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巻の十六、ご寵姫、ご懐妊???

 ――菫青妃(キンセイヒ)、ご懐妊。


 その慶事は、瞬く間に皇宮を抜け、市井のネズミまでがチューチュー噂し合うまでに広まり伝わった。藁につけた火みたいに、瞬く間に広まった。


 ――まあ、あれだけ睦み合っていれば。

 ――それだけ陛下のご寵愛が深いということなのでしょうな。


 フッフッフ。ホッホッホッ。

 めでたいと言っときながら、スケベ全開エロ面笑顔になる野郎ども。子どもができたことより、子どもを作る工程のほうで頭いっぱいなんだろうな。

 わたしが妊娠した。

 そのことで、皇帝はわたしを連れ歩く(抱き歩く?)ことはしなくなった。子を孕んだ体をいたわって――ということらしい。正直、助かったって思ってる。

 だって。


 (そういうこといたしたんだな~、みたいな顔で見られたくない!)


 ニセ嬌声上げてた時もそうなんだけど、「ああ、そういうことしてるのね」って視線は結構辛い。恥ずかしい。

 声だけならまあ、「そういうことしてるんだろうなあ(想像)」だけど、妊娠、子を孕んでるとなれば、「そういうことしたんだな(確定)」。そういうことしなきゃ子はできない。

 国にとっての慶事であっても、そういう目で見られるのは、正直つらい。


 来年の春には父親になる予定の皇帝は、あちらこちらから受ける祝辞に頬を緩ませっぱなしだ。子を持つ臣下に、父としての心得を聴いてみたり、寿ぐ者にそのニヤケ顔をさらしてみたり。その上、あの女のここが佳い、あそこが佳いなんてことを話して。……わたし、マジで連れ歩かれなくて良かった。


 

*     *     *     *


 「里珠(リジュ)さま。書が届いております」


 「書?」


 「はい。皎錦国(コウキンコク)からでございます」


 日々膨らんでいくお腹を抱え、ボーっと窓辺の長椅子に座っていたわたしに、尚佳(ショウカ)が言った。

 皎錦国(コウキンコク)

 つまり、あのクソ慈恩(ジオン)からの手紙ってこと。

 尚佳(ショウカ)もわかってるんだろう。書を差し出すその顔は、どこか硬く強張ってる。


 (どれどれ――、って。げ)


 げ。うげげ。うげげげげろげ。

 広げた書面。読み続け読み進めるほど、自分の顔が大きく歪んでいくのが自覚できた。最終的に、「顔をクシャクシャにするってのはこんなかんじの顔だろう」ってぐらい顔が歪む。


 「――どうした、菫青妃(キンセイヒ)


 その声に、書面から顔を上げる。


 「ああ、お帰りなさいませ、陛下」


 「そのように憂いた顔は、腹の子によくないぞ」


 ………………。

 「お帰りなさい」は言ったけど、一応、ここはわたしの室。そこにズカズカ入ってきて、袞衣(こんえ)だの冕冠(べんかん)を外し、リラックスし始めた皇帝をジト目で眺める。


 「珍しく、皎錦国(コウキンコク)から書が届きましたので」


 「書?」


 「ええ。わたくしが懐妊したことを寿いでいるみたいですわ」


 言って、ピラっと指でつまみ、皇帝に読み終えた書を渡す。

 受け取った皇帝が、それを読む。――けど。


 「なるほど。これはなかなか熱烈な……」


 プッと笑い出しそうなほど、口角が上がる。

 まあ。

 まあ、そうなるよね。


 皎錦国(コウキンコク)から届いた書。

 それは、メッチャ厨二病発動した、クソ慈恩(ジオン)のラブレター。


 〝有一天我仰是月

  問我仰同月為与

  月光落他山花上

  有我悲嘆濡袖知〟


 つーまーりーはー。


 〝僕ちゃん、月を見上げて思うの。見上げてる月は、かつてキミと見たのと同じなのかなって。月の光(つまりはわたしの愛)は、他の山(つまりは朱煌国(シュコウコク)の皇帝)に注がれてるの。僕ちゃんの悲しみは、涙に濡れた袖だけが知ってるの〟


 みーたーいーなー。


 キミが朱煌国(シュコウコク)の皇帝に孕まされても、僕はキミが好きだよ~、キミがアイツのものになってしまって悲しいよ~ってこと。

 読めば読むほどとってもイタい。クソイタい。

 「アンタ、毒桃で人を殺そうとしたくせに。よくぬけぬけとそんなこと言えるわ」――って怒りより、「見てみて、クッソ気持ち悪いラブレター届いたんだけど。ププ」のが大きい。

 あんなことしておいて、まだわたしが好きって思ってるのかねえ。図抜けた根性してるわ、まったく。どういう神経の持ち主なんだろ。


 「これは、余が返書をしたためるとしよう」


 「お願い申し上げますわ」


 気持ち悪すぎて返事なんて書けそうにないし。それか、「ブブッ。イタい! イタすぎる~(笑)」で筆が揺れる。


 「なに。ソナタは己の身と腹の子のことだけ案じておればよい」


 わたしの隣、長椅子に並んで腰掛けた皇帝が言う。


 「聞こえておるか、我が子よ。ソナタも母に迷惑をかけるでないぞ」


 ポンポン。

 軽い音を鳴らして叩くと、わたしお腹に耳を当てる皇帝。


 「まだ、返事を聴けそうにないな」


 「当たり前ですわ」


 どういう顔をしたらいいかわかんなかったので、微妙な笑みで返す。


 「それより、菫青妃(キンセイヒ)。しばらく皇城を離れるが、よいか?」


 「皇城を――でございますか?」


 皇帝がここを離れるのは、とっても珍しい。

 普通皇帝は、皇城のなか。政務を行う外廷、居住空間である内廷、それか桃色空間後宮にいる。皇城の外に出るなんて滅多にない。それも行幸とかじゃなくて、「しばらく」離れるなんて。


 「南の洸州で、少しきな臭いことが起きていてな。今日の廷議で、余も出馬することとなった」


 皇帝ご親征。

 「少し」って言ったけど、それって結構大変なことなんじゃないの?

 普通は、ダレソレ将軍を送って、状況を確認したり戦わせたりするもんじゃない?


 「――だから、案ずるでない。余は必ず帰って来る。何があっても必ずな」


 念を押すように言って、皇帝がわたしの頭を撫でる。


 「ソナタが産むのは、余の子ども。この国の皇子、未来の皇帝だ。ソナタは国母として、教えた通りに、ドッシリ構えておればよい」


 その与えられる言葉は、本気でご寵姫と腹の子を慈しむ皇帝……なんだけど。


 「臣下たちにも一筆残しておこう。余になにかあれば、ソナタと腹の子を守り立てよとな」


 わたしを見る目。

 それは、どこか楽しくてワクワクして、興奮を気持ちを抑えられない、そんなガキの目だった。

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