86.アンナの魔道具
ジェシカからの指示通りに、ウォルス伯爵を王妃宮へ誘い出した。どうやって?
そりゃあ、息のかかったメイドを使って王妃様からの伝言だと言えば、のこのこと王妃宮に来るウォルス伯爵。
メイドによれば、2人の関係はずぶずぶだからな。
これだけウォルス伯爵が依存していて、よくバレなかったものだ。
魔術師に扮したリオンが部屋の暖炉に魔法をかければ、一気にずっとここで過ごしていたかのように部屋が暖まった。
「わしは酒が良いな」
セントラル公爵が朗らかに言う。
おいおい、今から起こる出来事分かってるよな?俺、説明したよな?してないっけ?
「アニアスも飲むだろう?」
「うむ、紅茶に少しだけ入れてくれ」
リオンがすかさず酒とグラスを取り出して準備する。魔術師じゃなく給仕でもいけんじゃね?良かったな、就職先には苦労しないぞ。
「ありがとう。君は、とても優秀だな」
片目を瞑って見せるセントラル公爵に、丁寧に礼を取って下がるリオン。本当に一つ一つが洗練されててムカつく奴。
「して、ウォルス伯爵よ。こうやってゆっくり茶を飲むこともなかったが……これからはこんな機会もあるだろう、な、アニアス?」
「うむ」
「……」
会話が続かない。そりゃそうか。
聞いたところによれば、陛下はウォルス伯爵の奥方と何やら関係があったみたいだからな。
気まずいのは分かる。だが、時間を稼ぐためには何かしら会話をするなりしてもらわないといけない。
まだ俺が持つ植木鉢は何も変化がない。
「娘を心配する親心は、息子だけの私達には分からんだろうな」
ほとんどセントラル公爵の1人舞台で進む部屋。
そこに扉がノックされ入ってきたのはミーシャだった。酷くやつれて服装もいつもとは違いくたびれた感じだ。
それもそうか。エイドリアン殿下に部屋に拘束されていたのをこっちの計画に合わせて解放したのだから。
「お父様?」
「み、ミーシャ!」
助かった、とでも言うようにほっとした表情のウォルス伯爵の近くまで来るとミーシャは陛下の側に跪き先程とは見違えた表情と甘えた声で言った。
「陛下、父がお騒がせして申し訳ありません」
「ミーシャよ、寒い中わざわざ呼び出してすまない。身体は大丈夫か?」
そんなやり取りをする2人を無表情で見るウォルス伯爵。どっちが親子かってほど陛下はミーシャに親密だった。
だいぶ、膨らんできたお腹を撫でるミーシャに怒りを覚えるがここは我慢。リオンを見れば無表情だがミーシャを見る目は冷たかった。
「ミーシャ。あまり無理しない方がいい……私が送ろう」
「今来たばっかなのに?そもそもお父様はなぜ王都にいらっしゃるの?」
「それは用事があってだな」
「そう……でも私には何も連絡なかったわね」
ぎすぎすした関係は一目で分かった。
まぁ、貴族の親子なんてこんなものか?
「陛下、そろそろ私達は……」
『……ごふさた……イリス……』
突然、ここにはいない声が聞こえて固まる陛下と他2人。
「あ、すみません、俺へのプレゼントが何やら魔道具だったみたいですね……ジェシカから届いたんですが」
「ジェシカから?」
「……ジェシカ様ですって?」
陛下は困惑の顔をして、ミーシャは顔をしかめる。ウォルス伯爵は挙動不審だ。
植木鉢に俺は魔力を込めて音を拡大した。
『何か間違ったことがあったかしら』
『亡くなったはずのミーシャ様のお母様がここにいるのはなぜでしょうか』
「これは……イリスとジェシカの声か?それに……」
「お母様って言ったの?いま……」
所々で雑音と魔力が弱まるのか音が小さくなるが、アンナが作った魔道具は健在だ。
『ラニア様に対する復讐ですよね?』
「ラニア……今、ラニアと言ったか!?彼女は死んだはずではっ!?」
「陛下っ、落ち着いて下さい。魔道具と言っても元王太子妃から送られてきた物。私達を混乱させ何か企みがあるやもしれませんっ」
ウォルス伯爵がこれでもかと底意地の悪い顔で言う。
「これは本当に安全な物なのかっ?カルティアン侯爵!!」
「ただの植木鉢ですよ、何が出来るんですか」
「声が聞こえるじゃないかっ!!」
「そうです、ただの会話ですよ、何をそんなに」
『聞いたのでしょう?ラニアとあの人の関係、それにミーシャの生立ち』
「っと、ただの会話、でもなさそうですね」
「私の生立ち?お母様と誰の、関係?」
「み、ミーシャ、お前は何も聞かなくていいっ!」
「ウォルス伯爵。何をそんなに焦っているのだ、ただのおもちゃかもしれんのに」
「それは……」
「ラニア……ラニアは生きているのか?」
「陛下……?」
ミーシャは陛下とウォルス伯爵を交互に見る。そんな中でも魔道具の会話は続いた。
『どれだけ惨め……愛想や可愛さだけの中身のない女より……重宝されるもの……あの人は他の女にうつつを抜かし、それが……私の侍女だったなんて』
そして、しんと静まる部屋の中、魔道具からはっきりとその声は聞こえた。
『ミーシャに何があったのですか……お願いします、教えて下さい、イリス様……』
ミーシャが口に手を当てて床に崩れ込む。ウォルス伯爵は額に手を当てて顔を上げなかった。
「カルティアン侯爵。これが事実なら……それを確かめる方法はあるのか?」
陛下の静かな声にウォルス伯爵が焦ったように顔を上げた。だが、俺は迷わず頷いて言った。
「ご所望とあらば、当人達をお連れしますが」
「できるのか?」
「ええ、勿論でございます」
「……では、頼む」
「承知致しました」
そして植木鉢に魔力を込めれば、ジェシカの声が聞こえた。それが合図だ。
すかさず、魔法陣を作動させて集中した。失敗は許されない。
通常行う自分のいる地点から送る転移じゃなく、人を遠隔地から呼び寄せる転移魔法なんて初めてだから。
青い光の中に人影が写りほっとした。
「お、お母様……」
そこにいたのは、イリス王妃に痩せ細った女性、そしてアマンダだった。
……ジェシカが、いない。
「ラニア……」
「お、お母様!!!」
ミーシャがバタバタと血相を変えて女性に駆けつけ騒ぐ中、俺は焦りでアマンダを強く掴んでしまった。
「アマンダっ、ジェシカはっ!?」
「オーラント様!!申し訳ありません、転移する直前の事で、私っ」
「何があった!?」
「王太子殿下がっ」
「殿下が!?」
リオンが血相を変えて言った。
「オーラントっ!早く、俺を西の塔へ送れっ」
「ま、待て、術式を変えないといけない……待てよ……」
「早くっ」
「分かってるっ……くそ、なんでまた……」
急ながらも転移陣を描き直す。
「よし、リオンそこに立てっ……いくぞ!」
俺は再び魔力を込めて転移魔法を作動させた。
間に合ってくれ、どうか、これ以上……ジェシカを苦しめないでくれ。
部屋が混乱している中であったから、リオンが姿を消したのも誰も気に留めていなかった。




