巻の十一、煮るなり焼くなり、好きにして?
「ではソナタは、余を籠絡するため、この国に参ったというのだな」
「はい」
「籠絡し、この国を混乱させ、その隙を狙い滅亡させる魂胆だったと」
「はい。その通りでございます」
話す相手は皇帝陛下。
皇帝陛下の居室という、超プライベート空間。そこで、椅子に腰掛けた皇帝を前に、石床に膝をつき、拱手で相手を敬う。
自分より年若い少年皇帝であっても、きちんと敬意を払う。
「皎錦国の宰相、張慈恩の命令で、こちらに参りました」
この国に来て、皇帝を籠絡し、堕落させること。
それが、わたしに与えられた密命だった。
皇帝を骨抜きにして、政をおろそかにさせる。国が混乱したところで、皎錦国の軍がこの国を攻める。そういう手筈だった。
「ではなぜ、そのことを余に話す?」
「陛下は、毒に苦しむわたくしどものため、医師を手配してくださいました。そのお優しさに報いたいと思ったまででございます」
祖国から贈られてきた毒入りの桃。
不要な、使えなかった手駒は消す。下手に生かしておいては、いつ謀が露見するかわからない。
そんな慈恩の手から、助けてくれたのはこの皇帝だ。
それと、これはちょっとした意趣返し。
わたしと尚佳を使い捨てにしようとした慈恩への反抗。まさかわたしが、情報リーク、ネタバラシするなんて考えてないでしょ。
(フン。ザマアミロ)
わたしは処刑されるだろうけど。でも、こうしてアイツに一矢報いることができてサイコーだ。これで、また美姫を贈って……なんて作戦は使えなくなった。使ったことろで、警戒される。
「――なにか勘違いしておらぬか?」
勘違い?
皇帝の言葉に、拱手を止め、キョトンと相手を見る。
「余がしたのは、『桃の食いすぎで腹を下した女に、医師を手配してやった』だけだ」
――は?
「皎錦国の者は、悪食らしいな。そのように腹を下すまで桃を食らうとは」
んなっ!
「フフッ、ハハハハッ」
わたしが怒ったのを見て、皇帝が声を上げて笑いだした。
「――陛下」
笑い続ける皇帝を、そばに控えていた男、おそらく近侍がたしなめる。
「ククッ。まあいい。菫青妃、そういうことだから気にせずともよいそ」
声を上げることはやめても、ちょっとつつけばまた笑い出しそうな顔。
「皎錦から、毒など送られておらぬ。贈られたのは、友好の証に美女一人だけだ」
「えっと。その……、その美女が罠だって申し上げてるんですが……」
美女と褒められたことより、そっちが気になる。こっちの手の内バラしたんだから、少しは警戒しなさいよ。
「問題ない。お前は、贅沢な飯だとか宮殿は求めなかったからな」
「――は?」
作った声じゃなく、本音の地声が出た。。
「最初は、衣装や宝石だったか。そこから豪華な料理。贅を尽くした料理をとるのにふさわしい宮殿を建てろ、宮殿に似合う庭園を作れ」
ナニソレ。
衣装は宝石はなんとなく理解できるけど。料理にふさわしい宮殿ってナニ?
「最後は、忠臣である伍子胥が怖いだったか。それによって呉が滅びるのだが。――なんだ。西施の話、知らないのか?」
「セイシ?」
「西施がダメなら、妲己、褒姒でもいいぞ。それか貂蝉だな」
えーっと。
すみません。誰一人存じ上げませんが?
最後の、チョーセン? これだけは聞いたことあるようなないような、ないようなあるような。
記憶、曖昧。
「知らぬなら、――まあいい」
「はあ……」
いいのかな。でも「いい」と言われたからには、そういうことにしておく。
「それで? お前は自分たちの策をバラして、どうするつもりなのだ?」
皇帝が、少しだけ身を乗り出す。
「わたくしの女儒、孫尚佳の保護を。彼女は、わたくしどもの企みに巻き込まれ、ここに参った者で罪はございません。ですから、この先の身の安全を保証していただきたく存じます」
「女儒だけでよいのか?」
「はい。わたくしは……どのような罰も受ける覚悟はできております」
言って、もう一度深く頭を下げる。
わたしがここに来たのは、尚佳のため。
慈恩の娘だといった尚佳。わたしがここを追放されてたとしても、慈恩に殺され、命を落としたとしても。遺された彼女が無事に生き延びることができたら。
そのためには、この国の皇帝の庇護が必要と考えたから、ここにすべてを話に来た。
「……だから、命は取らぬと言っておるのに」
皇帝が、苦々しそうに顔を歪め、頭を掻いた。
「まあいい。菫青妃。そこまでの覚悟があるのなら、面白い。ソナタ、余の寵姫になれ」
「――――は?」
礼儀を忘れて、素で返す。
寵姫になれ? ナニ言ってんの、この皇帝。
「そなたが余の寵姫になれば、その侍女の安全も保障してやる。ついでに、ソナタの命も守ってやろう」
「わたくしを、罰しないのですか?」
鞭打ちとか、杖打ちとか、火刑とか、服毒とか、斬首とか、絞首とか。
「余に、寵姫をいたぶる趣味はない。まあ、従わぬのであれば、それなりの罰を与えてもよいが。好きな方法で処罰してやるぞ」
そ、そうですか。ってか、「NO」は言わせてもらえないのね。
死はある程度覚悟してたけど、だからってウエルカム処刑じゃない。できれば敬遠したい。痛いのが好きってわけじゃないし。
「ソナタはこれから、余の寵姫となる。そうすれば、ソナタにも面白いものを見せてやろう」
「面白いもの……でございますか?」
「ああ。面白いものだ」
語りながら、目をキラキラさせた皇帝。
なんか、「オレ、メッチャ面白いいたずら考えたんだけどー」って、いうヤンチャ坊主みたいな顔。面白いっていうより、とんてもないことを思いついてるみたいな。
わたしの身を使って、何するつもりよ、この皇帝。
「ハハッ。そこまで身構えなくてもよい。ソナタに手出しする気はないからな」
「は、はあ……。そうですか」
籠絡しに来てなんだけど、手出しされないって公言されてホッとする。
「ただし。寵姫として余を手玉に、籠絡しているように演じること。余がソナタに溺れてるように振る舞うゆえ、そなたもそれに合わせよ」
「つまりは、張慈恩の作戦が上手くいってるように見せかけるのですか?」
最初の手筈通りに。わたしが皇帝を籠絡しているように見せかけると?
「そういうことになるな」
わたしが皇帝を籠絡しているように見せかける。
慈恩の作戦が成功しているように見せかける。
そのことがどうやったら=で面白いことにつながるのかわかんないけど。
「承知致しました。陛下のご寵姫役、身命を賭して、精一杯務めさせていただきます」
少なくとも、わたしがご寵姫となれば、毒桃を送られる危険はなくなる。わたしだけじゃない。作戦が成功しているように見せかければ、尚佳の身の安全も保障される。
(うぉっしゃ! やってやるわよ!)
バチンと頬を叩いて気合いを入れる。
わたしの答えに、満足そうな少年皇帝のクリッとした目。その輝き。金の龍の装飾がされた肘置きに、頬杖ついて、脚を組んだ尊大な態度の皇帝が、楽しそうに頬を緩める。
少しだけ。少しだけだけど、心が「ワクッ」ってなった。




