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9.胸騒ぎ 2

読んで下さりありがとうございます!


 「それで?俺は何をすればいいんだ?」


 粗方、この騒ぎに関しては情報を掴んでいるのか、兄のオーラントは呼ばれた理由は聞かない。フロント子爵も同じだ。

 カルティアン侯爵家は、我が国の第2騎士団を代々統率している。オーラントは得意な魔法と剣術で早くに才能を発揮し、現在は第2騎士団の副団長として任務している。


 「お兄様、呼びかけに応じて下さりありがとうございます……その、転移魔法を使ってウォルス領まで行きたいのです」


 「……転移魔法か」


 オーラントは魔法が趣味のような物だ。転移魔法についても、昔から研究していたのを知っている。

 転移魔法は高度な魔法であり、目的地を正確に組み込んだ魔法陣と魔力が必要なのだが、距離があるほど魔力を使う。加えて、正確に魔法陣が書けず使用すると、魔法の跳ね返りと見当違いな場所へ飛ばされるというリスクがあるため、よほど自信のある魔術師しか使わない。

 オーラントは、それができる数少ない魔術師の1人なのである。


 「無理でしょうか?」


 「まぁ、無理ではない。けど、恐らく、魔力が足りないな……それに、行きたいって、ジェシカが行くのか?」


 私は頷く。


 「それは、無理だろう?」


 兄のオーラントが呆れた顔で言う。


 「でも、早く行かなければ……」


 「いやいや、お前が行って何ができる?殿下の状態を治せるのか?」


 腕を組んで、出来ないだろう?そう見下ろす兄のオーラント。

 悔しい。自分には癒しの魔法も治療する知識も技術もない。それは、承知済みだった。けれど……


 「わ、私はエイドリアン様の妻です。彼の状態を把握したいのは当たり前ではないですか。行けば、何か出来る事があるかも……」


 「手を握るだけで何が出来るってんだ」


 「でも……」


 「王族の一員なんだ、お前は。王太子殿下が不在の今、そんな簡単に城を離れるなんて自覚が足りないぞ」


 言い返したい。けれど、言葉がすぐに出てこない。いつもそうだった。兄や妹は言いたい事を言えるのに、私はいつも言えなかった……不満と惨めさだけが残っていくのだ。

 

 惨めだ、悔しい、もどかしい。


 そんな情けない自分に嫌気が差して、涙が出そうになる。そんなすぐに泣きそうになる自分が、嫌いだ。


 「オーラント、ジェシカ妃殿下を王族だと認識しているならお前も態度と言葉遣いを改めるんだ」


 フロント子爵が私を見ながら言った。オーラントが唸る。


 「……王太子妃殿下、不敬な態度と言葉遣い、大変失礼致しました。どうか、お許しを」


 「いえ……大丈夫です……」


 兄の珍しい態度に内心驚きながら、フロント子爵に感謝した。とりあえず、あの兄を抑え込むことのできる事の驚きにより、劣等感は引っ込んだみたいだ。

 ふと、フロント子爵を見る。そもそも、オーラントと仲が良いことを知らなかった。いつからの付き合いなのだろう。だいぶ、親しげに見える。


 「しかし、ジェシカ妃殿下。カルティアン侯爵の言う通りです。あなたがここを離れるには無理があります。それに、転移魔法のリスクも考えると危険を伴いますので」


 「そうだ……いや、そうです。私の魔法陣がいくら正確だったとしても、今回は距離がある、コホン……あります。なので、妃殿下の同行は難しいです」


 フロント子爵に睨まれながら、しどろもどろに話すオーラント。


 「それは、そう、だけど……」


 私が続きを話そうとした時


 「何を揉めているのです?ジェシカ、カルティアン侯爵?」


 「王妃殿下!」


 部屋にいた皆が礼を取ろうとすると、イリス王妃殿下は手を挙げながら言った。


 「挨拶は必要ないです。フロント子爵、説明をしなさい」

 

