巻の十二、偽寵愛作戦開始!
「あ、あの……、陛下」
「なんだ」
「その御方は、その……」
「ああ。気にするな。続けよ」
「は、はい。ですが……」
「はい」と言いながら、奏上を続けることのできない文官。
うん、まあ、そうだよね。そうなっちゃうよね。
さっきから、チラチラチラチラ、ヒソヒソヒソヒソ。
わたしと皇帝を見ては、隣の誰かと顔を見合わせ、またこっちを見てソワソワ。
――どうして廷儀に女が?
――あれは確か、皎錦国から贈られた女ではなかったか?
――それがどうして。
皇帝陛下のお膝の上に座っておるのじゃぁぁぁっ!
うん。
言いたいことはよくわかる。
そして、わたしも同じことを言いたい。叫びたい。
わたし、どうして皇帝の膝上抱っこされてるのぉぉっ!
それも政の中心地、外廷にある宣政殿で。居並ぶ文官を睥睨できちゃう壇上、皇帝の玉座で。
普通、ご寵姫っていったら、後宮奥深くにいるものであって、頑張っても内廷にある皇帝の居住区、思清宮までしか出てこないもんじゃないの? 文官や、宣政殿の護衛武官たちが一生見ることなんて叶わない、レアキャラ扱いなんじゃないの?
――あの女が、皎錦国の。
――あまりの美しい声に、鳥がさえずるのを止め、口をつぐむという。
ヒシヒシ、ビシバシ視線がわたしにぶっ刺さる。
幸い、前世と違って、顔や体つきは最高の美女。「うわ。ウソだろ、あんな女がご寵姫?」みたいな視線を食らうことはない。
どっちかというと、「ほう……」みたいな感嘆の声が上がるスタイルしてるわよ。これでも、皎錦国が誇る噤鳥美人なわけだし。けどさ。
今まで一切女に触れることなかった少年皇帝が、いきなり廷議にご寵姫連れてきて、膝上抱っこだもんねえ。
「なにがあった」
ここにいる、皇帝以外の全員の顔に、同じ言葉が書いてあるわ。
「どうした。みな、この者が気になるのか?」
奏上を止めちゃった文官さん以下全員が、「ブンブン」と頭を縦に振った(ように見えた)。
「日頃政務に励んでくれるそなたらに、この者の美しいさえずりを聴かせてやりたくてな。迦陵頻伽もかくやとばかりの良い声だぞ」
は?
「ほれ。余の臣下たちにその声を聞かせよ」
聞かせよって。
ちょっ、顎持ち上げないで! 指で喉、押さえないで! 声、出ない!
「おや。声が嗄れてしまったか」
いや、アンタが喉を押さえてるせいです! ぐえええっ。
「仕方ない。昨夜、あんなにさえずらせてしまったからな。みなに聴かせるのは別の日にしよう」
ウギュ。
今度は、わたしの体を抱き寄せ。
「――ん? 疲れたのか?」
いーえ。疲れてないです。
ただ、アンタがわたしを力いっぱい抱き寄せてるだけです。
見た目は、ご寵姫がしどけなく皇帝にもたれかかってるようかもしれないけど、実際は、これでもかってぐらいの羽交い締め。ちょっと苦しい。
「なに? 戻りたいだと?」
……一言も言っとりませんが。
「陛下!」
わたしを抱え立ち上がった皇帝に、臣下が声を上げる。
「廷議はここまでだ。姫がご機嫌ななめなのでな」
ホレホレ、ヨシヨシ。
赤子みたいにわたしをあやしながらの退出。
皇帝が退出となれば、どれだけ納得してなくても、みな頭を下げてお見送りしなくちゃいけない。
(うわあ……)
これ、今日の夜には、市井のネズミまでがチューチュー噂しあうレベルで広まるわよ。
皇帝、ご乱心! 初めての女、皎錦国の美女に溺れてるって。
そして、わたしは、皇帝を惑わすトンデモ美女。
* * * *
「それでよい。噂を広めるのが目的だからな」
サッサと戻った菫青宮。わたしの室に入るなり、皇帝の証でもある冕冠も、金糸で龍が刺繍された紅色の袞衣もとっとと脱ぎ捨てた皇帝。
ジャラジャラとぶら下がる旒もなくなり、クソ生意気な皇帝、陽志英の顔が見やすくなる。
「これで、お前が余の寵姫だと知れ渡った」
ええ、そうでしょうよ。
今頃ものすごい勢いで広まってるでしょうよ。
今まで、女に興味を示さなかった皇帝が、一夜にして籠絡される。あの皎錦国の女は、いったいどんな手管を持っているのだ。
わたしは、トンデモ(エロ助)美女として認識されましたとも。
「張慈恩の作戦が一歩進んだ。そういうことになるな」
へ?
「これで、アイツはお前たちを殺す理由がなくなった。この先は、余がどれだけ溺れて政をおろそかにするか。成り行きを静観するだろう」
「あ、あの……。これってまさかわたしたちを守るため……ですか?」
わたしが皇帝を籠絡して、政をおろそかにさせる。
これをプランAとするなら、別の女を送り込んだりするのはプランB。
プランAがダメなら、わたしたちを殺して、プランBに移行する。だけど、プランAが上手く行ってるのなら、リセットは一旦停止。そのまま推移を見守る。
「別に、お前たちのためだけではないぞ。余にも益あることだからやっている。気にすることないぞ」
「はあ……」
偽ご寵姫爆誕に、どんなメリットがあるんだろう。
――陛下も男だったのですな。お盛んなことで。いやあ、お若い。ハッハッハ。
それにどんなメリットが?
「それより。お主ももう少し寵姫らしく振る舞え」
は?
「余は人形を抱いておるのではない。しなを作るなり、媚びたような眼差しで見つめるなり、もう少し艶のある動きをせよ」
はあああっ!?
「ということで。今よりしばらく嬌声を上げよ。情事を行ってるように、艶かしくな」
「きょっ、嬌声っ!?」
「婀娜っぽくな」
言うなり、勝手にわたしの寝台に転がった皇帝。
「無理だというのなら、このまま抱いて、その声を上げさせるが?」
頬杖ついて、こっちを見上げてくる、意味タップリな眼差し。
「あ、あげます! 自分で!」
声上げるために抱かれてたまるか!
「あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡」
「もう少し変化もつけよ」
「あっ♡ あっ♡ あぁんっ♡ あっ♡ あっ♡ ああっ♡ あっ♡ ンあっ♡」
これでいいかエロ助野郎。
「『陛下ぁ』とか、『もっとぉ』とか入れてみろ。『いい』とか『イク』もよいぞ」
「あっ♡ あっ♡ あぁんっ♡ あっ♡ へ、陛下ぁっ♡ ああっ♡ も、もっとぉ、あっ♡ ンあっ♡ いっ、イクぅ♡ イっちゃうっン♡ あぁン♡」
ナニコレ。
バカらしいっていうか、虚しいっていうか、すっごい間抜けっていうか、アホっぽいというか。
わたし、なんでこんな声を上げさせられてるの?
「ふむ。なかなか佳い声で啼くな」
ああ、そうですか、そうですか。
こんなウソ婀娜声を褒められても、なんもうれしくないっちゅーの!
ウソでも嬌声を上げられるよう、啼いてよがれるように、桃園で散々仕込まれてるけど。でもそれは本番時に上げるために仕込まれたものであって、こんな寝台横で突っ立ったまま上げるためじゃない。
「そろそろいいぞ、イケ」
「あっ♡ ああっ♡ 陛下ぁっ♡ イク、イきますぅ♡ あぁン♡」
――すっごく虚しい。




