90.影の中
「なるほど。アルジェは影の影響を受けやすいみたいですね」
黒い渦に近づけば魔力を吸収されるのかリオンは顔をしかめながら言った。アルジェに関しては前脚を上げてのけ反るように止まった。
「アルジェ……大丈夫?」
話しかければ私の質問に答えるように羽をはためかせた。
「アルジェは全てにおいて清らかで精錬された馬です。禁術の魔法は対極なものなので、もしかするとと思っていましたが……仕方ありません」
「でも、逆もそうじゃないのかしら」
アルジェが近づけば影が避けるように広がる。
アルジェがテラスに降り立ち私もアルジェから降りた。アルジェは近くにいたくないのか、落ち着かないように鼻を鳴らして地面をかく。
「ありがとう、アルジェ。行っていいぞ」
アルジェは早くこの場を離れたいと言わんばかりに飛び立った。
「リオン大丈夫?」
「今はなんとか結界魔法で維持していますから……本当に行くのですか?」
「もちろんよ」
リオンは諦めたように何かを覚悟したように深呼吸した。
「私が結界魔法で影をなるべく広がらないように留めます。そして、ミーシャ様に近づけばそれは強くなりますから」
「うん、気をつける」
「ジェシカ様がどれだけ影響を受けないかは分かりませんが……何か身体に異常が生じたらすぐに教えて下さい」
「分かったわ」
「それと、禁術の魔法やその呪いというのは、世に反したものであり、この世の負のものが集まったものとも言えます」
「負のもの?」
「はい。人の負の感情ほど禁術の魔法や呪いを使うきっかけになりやすいのです。そして、私は呪いを受けている身ですからよりもしかすると、何かしらの影響を受ける可能性があります」
「どんな……」
「例えば……急におかしな行動を取る、とかですかね……明らかに様子がおかしいとかです。そうなった時は絶対に惑わされないよう真実を探して下さい。真っ暗な影が嫌うものは、白い光だと言われています。それに勝るものはありませんから」
「白い光?」
「対極なもの、という意味です。例えば……希望、真実、信頼、愛とかですね」
「……分かったわ、覚えておく」
「これだけは言っておきますが。私は何があっても、ジェシカ様を愛し信頼していますから」
リオンと手を繋いで私は影の中心へと足を踏み入れた。ぞわぞわと体に何かがまとわりつく感覚にゾッとする。足元で影が渦巻き私達を飲み尽くそうとしているようだった。
「ミーシャ様?」
真っ暗な部屋は何も見えなかった。とりあえず声をかけてみるが、勿論、反応はない。
「ミーシャ様。あなたを助けに来たわ……」
影だけがうごめいている感覚しか分からなかった。次第にその感覚が足元からお腹の辺り、胸へと移動してきて、顔の周りで虫が邪魔をするようだった。
影は何とかして私の中へ入り込もうとしているようで私は集中力を高める。
「ジェシカ様。どうやって解決するのか聞いても?」
「うん。恐らくだけど、ミーシャ様に触れないといけないと思うの」
暗闇の中私は目を凝らす。
「手でも顔でもハグでもなんでもいいわ。肌に触れて彼女を蝕む原因を私が取り込んで昇華する。やってみないと分からないけど」
「触れる、ですか。ちょうど私があなたに触れた時に流れる魔力のようですね」
「そうね……多分。だから私はあなたから、その、そういう影響を受けやすかったんだと思うの」
「もしかしたら、そうなのでしよう」
私は横にいるリオンを見上げた。
「でも、リオンのご両親もご先祖様もそうやってアムルを見つけて、魔力を流してきたのに呪いは消えなかったわ」
「……アムルがもしかすると魔力を吸収しやすい体質で、本能的に私達一族が惹かれていたのかもしれません。それに、まぁ、欲に負けるよう呪いを解くきっかけなど与えぬよう、魔女が小難しくしたのかもしれませんしね」
「本当に……ちょっと細かい呪いよね」
ゆっくり足を進めるがミーシャ様は見当たらない。
「本当のところ、こうすれば確実に呪いを解けるってのはないんだけど……でも、この件が終わったらあなたの呪いを解くわ、必ず……リオン?」
返事がなく私はリオンを見上げる。すると、がくっとリオンが呻き膝をついたのが分かった。
「リオンっ!!」
「……大丈夫で、す…… 」
冷や汗をかいている。もう影響を受けているのか。
こんな事なら一緒に来なかったのにと後悔が押し寄せる。
「ねぇ、リオン。やっぱりあなたはここを出た方がいいわ」
「……それはしません」
「どうして」
「……私の身体がいつまで持つかは分かりません。だから……私があなたの側にいたいのです」
先にリオンの呪いを解く?
でも、その間に影が広がり皆を襲ったら?
リオンが再び立ち上がる。やや呼吸が速いのは気のせいではないはず。
やっぱり先にリオンの呪いを解いてからがいいか。私はリオンの肩に手を置いて一言説明しようとしたその時。
リオンが私の背後に視線を移して眉間にしわを寄せる。
ミーシャ様?
私も急いで振り返るが何も見えなかった。
「?」
「……やめてくれ」
「リオン?」
「いや、違う」
「何か見えるの?」
相変わらずリオンは一点を見つめて苦しそうな顔をしている。
「これは俺の問題だ」
「誰と話して……」
リオンの手が腰の剣に伸びる。
「ちょっ、何が……リオンっ!!やめてっ、やめなさい!!」
急にリオンが自分の大腿に剣を突き刺した。みるみる血が流れ出る。荒く息をしながらリオンが顔を上げた。緑色の瞳に赤い影が見えたのは気のせいだろうか。
「くっ……」
「リオン、血がっ」
「……」
「……リオン?返事して」
「……」
頭を抑えたまま動かないリオン。
必死にリオンは話しかけるが彼は動かない。流れる血を抑えるように私は彼の太腿に自分のローブを引き裂き巻きつける。
暗闇が濃くなった気がして、リオンを必死に呼び続けた。
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