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92.揺らぐ怨恨


 差し出した手に、呪いの球体がぶわっと襲うように私に入ってきた。


 「なっ、ジェシカ様っ!!」


 ゆらゆらとリオンの姿が揺れた。


 その時、目の端に黒髪で瞳の赤い少女を捉えた。すらりとした白い肌が暗闇の中でとても目立ち、その赤い瞳は幾分か怪しく光っていた。

 そして、とても美しいが、その表情は冷酷だった。


 「あなたが、、」


 その少女はにっこりと笑えば、リオンに近づいて彼に後ろから絡んだ。少女がリオンの頬に触れて私を横目で見た。その目が優越感で浸っている。

 私を挑発しているのが分かる。少女はくすくすと可愛らしく笑ってからリオンの唇に手を這わす。


 『彼を頂戴』


 頭の中で声が響いた。


 『あなたは沢山の人から愛されている。でも、私は誰も愛してくれなかった。1番愛したあの人だって他の女を選んだわ』


 少女は悲しそうに目を閉じた。


 『ねぇ。私に彼をくれれば、呪いを解いて彼を自由にさせてあげる。その代わり彼の心は私のもの。いいでしょう?命は助かるわ』

 「私が解くから必要ない』

 『あなたに呪いは解けないわ。何ができるっていうの?大人しく元いた場所へ帰りなさい、元の地位に……』

 「元いた、地位……」

 『そう。豪華で皆に親しまれて王子に愛されて……それは幸せでしょう?誰かに見てもらえるだけで。何が不満だったの?』


 そうか。王太子妃の時は苦しかったけれど、アマンダやアンナもいたし、お兄様だって近くにいた。エイドリアン様だって、歪んでいたけど私を愛してくれていた……?

 どこかで私を呼ぶ声が聞こえる。足元がぐらぐらするのはどうして?


 『ねぇ、そうでしょう?私はひとりぼっちなの……もう、ずうぅぅっとね。だから、彼を私に頂戴。苦しまずに自由に生きさせられるわ』


 呪いにも魔力にも影響を受けずに生きられる。それはリオンにとっていい事なのだろう。


 『愛のために……お互いのためを思えば、ね。ほら』

 「ジェシカ様。私はあなたの側で迷惑をかけない方がいいと思うのです」

 「リオン、それは違う」

 「ジェシカ様。私はあなたを愛しています、狂おしいほどです」

 「知っているわ、そんな事」

 「だからこそ、身を引きます」


 リオンと少女が目の前で強く絡み合う。

 ショックで胸が張り裂けそうだった。


 伸ばした手を見たら、腕まで黒い模様が渦巻いており力が入らずその場に崩れ落ちる。頭が割れるように痛かった。

 ゆっくり、ゆっくりとそれは広がって身体が鉛のように重くなっていった。


 遠くで私を呼ぶ声は誰の声だろう。

 目の端で揺れるキラリと光るシルバーの髪。


 綺麗だな。私が大好きな髪だった。

 リオンの髪だ。


 『なんだか、夜空にかかる絹糸のカーテンのようね』


 いつか寒空の下で言った言葉を思い出す。小さい頃もよく言っていたな。本当にリオンの髪は真っ暗闇でも負けない。とても綺麗だ……


 『真っ暗な影が嫌うものは、白い光だと言われています。それに勝るものはありませんから』

 

 そうだ、影が嫌うのは白い光。負のものを集めたのが影だったら、私が見ているものは私の負の感情であって、真実ではない。


 そう。これは幻覚なんだ。

 呪いに飲み込まれそうになっていたと気付いたら、はっきりとリオンの姿が見えてきた。既に彼との間に亀裂ができており、床が崩れている。


 「ねぇ、あなたは何がしたいの?」


 私は呪いに話しかけた。


 『何って』

 「人の不幸を見て楽しい?」

 『楽しいわ。もっと愛に溺れて絶望する姿を見たいの。私と同じように苦しんでいる姿を。皆んな、そうであってほしい』

 「違うわ」

 『え?』

 「違うでしょう?……あなたは自分を見て欲しかっただけ」

 「……は?」

 

 愛してほしい、認められたい、褒めてほしい。人それぞれの欲求が満たされない時、それは私という人間を知ってほしい思いに変わる。


 「愛されなかった辛さや悲しさを呪いで表現して、彼に知ってほしかった。私はこれだけ、あなたを愛していて苦しんでいるって」

 『そんなわけ……』

 「じゃあ、どうして奪わなかったの。あなたなら、彼を魔法で誘惑することもできただろうし、相手を殺すこともできたでしょう」

 『……だってそれじゃあ、苦しまないでしょう?私と同じように……あ……』

 「ね?同じように苦しんでほしかった。自分の気持ちを知ってほしかったのよ」

 

