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99.元王太子


 地下牢に響く靴の音。

 鉄格子越しにその男を見下ろした。


 人が来るのが分かったのか、床に寝そべったまま目を開けており、瞳だけ動かして現れ見た。


 「王族になった気分はどうだ?女達に言い寄られて、さぞいい気分だろう?」

 「……お前の尻拭いだと思えば、少しはせいせいするよ」


 言い返す力もないのか、エイドリアンは口元だけ笑って目を閉じた。


 王宮から消えてから、こいつの行方を追っていた。忽然と消えた事からきっと王族しか知らない秘密通路なのだろうと考えて、通路を徹底的に洗い出し、そして捕まえたのだ。

 野放しになんてできない。こいつは必ず復讐しに戻ると思ったから。


 「死に方を選ばせてやる」


 散々、ジェシカ様に暴行し苦しめたこいつを許す事などできない。またジェシカ様に危害を加える奴を生かす事など無理だ。


 「お前の分際で俺を殺す?王族の俺を?ふざけるな、お前はただの駒だ。貴族達に良いように使われているだけなんだよ」

 「そうだろうな」

 「なんだと?」

 「俺だってここに立ちたくて立っているわけじゃない。ただ、無能な王族と名乗る奴のせいで仕方なくそうしているだけだ」

 「俺は王族だ」

 「じゃあ、なぜ逃げた?うやむやにするためか?」

 「はっ、調べる必要が?」

 「調べることで助かる命もある」

 「何の事だ」

 「彼女達の事を考えてたわけではないんだな」

 

 初めは、血筋をうやむやにする事で、子供の出生を誤魔化し助けたつもりがあったのかと考えていたが。

 

 「俺の考えすぎだったのか。ただのプライドか」

 「何を言っているんだ」

 「……産まれてくる子供の事だ」


 狐に包まれたような顔で、こいつは聞き返してきた。


 「は……?こども?」

 「彼女達だよ、お前の子を孕っているミーシャだ」

 

 エイドリアンは、目を丸くした後におかしそうに笑ったのだ。そして、ボロボロな身体をゆっくりと起き上がらせると座って言った。


 「子供?それは本当に僕の子かも怪しいよね。それに、彼女は既に犯罪を起こしている。だから、子供云々より、死刑になるそれだけじゃないか」

 「もし、自分の子だったらとか考えないのか?」

 「子供なんて邪魔なだけだ」


 イライラしたように話すエイドリアン。


 「妊娠した途端、子供子供って女は言う。馬鹿馬鹿しい、子供なんてただの道具だ、政治の道具にすぎない」

 「全てがそうとは限らない」

 

 つまらなさそうにエイドリアンは言う。


 「そう、無駄に愛情を注いで過保護になる毒親だっているように、無関心すぎて愛情を注がない馬鹿親もいる。その中、そんなものだ。だから僕は別に異常でもおかしくもない」

 「そうか……」

 「それで?子供が何の関係があるんだ」

 「……お前が王族でないと分かって、ミーシャもそうであれば、子供だけは殺さずに済む」

 「馬鹿か?神への冒涜だぞ。産めるわけない」

 「彼女が産みたいと言えば話は違う」

 「産んでどうするんだ?誰が育てる?親のいない、誰からも愛されない、罪人の子に愛情を注ぐ馬鹿がいるのか?そんな無責任なことよく言う」


 真っ当な意見を彼は言う。

 ただ、人の親としては……


 「親なら助けろよなんて言うなよな。俺は……」


 顔をぐしゃりと歪めてエイドリアンは言った。

 

