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巻の二、すべては祖国(と彼)のために!

 ――これは君にしか頼めないことなんだ、里珠(リジュ)


 花びら舞い散る桃園で。

 彼は、真摯な目で、わたしを見つめながら言ったのだ。


 ――朱煌国(シュコウコク)に行って、かの皇帝を籠絡してほしい。


 朱煌国(シュコウコク)の皇帝、(コウ)志英(シエイ)は弱冠十四歳。先帝が崩御し、即位したばかりの皇帝で、まだ妃を一人も持っていない。


 ――朱煌国(シュコウコク)の先帝は、何度も我が国を侵略した。その暴虐は、君もよく知っているだろう。


 知っている。

 その侵略に対する戦で、お父さんは死んでしまったし、残ったわたしやお母さんは、お父さんがいないせいで辛酸を嘗めた。わたしがここに来たのだって、貧しかったから、口減らしも兼ねて、お母さんがわたしを売ったから。

 だから、彼が抱く朱煌国(シュコウコク)への怒りは、わたしが持つものと同じ。


 ――陛下も、国が荒らされたこと、民が苦しんでいることに心痛め、日々憂いておられる。私は、宰相として、そのお姿を見るのが辛い。陛下のご心痛を取り除くためにも、朱煌国(シュコウコク)をなんとかせねばと思っている。


 そう……なの?

 皇帝陛下なんてどうでもいいけど、わたしを見出してくれた彼が辛いのは、わたしも辛い。


 ――朱煌国(シュコウコク)の新帝はまだ若い。女も知らぬような若輩の皇帝だ。きっと君なら、簡単に手玉に取ることができる。


 できる。

 だって、わたしはそのために、この女の園、桃園で育てられたのだから。

 噤鳥美人(キンチョウビジン)

 それがここでついた、わたしの二つ名。

 わたしの歌う、迦陵頻伽もかくやといわれる声の美しさに、鳥が恥じらいさえずりを止め、くちばしを(つぐ)む。そういう意味。

 声だけじゃない。容姿だって磨き上げられ、教養だって最高のものを授けられた。音曲、詩歌、演舞、礼儀作法。書に通じ、史に通じた。そして男を虜にする閨房術も。

 選りすぐりの美女を集め、最高の女に仕立て上げる場所、桃園。

 いつかこの桃園を出て、この国の皇帝、それか上流の貴族の妾になると思っていた。けど。


 ――朱煌国(シュコウコク)の皇帝を君の手で堕落させ、政を混乱させてくれ。それを機に、我々は朱煌国(シュコウコク)を攻め滅ぼす。


 今はまだ無理だけど。あの国の皇帝が堕落したら。まだ体制の整いきってない新帝を、そのまま堕落させることができたら。


 ――こんな危険なこと、君に頼むのは私も心苦しい。だけど、これは君にしか頼めないんだ。


 この桃園には、国中からより優られた美女が集っている。その中でもひときわ優秀で、ひときわ美しく、噤鳥美人(キンチョウビジン)と謳われる君なら。

 企みがあちらに知られたら、確実にわたしは殺される。そして我が国もただでは済まない。


 ――この企みが成功したら。朱煌国(シュコウコク)を攻め滅したら。そうしたら、里珠(リジュ)。私の妻になってくれないか。


 ――慈恩(ジオン)さま。


 ――私は、君を見つけたときからずっと君に惹かれていた。恋い焦がれていた。だから。二人で祖国を守ろう。私の計画、扶けてくれるね?


 ――ええ。慈恩(ジオン)さまの扶けとなるなら、喜んで。


 芸妓として売られるはずだったわたしを、救ってくださった慈恩(ジオン)さま。 

 朱煌国(シュコウコク)の新皇帝を骨抜きにして、政をなおざりにさせて、国を混乱させて。財政を浪費させ、兵力を落とす。そうすれば、宰相である彼が、その隙を突いて兵を動かし、朱煌国(シュコウコク)を滅ぼしてくれる。

 朱煌国(シュコウコク)さえ滅ぼすことができたら。そうしたら、故国は平和になるし、わたしは幼い頃からから慕ってた、彼の妻になることができる。


 噤鳥美人(キンチョウビジン)の名にかけて。


 わずか十四歳の少年皇帝なんてチョロいチョロい。絶対落として、国を滅ぼしてやる。

 そう意気込んで、ここに来たのに。


 (鳥も恥じらい口を噤む噤鳥美人(キンチョウビジン)でも、その声を聴いてもらえなきゃ籠絡なんてできないのよ!)


 ここに来て一年以上が過ぎた。

 歌ったところで、聴いてくれなきゃ意味がない。美しく装ったところで、見てもらえなければ意味がない。

 この菫青宮(きんせいきゅう)に来てくれたら。一度でいいから顔を合わせてくれたら。

 手ぐすね引いて待つ、アリジゴクの心境。ちょっとだけ。ちょっとだけそこに足を踏み入れてよ。そしたら、こっちに引きずり込んでやるんだから。


*     *     *     *


 「――おはようございます、里珠(リジュ)さま」


 「おはよう、尚佳(ショウカ)


 窓から差し込んだ明るい日差し。それと鳥のさえずり。起こしに来た尚佳(ショウカ)の声。

 眩しさに目をすがめ、腕で顔を隠す。

 チチっと響く小鳥の鳴き声。うん。目覚めに心地良い、清涼なその鳴き声、わたしの歌声より何倍も聴く価値ありそう。そのさえずりをもっと聴きたくて。ンッと上半身を起こす。


