82.その時まで
ケイトと名乗ったその女から手紙を受け取った。
「それで、無事なんだな?」
「はい」
ジェシカとリオンの安否について濁して聞けば即答するケイト。
アマンダからケイトとルーカスの事は聞いていた。実際に会ってみると、とても優秀な影だと実感する。よくここまで城の中をほいほい動けるものだ。
メイドとはいえ、怪しまれずに違和感なく溶け込むのが非常に上手い。
「それで、これは?」
「それは、ガーディン侯爵令嬢にへ、という事です」
「そうか、友達の手紙か」
「はい、お茶会をしたいと仰ってました」
「じゃあ、届けよう」
ケイトは頭を下げながら付け加えた。
「また幼い頃を思い出してやんちゃしてみては?との事でしたが」
「うん?あぁ、そうだな。最近、退屈していたからな」
手紙に目を通しながら俺は答えた。
「では私はこれで」
そう言ってさっといなくなるケイト。
俺は手紙の文字を見て安堵のため息を吐く。
良かった。エイドリアン殿下が動き出したと聞いてまさかと思ったが、上手く逃げたみたいだ。こんな指示まで出してきて、何をするつもりやら。
これで決着をつけるつもりなのだろう。だいぶ、無理難題を押し付けてきた妹に苦笑する。
「ジェシカも成長したな」
人の言いなりだったジェシカが、俺に指示を出してくるとは。昔から頭も良くて細かなとこに気付き機転がきくのに自信のなさから力を発揮できずにいるジェシカに、もどかしい思いだったが……。
「もう大丈夫そうだ」
俺は手紙を魔法で焼いてから机に向かった。明日の夜までに完成させないといけない。初めての試みだが、必ず成功させてみせる。
失敗したら……それを考えると腹の底が冷えるがそんな事は絶対しない。
明日の夜。
それまでにやるべき事を。
*
カルティアン侯爵から手紙が届き私は私室でその手紙を開けた。
「遅いわよ」
ジェシカ様達と別れてからもう1ヶ月ほど経っていたか。音沙汰なしで無事が気になっていたのに、2日前の城での噂を聞いて、更に不安が募って苛立った。
そして、今、安心した。
そして、手紙を読んで笑みが溢れた。
「全く、人使いが荒いのね」
口では憎まれ口を叩いているが、嬉しさは隠せない。
「何々……以前彼と飲んだ特別なお茶。まぁ、ジェシカ様ったら、それをどうするつもりかしら。それと……えぇ、そんなの作った事ないけど……まぁ、私にできない事はないわよね。いつまでかしら……って、嘘でしょう?今夜!?えぇ!?」
なんて事。
時間がなさすぎる。
私はバタバタと部屋を移動する。メイドが驚き振り返るがそんな事は知った事じゃない。淑女なんて忘れて私は走った。
部屋に入り鍵を閉める。お父様に邪魔されたらたまったものじゃない。
私はあらゆる道具と薬草を取り出して調合を始めた。
無事を安心したのも束の間、こんなに私を慌てさせて、しかもこき使うなんて。
遠慮なんて全くないのね。それは友達だからかしら?
