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77.助っ人


 身体の揺れを感じて意識を取り戻した。

 抱えられた腕の中で、私は薄らと目を開ける。見慣れた壁、床、装飾。


 ここが王太子宮であることは間違いなく、きっと今から彼の部屋か、あるいは監禁される部屋に連れて行かれるのだろう。

 そうなれば逃げるのは厳しい。だったら今逃げた方がよほど良いのではないのか。そんな考えが頭をよぎった。

 エイドリアン様は私が眠っていると油断しているはずだから……何事も早い方がいい。

 薄く開けた目から様子を伺う。ここは王太子宮で何度か通った事がある。だからこそタイミングを間違えないよう注意した。

 早くエイドリアン様から逃げてリオン達を助けに行かなければ。


 焦る気持ちを落ち着かせて集中して目を凝らした。幸い自分の髪の毛がかかって、薄目を開けている事は分からないはず。

 まだ……もう少し……


 私はタイミングを見て思いっきりエイドリアン様の鳩尾に膝を入れた。なんだか同じような記憶があるな、と頭はとっても冷静だった。

 アンナと約束してからというもの、思考がとてもクリアだった。不思議だった。こんなにも価値観が変われば行動も変わるものなのか。


 「ごほっ」

 「え、エイドリアン様!!」


 元王太子妃、淑女とはいえない動きでエイドリアン様に膝をつかせる。護衛達が呆気に取られて動き出す前に私はヒールを脱ぎスカートを捲って目指す扉のドアノブを捻り中へ入った。

 

 扉の鍵を閉めて私は背中越しの喧騒を聞く。


 「何をしているっ!?ジェシカをっ、追えっ」

 「は、はい!!」

 「鍵を壊せっ、早くっ!」


 私はそのまま部屋を走りバルコニーに出た。背後では扉を叩く音がする。

 冷たい風が頬を撫でる。

 この位置の部屋はバルコニー近くに木がある事を把握していた。だから、今から気をつたって下へ逃げればいい。


 「バルコニーから落ちるのだけは避けなきゃね」


 手すりを乗り越えて身構える。

 戸惑いはなかった。

 こんなにも自分の身体が身軽に、そして思考が霧が晴れたようにすっきりしているのは生まれて初めてで高揚感を感じる。

 こんなにも世界は自由だったんだ。


 全ては大切な人のため。私のこの行動が自分を破滅させたとしてもどうでも良い。ただ、皆を救いたい。その一心で私は勢いよく手すりを蹴って木へと移った。見事に木に捕まってバランスを取る。

 ガチャガチャと喧騒は止まない。

 急いで木からぶら下がり地面へ着地し転がった。服が汚れようと顔を擦りむこうと関係なかった。直ぐに立ち上がり建物の影に隠れて通路を目指した。


 背後で部屋からは大きな音を立ててドアが開くのが聞こえて、騎士達が騒いでいる。


 「ま、まさかあの方がここを飛び降りたのかっ?」

 「誰か手を貸すものがいたのかもしれない!!」

 「追えっ、早くっ」


 さすがに騎士の足には敵わない。

 このまま走っても追いつかれて終わる。茂みや部屋に入って隠れる?でも怪しい場所は確認されるはず。むしろこのまま堂々と走って逃げて、人々の関心を惹きつけた方がエイドリアン様達も手を出しにくいかもしれない。


 そう思って本宮へ続く通路へ出ようとした時。


 手を引かれてそのまま暗闇へと誘われた。

 

 「だ、だれっ?」

 「しっ!静かに」


 そのまま小部屋に引っ張られる。少しずつ目が慣れてきて私の手を引く者がメイド服を着ていることに気付いた。


 「あなたは?」

 「ごめんなさい、ジェシカ様。乱暴な真似をしたことお許し下さい」


 振り返りながらそのメイドが答えた。


 「私はご覧の通りここのメイドです。何度かお茶会の時に関わらせて頂いた事もあるのですが……」

 「……ええ、確かに覚えているわ」

 「ありがとうございます」


 そのまま暗闇を通ればさっきよりも大きめな部屋に出た。そのメイドは壁にある連絡用のパイプに何やら伝言を言うと私に向き直った。


 「ここに来ればもう安心でしょう」

 「ここは?」

 「メイドが使う倉庫です。たまのサボり部屋ともいいますが」

 「メイドの……」

 「ジェシカ様が王太子殿下に抱えられていくのを私達も見ていました。勿論見ているだけで……何もお助けする事ができなかったのです」

 「そんなっ、それは当然だわ」

 「でも、ジェシカ様が王太子殿下に一発喰らわせた時は心の中で拍手しました。ジェシカ様って結構大胆ですよね?王太子妃の時、逃げたのもバルコニーから飛び降りたと聞いていました。なので、もしかしたら部屋から外へ逃げるのではと思って、私達は使用人の通路を走って降りたのです」

 

 悪戯ににこっと笑う彼女。


 「間に合ってよかった。2人で別れたのでジェシカ様がどちらに逃げても助けられるようにしたのです」

 「あ、あの……なぜ、私を……助けるの?」

 「なぜって……ジェシカ様は私達使用人にもお優しくて憧れだったのですよ。横暴な貴族達の振る舞いに辟易する事もあったのに、ジェシカ様はそんな振る舞いになさらず、皆へ平等に接して下さった。そんなジェシカ様が困っているのならお助けするのは当たり前です」


 まさか、まさか私がそのように思われているとは思っていなかったから言葉を失った。


 「そんな事、ある?」


 自分に疑問を投げるかのように呟けば、そのメイドは笑った。


 「謙虚さは相変わらずなのですね。もっと威張り散らしてもいいお方なのに……王太子殿下はジェシカ様が体調を崩されて療養していると説明されていましたが、それが嘘であると私達使用人のほとんどは知っています。殿下やミーシャ様が何か企んでいる事も。なので、もし城の中で不穏な動きがあれば必ずジェシカ様の力になろうと話していたのです」


 私の直属のメイドでもなかったのに、ここまでしてくれる事に感激したが、信用していいものか悩む。


 「信じられないのは重々承知です」

 「ごめんなさい。俄かに信じられなくて……」

 「きっと、信じられるようになりますよ。あ、ほら外から誰か来ます」


 勢いよく開いたそのドアの外にいたのは、ずっと会ってなかった私の大事な侍女だった。


 「アマンダっ!!」

 「っ、ジェシカさま……」


 私はアマンダに抱きつく。アマンダも私を優しく包み込んでくれて不安が一気に安心へと変わった。


 「あなただったの……でもどうやって……危険だからと身を隠していたんじゃないの?」

 「初めはそうでした。オーラント様に言われて……でも隠れているだけじゃ何も進まないと思って。使用人のつてを頼って城で出来ることをしようと思ったのです」


 アマンダは話し出した。

 私達と離れてからのことについて。

 

 

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