 イリス王妃殿下は、効率よく簡潔に物事を運んでいく事を好む。今も、緊急事態と判断して挨拶を止めたのだ。


 フロント子爵がこれまでの経過を語った。イリス王妃殿下の堂々と落ち着き払った佇まいを見て、先ほどの自分の言動が恥ずかしくなり恐縮する。


 「なるほど、そう言う事ですか。ジェシカ、2人の言う通りあなたは残るべきです。それは理解していますね?」


 「はい、王妃様……」


 「今後、あなたが王妃となった際、王が不在でも自分が城を守らねばならない事を、皆を導かねばならない事を、肝に銘じて行動しなさい」


 「はい、申し訳ありません」


 どうして、そんな事も出来ないのだろう。散々、王妃教育で言われてきた事なのに、いざ目の前に問題が生じると感情を先に優先する自分が情けなかった。


 私が俯き反省する中、イリス王妃が言った。


 「ジェシカ、反省は後にするのです。時間を有効に使わなくては……ただ、転移魔法の発想は良かったと思うのです」


 「は、はい……」


 私は驚きで目を見開く。まさか、そのように言われるとは予想していなかった。


 「なので、先程の指摘を踏まえて、転移魔法を使って最善の方法で、その者たちを助けなさい」


 「……え……それは」


 「あなたが、この場を、今回の件を指揮するのです」


 足が震える、鳩尾がぎゅっと縮む。

 そんな事、自分に出来っこない……でも。


 「いずれ、その時が来るのです」


 そう、王妃になれば、いずれそういう時が来るかもしれない。それは、きっと突然だ。

 その時も出来ないと弱音を吐くのか、否、弱音を吐けばそこで思考は停止する。だから、


 「承知しました」


 やるしかないのよ、ジェシカ。


 私は深呼吸し、自分へ言い聞かせ、呼吸を整えてから話し出した。


 「あちらの重症度によっては、転移魔法に耐えられる状態か分かりません」


 自分で言っておいて、もしそれほど重症だった場合を想像をしてしまい、慌てて思考を戻す。今は、最善な方法を考えるべきだ、あらゆるリスクや状況を想定して。


 「そのため、転移魔法で治療ができる王宮医師と魔術師も同行させます……よろしいですか、王妃様?」


 イリス王妃が頷く。そして、もう一度私は息を吐いて話した。


 「彼らが重症で動けない場合は、その場で治療を行ってもらいます。そちらの方、急いで王宮医師と治癒魔術師を呼んでください」


 1人が駆け出していく。


 「そして、移動と治癒魔法に必要以上の魔力を使うので、大量の魔石とポーションも持参します……お願いします」


 また1人が扉を出ていく。


 「あと、彼らの中で動ける者がいた場合、すぐさま転移魔法でここへ移動してもらいます。そのため、転移魔法が使える魔術師に声をかけてて下さい」


 「それと……何の影響で伏せっているか分からない今、丸腰で挑むのは少々無謀ですので、感染予防のために防護服と噴射消毒液も欠かさず持参させます。勿論、こちらの部屋も同じように準備します……用意をお願いします。アマンダ、その準備をお願い」


 アマンダが頷き、動き出す。


 「アンナ、あなたのガーベラを私の部屋から持ってきて頂戴」


 実は、あのガーベラは姿が可愛いのでオブジェとして部屋に置いていたのだ。もちろん、フロント子爵には内緒だったのだが。

 アンナが頷き駆け出す。


 「あちらの現状を把握したいので、必要物品や薬品、彼らの病状や現状をその都度、アンナのガーベラで連絡して下さい。それをフロント子爵、お願いしてもいいですか?」


 「承知しました」


 「あ、決して、眠いなどのワードは言わないように徹底させて下さいね」


 フロント子爵が複雑な顔で頷く。

 