昔の私だったらなんて失礼だと怒っていただろう。
だが今は違う。
両親が使用人が驚くほど性格が落ち着いたらしい。前は苛々して触れば爆発するんじゃないかと、はらはらした気持ちだったと話す屋敷の人。
でも、ジェシカ様と関わるようになってから、使用人の態度が柔らかくなり、私を見て話してくれるようになった。前より会話が増えて、過ごしやすくなった。
これは完全にジェシカ様に毒されている。
調合する手を動かして私は笑った。
「作る前に既に私が毒されているのだけど」
友達のために。
今宵のその時まで。
私は調合する手を止めなかった。
*
「気付いたか?」
私はベッドに横になっていた。
目の前にはリオン様、そして、横にはベビーベッドに寝るアナベラ。
私は部屋を見渡した。横たわるアンナ……
子爵邸での出来事を思い出して私は勢いよく起き上がった。
「アンナっ!ごめんなさい、リオン様。私、抵抗したのだけど相手が多くて……」
「ティアナ、落ち着け」
「それに、邸宅もめちゃくちゃにされて、もうどうしたらいいのか分からなくてっ」
「ティアナ」
リオン様が私の肩に手を置いて魔法をかける。焦る気持ちが次第に落ち着き息を吐いた。
「ティアナ。時間がないから簡潔に言う。今夜、ジェシカ様と一緒に奴らと決着をつけてくる。君はここでアナベラとアンナを守ってくれ」
「え……決着をつける?私はここで?」
「そうだ。できるか?」
私も行きたい。また私だけ置いてかれる。
「私も……」
それ以降の言葉は言えなかった。私が行って何ができるのか。また失敗してしまうかもしれない。
「ティアナ。君を中途半端なまま子爵邸に残して申し訳なかった。守りを強化したはずだったのに、危険な目に合わせてしまった……すまない」
「そんな、違うわ。私が非力なばかりに」
自信があった。
魔法の才能が小さい頃からあって、留学先でも自分の好きな事を勉強してきた。だけど、いざという時、それは何の役にも立たなかった。
「ジェシカ様からだよ」
手紙を渡されて開く。綺麗な字……昔からそうだった、お姉様は私にはないものをたくさん持っている。
勉強ができて、使用人から慕われ信頼されて、お父様もお母様もお姉様にはちゃんと怒って……私は、ただ可愛い、才能がある、それだけだった。
羨ましい。
そんな気持ちは、お姉様が劣等感で苛まれる姿を見て軽くなったものだ。完璧なお姉様の近くは羨ましくて、でも憎めなくて、自由になりたくて留学先へ逃げた。
側に立つリオン様を見る。
この人も……いつだってお姉様だけだった。
『愛する私の妹ティアナ。あなたを危険な目に合わせた事、謝るわ……ごめんね。こんな姉を許して』
「そんな事、ない。お姉様の方がいつだって危険なのに人の事ばっか」
『あなたの才能は素晴らしいわ。だからアナベラが不安定になった時は、彼女に聴かせてほしいの。2人でよく歌った童謡を』
「不安定?どう言う事?」
私はリオン様を見た。その顔を見れば分かった。
よろよろとアンナの元へ行き彼女の手を握る。
「嘘……私の、せいで……」
「ティアナ、君のせいじゃない。これは説明が難しいが……」
簡単に経緯を聞くが、悲しさは抜けない。
ぽろぽろと涙は溢れる。
酷い。
こんな事、ありえない。
「どうして落ち着いてられるの?」
「……そう見えるか?」
「……ごめんなさい……」
どんな時でも毅然とする。
そうだ、お姉様と比べられるのが嫌で逃げていた教育で言われていたっけ。
お姉様の数少ない小言が聞こえてくる。
私はゆっくり深呼吸をしてから、涙を拭った。
「こういう時って、抱きしめてくれるものじゃないの?」
「まさか。変な疑惑は避けたいからな」
どこまでも腹立つ男。
冗談を真面目に返される。
昔からそう、お姉様一筋で私の恋心なんて期待なんかさせてくれなかった。実り温める前に、きっぱり諦めるほどだったのだから。
「全くもう、これはお姉様のためにだからね」
「助かる」
私はここでリオン様が張った結界を維持しつつ、アナベラが魔力暴走を起こさないよう精神安定のため尽くす。
きっと、母親が亡くなった事を感じ取るだろう。
「ティアナの歌は昔から不思議だ。よく聴かされて気付いたら寝ていたよな」
「よく覚えているわね」
「3人で寝てしまってアマンダ殿に怒られたもんな」
『アンナの宝物をあなたに任せたわ。お願いね』
私は手紙を畳んで胸に仕舞う。
「リオン様。ここは、任せて。お姉様をお願い」
リオン様は頷くと窓から姿を消した。
2人が無事、戻って、幸せな日常が訪れますように。
今宵その時まで。
私は懐かしい歌を口ずさんだ。
ティアナにとって小さな恋心は懐かしい思い出になっています。近所のお兄ちゃん感覚です。




