈りポーズ。
「この子は、紛れもなく亡き陛下が遺された御子。この子を産み参らせたら、わたくしはどのような罰もお受けいたします。ですから、どうかっ! どうかこの子だけはっ……!」
ワッと泣いて、床に突っ伏す。
オーイオイオイ。シークシクシク。エーンエンエン。サメザメザメザメ。
嗚咽。号泣。啼泣。流涕。慟哭。
目尻にチョンチョン唾つけて……だっけ?
肩を震わせ……、震わせ……。
「――ダメだ。菫青妃っ、それは、やりすぎっ……」
わたしより先に肩を震わせた人物。泣いてるんじゃない。クツクツと喉を鳴らして笑ったせいで、肩が揺れてる。
「いいじゃない。こんなぐらいやらなきゃ、信憑性ないじゃんっ!」
グフフフフフ。噤鳥美人らしからぬ笑い方だけど。こらえきれない笑いが漏れる。
アハハ。クスクス。ウフフ。イヒヒ。ゲラゲラ。アーハッハッハ。イーヒッヒ。
莞爾、失笑なんてところじゃない。哄笑、大笑、高笑い。
お腹を抱えて大爆笑。
「なっ、なっ……!」
その変化についていけないのが二人。
厳将軍と、慈恩。
厳将軍は、ポカンと突っ立ったままだったけど。
「キサマ、気でも狂ったかっ!?」
動揺に、突きつけられたままの剣がカタカタと震える。
死を前に、わたしがおかしくなったと思ったんだろう。怒ってるのか、よくわからない表情で、耳まで真っ赤っ赤。
でも、その動揺がまた面白くて、わたしともう一人に笑いの燃料が投下される。
「別に、狂ってはおりませんよ」
笑いすぎて、痛くなった頬を手でモミモミ。身もちゃんと起こして、相手を見る。
でも、その真っ赤っ赤具合に、また笑い出しそう。
おそらく、コイツのことだから、剣を突きつけたことで、「そんな、あんまりですわ!」ってわたしが卒倒する。もしくは、「わたくし、アナタのために皇帝を籠絡いたしましたのに!」って悪事を暴露する――とか、予想してたんだろう。
気を失えば、そのまま処刑。悪事を喚けば「ええい、世迷い言を!」で、そのままザクー。口封じの切り捨て御免。
それが、予想大ハズレで笑いだしちゃったからねえ。動揺するもの無理はない。
「ただアナタが愉快で仕方ないだけです」
そう。愉快。
メチャクチャ面白い。
「――これでもか?」
慈恩が、脇に立つ兵の一人に目で命じる。開かれた幕。バラバラと入ってきたのは、抜剣した十数人ほどの兵。
慈恩の背後から、こちらに切っ先を向け威圧してくる。
「――クッ!」
応じるように、厳将軍が剣を抜く。天幕の中の空気が、一気にピリピリしたものになった。
けど、こちらは、わたしと女官と厳将軍。どれだけ将軍が強かろうと、この人数差で妊婦を守り切るのは無理。そう判じたのか、慈恩は、将軍が抜剣しても、余裕の笑みを見せる。
「うわあ。クズ」
思わず、感想が口をついてでた。
「者共であえ、であえ!」的な展開。スパーンスターンとふすまを開けて、呼ばれて飛び出てくる、同じ衣装のお侍さんたち。あとは慈恩が、「この者は、上様を語る狼藉者! 斬れ! 斬り捨てぃっ!」って叫んで、わたしが構えた刀をチャキって鳴らしたら終わり? デーンデーンデーン デデデデデデ デーンデーンデーン♪ っていう処刑(成敗)音楽スタート!
「なんとでも言え。――ヤレ!」
口を歪ませたまま、慈恩が上げた手を、ビュンって振り下ろす。
多分、それが兵への合図なんだけど。
シーン。
そんな擬音が目の前に文字化されて現れる。
「お、おい、どうしたっ!?」
その「シーン」をペシペシ叩くように、慈恩が手を振りまくる。けど、入ってきた兵士は、ピクリとも動かない。ただ剣を構えてるだけ。
「――ブハッ。やっぱオモロッ!」
止めたはずの笑い復活。
「どうすんのよ、この空気っ!」
イーヒッヒッヒッ。ゲーラゲラゲラ。
焦るクソオッサン、超カッコ悪っ!
「そう笑ってやるな、菫青妃。彼は彼で、必死なのだから」
「そういうアンタも笑ってるじゃん!」
「まあ、――なっ!」
被り物を捨て、ダンっと跳躍した女官。――いや。
「そこまでだ。皎錦国宰相、張慈恩」
卓に乗り、慈恩の剣を弾き飛ばす。代わりに自身が手にした剣を、驚き動けなかった慈恩の喉元に突きつける。
「まさか……」
「余の寵姫、陽里珠を殺害しようとした旨、しかと見届けた。腹の吾の子共々殺害せんとした罪、友誼と言いながら、余の国を侵略せんとした罪。覚悟せよ」
女官姿の少年皇帝、紅志英が言った。