 (うわあ……)


 身体を起こしても、まだ床の上に残るわたしの黒髪。それも、つややかに軽くとぐろを巻いて。

 身を起こしても、髪が床に残るほどのロングヘアーってスゴい。

 前世を思い出したからか。いつものこと、当たり前のことに、なぜか驚く。


 (にしても、いい天気ねえ)


 寝台を降り、近づいた窓。見える木々は、昨日の雨に洗われたせいか、本来の緑を取り戻してる。その木々の葉に見え隠れする小鳥。日差しも白く清らかで、吹く風もとても涼しく爽やかだ。


 「ああ、もう、里珠(リジュ)さま!」


 あわてて追っかけてくる尚佳(ショウカ)。その手には、わたしが昨日脱ぎっぱなした絹の靴。


 「素足で歩かれるなど。そのお御足(みあし)に傷がついたらどうするんです!」


 お御足に傷?


 「あんな数歩歩いただけで?」


 寝台から窓の距離。およそ、七歩。

 それに、床は尚佳(ショウカ)の手で、チリ一つ落ちてないほど掃き清められてる。これでどう傷をつけろと?


 「その足裏、かかとが硬くなったらどうするんですか」


 「かかとぉ?」


 皮膚が分厚く硬くなったら、軽石でゴシゴシ……みたいな? それか角質ケアのクリームベッタリ。


 「女の足は、小さく柔らかく。桃園で習ったはずですが?」


 うごっ!

 容赦なくわたしの足を持ち上げ、靴を履かせる尚佳(ショウカ)。おかげで、バランスが崩れて身体がグラグラ揺れる。


 「このお御足で、男の竿を喜ばせることも……って、ああ! そんな窓に近づいたら、お肌が日に焼けてしまいます!」


 いや、キミが強引に靴を履かせたから、バランス崩しただけだかんね? つかまるとこ、窓枠しかなかったし。


 「それに、そんなはだけた格好で! 誰かに見られたらどうするんです!」


 日差しに淡く光る産毛。寝くずれはだけた襟に、覗く胸元の陰影が濃い。胸が豊満なせいだ。


 「いいんじゃない、見られたら。胸見て喜んでホイホイしてくれたら、ラッキーだし」


 「ほ、ほいほい? ら、らき?」


 「キョトン?」から「ほへ?」「なに言ってんだ?」になった尚佳(ショウカ)の顔。


 「胸を見て、ここに来たいって思ってくれたら、悪くないじゃないってこと」


 この世界用語に言い換える。

 昨日、あんな唐突にだけど、前世を思い出したせいか、どうもこっちの常識みたいなのが抜け落ちてる。前世感覚に近くなっちゃってる。


 「この後宮を訪れる男なんて、陛下しかいらっしゃらないんだし。その陛下が、『いい胸だ! 堪能したいぞ!』って思ってくれたら、ちょうどいいじゃない」


 胸一つで、ここに来てくれるっていうのなら、こんなもん、いくらでも晒してやるわよ。

 ここに来てもらったら、胸どころじゃなく、身体のいろんなところを見られて、「イヤン♡ アハン♡ そこはダメェ♡」みたいなことしなきゃいけないんだし。

 七つの頃から桃園で育てられたこの体。尚佳(ショウカ)が真綿でくるむように、繊細なガラス細工のように扱ってくれるこの体は、すべて相手の男に快楽を与える道具のように育ち作られている。豊かで艷やかな黒髪も、柔らかい足裏も。すべて。


 「そ、の、ま、え、に! なんて淫らな女だって言われて追い出されたら、元も子もありませんよ!」


 ボフッと布で頭から包みにかかった尚佳(ショウカ)


 「宰相さまのために、頑張るんでしょう?」


 「――うん」


 故国にいる彼のために。

 この国を滅ぼすため、皇帝である(コウ)志英(シエイ)を籠絡し、破滅させる。

 わたしに夢中になって政をおろそかにさせ、散財させ、堕落させる。国が弱体化するもよし、皇帝が見限った家臣に殺されるという混乱を招いてもよし。弱体化したら、攻め滅ぼしやすくなる。皇帝が殺されたら、逆臣を討つという大義名分も手に入る。(で、滅ぼす)

 煮るなり焼くなり炒めるなり(?)

 この国さえ滅ぼしたら、故国に戻って慈恩(ジオン)さまの妻になって、幸せに暮らせるの。


 まあ、少しは良心が痛むけど? なんたって十五歳の坊っちゃん、何も知らなさそうなウブなお子ちゃまを、エッチでメロメロにするわけだし。

 でも、この国が攻めてきたせいで、わたしのお父さんは死んだのだし、わたしが貧しさ故に売られたのだし?

 その復讐ぐらい、やられたことはキッチリ倍返し、ザマアしてやるわよ。


 「尚佳(ショウカ)、今日も頼むわ! わたしを最高の一品に仕立て上げて」


 爪を磨いて、肌を磨いて。ツヤが出るまで髪をくしけずって。

 大事な喉のためにハチミツ舐めて。身体のすみずみまで香を焚きしめて。

 ワンチャン聞いてくれるかもしれないと期待を込めて、琴を鳴らして、歌をうたって。

 努力は絶対裏切らない。努力は必ず報われる。

 どこかのアスリートみたいなセリフを胸に、今日も一日頑張るのよ。

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