 私は手の中の小さな球体に話しかけた。


 「誰かを好きになるって苦しいわよね。どうにもならない事もあるもの、それが叶わなかった時は尚更」

 『何を、知ったことをっ』

 「知っているもの。きっと、誰しも知っているかもしれないわ」

 『そんなことっ……でも、じゃあ……どうすれば良かったの?』

 「そうね、どうしたら良かったのかしら……」

 『はぁ?何それ』

 「ただ……もし、その時私があなたの友人であったら。あなたを連れ出して美味しいものを食べて遊んで楽しい事をして、話を沢山聞くわ」


 私が辛い時、アンナがそうしてくれたように。笑わせてくれたように。


 『そんな事で、、』


 声が震えているようだった。だから、私はそっとその呪いを胸に抱いた。


 「っジェシカ様」

 

 焦るリオンの声に視線を送って、再び語りかけた。


 「私も色んな事を経験したわ……感じるかしら?」

 『……そんなのっ、分からないわよ!』

 「わっ」

 「危ない!!待てっ」


 身体がぐいっと引っ張られて宙に浮いた。そのまま天井を突き破り、空高く昇っていく。影が広がり城を飲み尽くそうとしている。眼下では魔術師達だろうか、結界を張っているのかその境界線の歪みが明らかだった。


 『あんたが、どんな恋愛をしてきたかとか、どんな辛い思いをしてきたかなんて分かんないわ。だって、私はあんたじゃないし……そんなお人好しのあんたを見ているとムカつく。まるで、あの女みたい……』

 「あの女?」

 『私から彼を奪ったあの女よ。いい子ちゃんで憎らしかったわ。丁度いいから、あんたを呪えば、せいせいするかも』

 「あぁ、そうね」

 『なんで?なんで呪えないの!?呪おうとしても吸収されていくわ。なんで?』

 「うーん、私もよく分かってないわ」

 『何よ、それ……』

 「もういいんじゃない?人を憎むのも疲れたでしょう?」

 『そんな事ない』

 「じゃあ、また誰かを呪う?そうやってずっと苦しい中で過ごすしかないなんて……惨めなだけだわ」

 『……それしか知らないからっ!!恨んで憎んで嘲笑って、それで満たされるの。幸せな様子なんて見たくない。全員不幸になればいい、愛に絶望すればいい!!だから、あんたを殺して、あの男も絶望すればいい!!」

 

 身体が急に急降下した。気付けば地上に真っ逆さま。びゅうびゅう耳の横で音がして、ぞわっと恐怖が横切るが、それは暖かな温もりで一瞬でなくなった。


 リオンの魔法が私を包み彼の腕に包まれた。

 温かい。この温もりは一生離せない。


 『もう、なんでっ!!っほら、あんたは愛されている。だから、私の気持ちなんて微塵も分からないのよ!!愛されている奴は、能天気の世間知らずの馬鹿野郎よ……』

 「変わるわけなんてない。お前は一生変わらない、このまま閉じこもっていればいい」


 リオンが凄いオーラを放ちながら結界を魔法で押さえつけようとするのを私は止める。


 「待って、リオン。私が引き取る。私の中に入れて」

 「はぁ?馬鹿ですか、馬鹿ですよね!?」

 「ちょ、そんな言い方……」

 「いいや、言わせて下さい。俺の気持ちも知らないで勝手に暴走して。どれだけ心配したか、あなたが胸に抱えたのは魔女の怨恨です。どれだけしても更生などできない、そんなものです。人を呪うくらいなのですから」

 「そう、だから……そんな怨恨だらけだから。私の中に入れば羨ましくて羨ましくてもっと苦しむの。だって、私はあなたがいるだけで幸せだから。いつまでも変わらないのであれば、苦しみつづけるしかないもの。それがこの子の罪よ」

 「いや、俺があなたを悲しませないのは当たり前だし、絶対幸せにするのは変わらない。だからってこんな怨恨抱えなくてもいい。これは存在すらしてはいけない、それに……」


 リオンが首を振る。


 「いいえ、ここはひとまず下をどうにかしましょう」


 リオンが呪いをどこから取り出したのか小瓶に閉じ込めた。『あ、出せこのっ』そして眼下に広がる黒い影に向けて魔法を放てば、広がっていた影が少しずつ狭まっていく。

 地上で何人もの魔術師が抑えていたよりずっと大きな力でそれを抑えていく様は、恐ろしく、そして頼もしかった。これまで抑えられていた力を発散するかのようにリオンはシルバーブランドをなびかせて魔力を行使した。

 

 「凄い……」


 徐々に影が縮まりある一点に止まった場所を見れば、そこには人影が。

 

 お互いを守るように重なる2つの影。

 

 「あそこね」


 私はそこに降り立った。

お読み頂きありがとうございます、

終わりが見えてきました……あともう少しお付き合い頂ければ幸いです。

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