 「カルティアン侯爵、すぐさま魔法陣を描けますか?」


 「あぁ、勿論だ」


 すでに壁を机に紙へ魔法陣を描き出していたオーラントは、勢いよく筆を滑らしていた。忙しなく動く中、彼の言動を咎める者などいない。


 私達の様子を見ていたイリス王妃は、私の肩を叩き言った。


 「陛下の体調が優れないのです。私は様子を見に戻ります。また連絡下さい」


 「承知しました」


 最近、体調をよく崩している国王陛下。命に別状はないらしいが心配である。イリス王妃は毎日、陛下の見舞いに行っていると聞いている。いつも拝見する度、とても信頼し合っている様子が伺えて、理想の夫婦であった。


 任せますよ、とイリス王妃が出ていくのを見送り、緊張の糸が緩まないように気を引き締めた。


 



 「よし、完成だ」


 オーラントが魔法陣を完成させた時、指示したほとんどの準備が整っていた。


 「では、転移魔法に関してはカルティアン侯爵の指示に従って下さい」


 「転移する人、物品をこっちへ……すべて輪を作って離さないように……そう、離すとどこかへ飛んでっちまうからな、ん?大丈夫、離さなきゃいい」


 「もっと丁寧に説明しろ、驚かせてどうする」


 医師補助の若い女性が顔をこわばらせていた。フロント子爵が声をかけると、その表情は一変、今度は顔を赤らめた。

 

 「お兄様ったら、無自覚って罪だわ」


 まぁ、あの整った顔で近距離で話されると誰だって緊張するわね。

 

 オーラントを中心に移動する人が集まる。王宮医師は緊張からか顔面が蒼白だ。


 「よし、じゃあ始めるぞ」


 オーラントが呪文を唱えると足元に魔法陣が浮かび上がり淡い青色に光る。そして、その光に包まれると共に一瞬で、オーラント達の姿が消えた。


 「無事に着きますように」


 私の声も彼らと共に消えていった。彼らが行った今、私が出来ることは待つことだ。





 それから、1時間ほど経っただろうか。アンナのガーベラが動いた。


 「ジェシカ妃殿下、聞こえますか?」


 私はすかさず水をやりガーベラへ返事をした。


 「今し方、落ち着いたのでご報告を。エイドリアン殿下をはじめ、その他4名ですが、こちらで治癒魔法が使えた方によってある程度回復していました。王宮医師の処置により、動けるまで回復しましたので、これから王城へ戻ります」


 その言葉に肩の力が抜けた。


 「良かったわ……分かりました。よろしくお願いします」


 良かった、エイドリアン殿下も皆、無事みたいだ。安堵から長い溜息が出た。安心と早くエイドリアンに会いたい気持ちで、彼らが消えていった場所を見て待つ。


 あちらに治癒魔法が使えた魔術師がいたということかしら?


 暫くすると、淡い光とともにその中に人影が写り、オーラントとエイドリアン殿下、騎士の1人、そして彼らを支える女性がそこに現れた。

 先程の王宮医師補佐の女性ではないが、誰だろう。


 しかし、そんな事どうでも良かった。


 「エイドリアン様っ!!ご無事で何よりです」


 私はエイドリアンへと駆け寄る。


 「ジェシカ……心配かけたね」


 いつもの優しい声に安心する。顔を見るとだいぶ疲れているみたいだ。

 彼の手を取り、用意していた簡易ベッドへ案内しようとした、その時。


 「エイドリアン様、お身体に異常はありませんか?ベッドまで案内させて下さい」


 先程の知らぬ女性がエイドリアンの腕を抱えながら言った。ハニーブランドが輝く鈴が鳴るような声のその女性をエイドリアンが見て答えた。


 決して、私には見せなかった優しい、どこか甘い表情で。


 「ミーシャ……ありがとう。感謝する」


 なんだか、胸騒ぎがした。


 やっと会えたエイドリアン様の横にいるその女性の存在が、私を再び不安の渦へ導くのは簡単だった。

 

 その女性は、誰?

 

 


 

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