 「俺は、愛なんて知らないから」


 愛情を受けないで育った彼は、子供を育てる事などできない、そう言っているのだろう。


 「……それに、俺は歴とした王家の人間だ。調べるなんて許さない。そうだな、そう言ったら殺すのか?僕を?」


 はははっ、と渇いた声で笑った。


 「まぁ、いいだろう。お前が怒り狂うのを見てからなら、死んでも良いかもしれないな。そうだな、最後に良いことを教えてやろう」


 がしゃんっ、と鉄格子を掴んで俺の近くに来たエイドリアンは俺にしか聞こえないように言った。


 「ジェシカはいい女だ……あっちの方も最高だ」


 俺はカッとなりそのままエイドリアンの胸倉を掴んだ。


 「よくもっ、そんな事を言えるなっ!!」

 「事実をっ言った、だけだ……もしかして、まだ、なのか?」


 俺は感情をコントロールできなかった。結界を張っていた呪いが身体の周りを渦巻き出した。


 「はっ、トップが呪い持ちなんて笑えるじゃないかっ!!見ろよっ、お前達、この有様をっ」


 コントロールしないと、と思うのに身体は言うことを聞かない。


 「へへっ、もっと教えてやろうか?俺は彼女をお前より知っているはずだ」


 舌舐めずりをして、エイドリアンは光悦な表情を浮かべた。締められて興奮しているようにも見えた。

 狂っている。


 「なぁ?はっ、その表情っ、いいな。最高だ……女は馬鹿みたいに愛を求める……抱いてやってるのに、もっとと我儘を言う、んだ……馬鹿だよな」


 こんな奴にジェシカ様は苦しめられていたのか。クズすぎて、こんな奴に向ける感情が馬鹿馬鹿しい。こいつは、もうどうしようもない。

 俺は掴んでいた胸倉を離した。エイドリアンがどさっと床に倒れ込む。

 

 「ははっ、悔しいのか?まだ言ってやろうか?ジェシカはなぁ、意外と……」


 楽しそうにべらべら彼女との事を話す目の前の男。


 「お前は、本当に可哀想な奴だ」

 「……何だと?」

 「そうやって、人をこけにしないと満足できない底辺の人間だ。そんな奴が国の上に立つことなんてできないだろう」


 俺は腰にある剣を手を伸ばした。


 だが、ぐはっと口から大量の血を吐くエイドリアン。

 見れば、腹に剣が突き刺さっていた。


 『あーあ、やっちゃった』

 「?……お前……」

 『だって、聞いていたら腹が立ってきて。王子様っていうのはキラキラ素敵な紳士じゃないの?なのに、こんな下劣だなんて』

 

 魔女が俺の結界から抜け出して、エイドリアンに剣を突き刺したのだ。


 『女をこけにする男は嫌いだわ』


 足元でエイドリアンが驚きと絶望の表情で俺を見上げた。腹を抑えるが血は止めどなく流れる。


 『どうする?あんたが殺る?それとも、私がトドメを刺していい?』

 「…………いや」


 俺は迷いなく剣をエイドリアンの胸に突き刺した。

 その一突きで、エイドリアンは痙攣した後に動かなくなった。剣を抜けば、ドバッと血が流れてきた。


 「やらなければ……ならなかったんだ」

 『地獄に落ちればいい。あ、私もか』

 「お前、なぜ……」

 『さぁ……どうしてだろうね』


 魔女の影がエイドリアンの纏わりつくように彼の身体が黒く包まれていく。


 『ただ、あんた達を見てきたからかな。つまんない、もっと苦しめよって思ってきたけど……それ以上にあの子を侮辱することの方が腹が立って、苦しくなっただけ』


 呪いさえも巻き込んでいくジェシカ様は……


 さらさらと魔女の影は細かな灰となっていく。


 『こいつ、連れていくわ。憎しみだらけだった私となら地獄へ向かうでしょ。さようなら』


 そう言うとエイドリアンの身体が同じく灰となっていった。背後で騎士が驚きで身じろぐのが分かった。


 『幸せに』


 それだけ言うとあっという間に消えた魔女とエイドリアンの身体。

 呆気に取られた俺は、その場に座り込んだ。心配そうに騎士が近づいてくる。


 「このことは極秘に……俺の言う通りに進めてくれ」

 「はい、承知いたしました」


 魔女の呪いは、やっと終わったのだ。晴れやかなはずかのに、俺の心はずしりと重い。

 これから、俺は大切な人に嘘をつく。


 「すみません、ジェシカ様」


 愛しているから、それが正解かどうかは分からないが、今のあなたには知ってほしくない。知らせたくない。

 負担にはさせたくない。

 これは俺が背負っていく。


 

 

 

 

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