98.罪人と母
リオンと共に歩く道はとても静かで寒くて暗くて、これから先を予兆しているように思えた。
しばらくすると明るい場所に出て、鉄格子の中に女性がベッドに横たわっていた。
思っていたほど酷い場所ではなく、ちゃんと日が入る窓もあって最低限の生活ができる物も置いてある。
ミーシャ様は横たわり目を瞑っていた。お腹がだいぶ大きくなっており、息をするのもしんどそうだった。
私達が近づく音で目を開けて上半身だけ起き上がる。
「ミーシャ様」
私を見ると彼女は目を瞬かせ、ハッとしたように頭を床につけて搾り出すようにか細い声を出した。
「ジェシカ様……その、私はあなたに酷い仕打ちを……」
「ミーシャ様」
彼女の言葉を制して私は聞いた。
「あなたはもう少しで子供が生まれる」
さっとお腹に手を当てて怯えた表情に変わる。
「……殺すの?」
震えた声に身体。かつての自信に溢れた可愛いミーシャ様はいなかった。
「1つにあなたは私の子を殺した……生まれる前だったけれど。それにもう1人私の大切な人の命まで奪っている。それだけで、私はあなたの命も……あなたの子も奪う事ができる」
「でも……」
「でも?」
「……どうか、この子だけはっ」
「生んだ後にこの子の面倒を見るのは?罪人の子を面倒みたいと言う人が果たしているのか……大きくなるにつれて、苦しむでしょうね……なぜ自分は生まれたのかって」
ミーシャ様の目に絶望が滲む。
「分かるでしょう?親になるあなたなら、子を失う辛さが……私が子を失った辛さも。それに、あなたが殺したアンナにはまだ小さな子供がいたの。小さい子を残してまだ歩き始めの子を残して逝った、アンナの無念さが分かるわよね?」
下を向く彼女の肩は震え、床にはポツリポツリと涙が滴る。
「申し訳っ、ありませんでした……」
「だけど、一つだけ手段がない事はないわ」
私の言葉にミーシャ様は涙だらけの顔をあげた。
「あなた達が王家の血筋ではないと証明できれば、子供だけは救う事ができる。生まれてくる子に罪はないから」
ミーシャ様がぎゅっと拳を握った。
「もし、もし血筋だとしたら……」
「殺さざるを得ないでしょう」
彼女も分かっているはず。血筋の子が生きていれば、今後も謀反を企む輩に利用されかねないと。
「血筋じゃなければ……この子はどうなるの?」
「貴族や王族が手出しできない管轄の元で過ごすことになる。そう、例えば誰も知らない遠くの孤児院とか修道院とか……この子は何も知らず親の罪も自分が誰からも生まれたかも分からず、厳しい環境で1人で生きていくことになる」
「親がいないなんて……この子は神の怒りを買ってまともじゃないわ。それじゃあ、産まれても苦しむだけだわ」
ボロボロと大粒の涙を流すミーシャ様を見て、気持ちが揺らぎそうになる。
「お腹は大きくなってるの。毎日、毎日、元気だよって私のお腹を蹴るの、動くの……ここで生きているのに、殺せというの?」
胸が痛い、と同時に私はそれさえも感じられなかったと囁く自分がいた。
私は屈んで彼女と視線を合わせた。
「お母様と離れ離れになった事はとても残念に思うわ。でも、だからこそ、どこかで踏みとどまる事ができたでしょう?」
「でも憎かった。なんでも持っているあなたが、憎かった!!!」
わぁぁぁ、と泣き出したミーシャ様。次第にすすり鳴きに変わり、私はまた話しかけた。
「あなたがもし、王家の血筋じゃないと分かっても、子供はそうじゃないとも限らないわよね?エイドリアン様を調べられればいいのだけど、行方知らずなの。だから、もし賭けるのなら……産んだ後に調べることになるわ」
「……生まれて調べて、血筋であれば赤ちゃんを殺すのね」
私だって生まれたばかりの子を手にかけたくない。きっと、誰だってそうだろう。
ミーシャ様は俯いたまま咽び泣いた。しんっと静まり返った地下牢に、それは悲しく響く。彼女の泣き声が小さくなった時、顔を上げて言った。
「……私のお腹から出れば辛い思いをさせるなら、いつまでも永遠に一つである事を選ぶわ」
涙で濡れた目はもう迷いはなかった。
「調べないって事でいいのね?」
「………………はい…っ、ふっ、うぅ……」
口元に手を当てて再び涙を流し嗚咽を我慢する姿は痛々しく見ていられなかった。
私は立ち上がり後ろを向く。リオンがそっと肩に手を置いてくれる。
静かに、でもさめざめと泣く彼女の声は、それから毎日続いていたらしい。




