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95.眠り姫は


 「陛下。どうぞこちらを」

 

 侍従の慣れない呼び方に内心動揺しながらも、俺は袖を通す。

 慣れない景色に人、重い衣装に厳かな部屋。


 アニアス元陛下が崩御し、慌ただしく日々が過ぎて今日という戴冠式を迎えた。

 ジェシカ様は目覚めない。俺は今日からこの国を背負っていく事になる。

 もう何千回と吐いた溜息を飲み込む。王になるからには、決断したからには私情は隠さねばならない。


 「お、なんかお前がそんな格好すると」

 「なんだよ」

 「腹立つくらい格好いいな」

 「……口閉じろよ、今ならお前のその横柄な態度を改めさせるのなんて簡単なんだから」

 「おお、こわ」


 相変わらずなオーラントが、机にばら撒かれた手紙を手に持って悪戯に笑った。


 「こんなに……お前も大変だな」

 「焼き潰したいくらいだ」


 アニアス元国王が崩御したと聞くなり、様々な国から和親のためにと手紙が相次いだ。つまり、婚約の話だ。


 「オーラント、それについては任せたからな」

 「何を」

 「全て上手く断れ」

 「またご無理を、陛下」

 「お前もそのつもりであんな風に言ったんじゃないのか?国王にはなるが、妃は娶らない。後継を育成するまでの中継ぎだと」


 俺なんかより、よっぽど血筋が良い貴族はあるのに。セントラル公爵家なんて王族が降嫁していたはずなのに、この不安定な時期に孫を王族なんかにさせるものかと断固拒否している。

 と思えば、虎視眈々と王座を狙う陳腐な輩もいるのだから気は抜けないのだ。


 まずは、この不安定な国を建て直して貴族達の中から相応しい者を見つけて後継を育てる。それでいい。

 俺はジェシカ様の目覚めをまだ諦めてはいない。


 「少しばかり、魔法研究に力を入れてもいいよな」

 「職権濫用はダメですよ、陛下」

 

 これは独り言だから敢えて答える必要はない。


 「だけどさぁ、本当に妃を娶らないのか?お前ほどの男なら、女は喜んでやってくるだろう?メイドなんて頬を染めてお前に見惚れてたぞ」

 「ふざけんな、お前が言うな」

 「いや、だってさ。ジェシカを想ってくれるのは凄く有難いし親友として嬉しいよ。だけど、それと同時に申し訳なくてさ……」


 らしくない様子で話すオーラント。

 ジェシカ様の兄として色々考えているのだろう。


 「オーラント、俺は」

 「いつまでも童貞でいるのは男としてどうかと思うんだ。男の幸せってやつを……お、おい、やめろ、うわっむ……」


 俺は魔法で奴の口を閉じて追い出した。

 ったく、いつまでも馬鹿やってた頃のままなんだから、あいつは。


 式の時間が近づく。

 覚悟は出来ているから問題ない。こうなれば、民が皆、安心して過ごせるように全力を尽くすしかない。

 これからは、自由はなくなる。でもそれでいい。


 「陛下。時間です」


 ジェシカ様が隣にいない今、自由などいらない。


 「リオン国王陛下、万歳!!」


 自分を隠して生きるのは得意だ。

 これまでの人生、大半がそうだったから。


 「陛下、私の娘を」

 「陛下、うちの領地のことですが」

 「リオン陛下、この後、お話できませんでしょうか?」


 するりと細い腕が絡んでくる。

 渡されたグラスには媚薬か?匂いで分かる、これくらい。

 舐められたものだ。


 テリア様が近くで頷いてグラスを持って行く。あからさまに残念そうにする女。


 「さぁ、陛下お疲れでしょう?こちらへ」


 テリア様の腕を取る。


 (顔に出てるわよ)

 (慣れてないだけです)

 (これから、どんどん来るわよ。それはもう、可愛らしいものからえげつないものまで)


 こうやって俺の虫除けに徹してくれているのだが、ジェシカ様のためだと言う。


 『あの子が目覚めた時に、あなたに女が出来ててショックでまた眠ってしまわないように私が管理するから安心して。あの馬鹿兄には任せられない』


 強力な助っ人となってくれた。

 テリア様も適齢期なのに申し訳ないと謝れば。


 『私、結婚するより働きたいのよ。魔法得意だしわりと優秀でしょう?あなたの右腕になってもいいわよ』


 全てはジェシカ様のためだと理解しているが、有り難かった。こんなにも人は変わるものなのか。

 

 「感謝します」

 「賞与倍額ですよ、それと敬語はなしです」

 「勿論で…勿論だ」


 それからの時間も、外交や貴族達の自慢話にお世辞、女性達の色仕掛けに対応しひたすら耐えた。

 もう十分だろう。

 時間も遅くなっている。また明日から接待やらで忙しい日々になる。それを分かってか侍従も俺が帰る事を嗜めず、そのまま真っ先に寝室へ直行した。


 着替えを済ませてベッドルームへ入る。

 もう限界だ、と思考停止した頭では全く気づかなかった自分を殴りたかった。

 細い手に引かれてベッドに体が沈んだ。


 ほぼ裸体といっていい姿の女性が俺に跨り見下ろしており、心から舌打ちした。


 「……娼婦は呼んだ覚えはない」

 「うふ、違いますわ。娼婦じゃなく、今日からあなたの恋人です」

 「……」


 盛大に溜息をついた。この類の女は苦手だ、何を言っても話が通じないから。

 その間にも女の手が俺の下半身を這う。


 「大丈夫ですよ、陛下。きっと私を気にいると思いますわ」

 

 夜這いなどよく出来たものだ。女の唇が首筋に触れて悪寒が走った。


 「触るな」

 「き、きゃぁっ!!」


 俺は魔法で女を縛り上げた。涙を溜めて喉を掻きむしる。

 

 「陛下っ!?何事ですか!!」

 「この女をここから出してくれ」

 「えっな、どうやって、は、はい……」


 騎士が狼狽える。そうだろう、なぜ女が寝室にいるのか、誰が職務を怠ったのか。聞きたい事は山ほどあった。


 「今日のことは何も聞かない。その代わり、今夜は俺が戻らなくても探さないでくれ」

 「は、はぃ……」


 俺はガウンを羽織って廊下に出た。行き先はひとつ。

 魔法で扉を開けて中に入り、結界を厳重に張る。今日はもう誰とも話したくないし会いたくない。


 相変わらずジェシカ様は姿勢良く眠っていた。今日は満月なのか、月光がカーテンの隙間からちらちら入ってくる。

 ジェシカ様の顔に月光が当たり、キラキラとその白い肌を照らしていた。ごくり、と喉がなる。

 男としての欲求はジェシカ様にしか働かない。だから、あんな事をしても無駄なのに。誰かれかまわず抱く男の気がしれない。


 ギシッとというベッドのスプリングの音と共に俺はジェシカ様の横に寝そべった。

 今日くらいは、これくらい許してくれ。


 ジェシカ様の手を握れば、その温もりに誘われるように俺は眠りの中へ落ちていった。



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