69.ロメルダの一族
あれから2日経った。
リオンは研究室にこもりっきりだった。集中している時に邪魔するのは悪いと私はリオンのかけた魔法の箒達と一緒に掃除をする。
おかしな事に箒が私に指示を出すのだ。別に声を出すわけではないが、何となく「次はここ」という動きが分かるので、その通りに動く。
私はそのおかげもあってか、なんとか箒を持つのも様になってきており、掃除をしている時は余計な事を考えなくて済むものだから、暇さえあれば掃除をした。
まだ慣れない掃除なためすぐに腕が疲れる。だから、今は掃除の手を止めて、休憩しお茶を飲んでいた。
リオンの魔法で動いているティーポットがお茶を注いでくれる。
「とても賢いのね、皆んな。凄いわ」
私が褒めると箒達は嬉しそうに小躍りする……いや、そう見えるだけなのだけど。
私はリオンがいるであろう屋敷を見上げて、そして寝ているアナベラを見た。
「あなた達のご主人様はもう2日も篭りっきりなの。ちゃんとご飯は食べているのかしら……そうよね、リオンのことだから、どうにかして食べているかもしれないわ。でも、眠れてないんじゃないかって思うの。え?覗いてみる?それは、ちょっと…邪魔はしたくないもの。きっと集中して色々調べてくれているのだから。そうね、寂しくないと言えば嘘になるけど、あなた達がいるし」
側から見れば独り言を話す可笑しな女だが、何しろここには私しかいない。
「この子は、私の大切な侍女の子なの。凄く明るくて優しくて、ちょっと感情豊かなところがあるけれど、大好きな私の友人なの。アンナって言うんだけどね、今は遠くで眠っていて……なんとか助けてあげたいのに、私はここで待つことしかできない」
内にあった不安を吐露する。
箒とモップが顔を合わせる。
「私にも魔法が使えたらいいのに、ちっとも才能がないのよ」
一緒に体を傾ける様子が可愛い。
すると、箒が急に浮かんでアナベラが眠るベビークーハンの取手に箒の柄を通すと、ベビークーハンを持ち上げて飛び出した。
「えっ!?ちょっと、待って!外に出てはいけないってリオンに言われているの。ま、待って!!」
箒はそのままベビークーハンを運ぶ。もし落ちてしまったら、只事じゃない。私は必死になって追いかけた。
そしたら、箒はユナリアが咲く場所で止まって、そっとベビークーハンを下ろす。息も切れ切れに私は追いつくとベビークーハンを確認した。
「ちょっ、どうしたのっ……?」
箒がユナリアをさす。
「ユナリアがどうしたの?」
まるで私にユナリアの力を使って、アナベラを助ければいいとでも言っているようだった。
「さっきも言ったでしょう?私には魔法の才能がないの。治癒魔法なんて尚更無理よ」
箒がゆらゆらと体をゆすって苛立っているように見えた。
「でもユナリアの力を試すのはいいかもしれないわね。リオンに言ってみましょう」
だが箒がぐいぐいと私の服を引っ張って早くしろとでも言っているようだった。そんな事言ったって、分からないものは分からないのに。
ただ、あまりにも箒がしつこいので私はユナリアに触れてみるが、全く何も起こらない。そもそも、吸収するような魔法は使えないのだから。
「魔力の吸収はね、特別な力でリオン達の血筋が関係しているの。だから、私達はそもそもそんな高度な魔法できなくて……」
私は自分で話しながら、あれ?と思う。
ユナリアは滋養強壮効果のある魔法植物で、そして、アナベラはアンナの子供だ。つまり、アナベラも魔力の吸収ができるはず……。
私はユナリアを一つ手に取る。
花だけを切って、眠るアナベラに触れさせた。
*
俺は先祖が残した研究資料を見る。
隣国から嫁いできたチュリアナ王妃の一族がそうだったのだが、元の名をチュリアナ・ロメルダといい魔法に長けた一族で、特徴はその膨大な魔力と治癒魔法だった。
魔力の吸収付加について詳しく書かれた研究資料には、その力は限定的にと記載されていた。
「魔力の吸収付加は、血族であれば可能で親子間のその血による結びつきはとても強いためだ。また、血族以外ではアムルに対しては可能である。アムルに魔力の付加吸収を行えば、それは好意的に働くが、それ以外は身体に入る異物としか感じられない……どう言う事だ」
アムルというのは何だ?好意的というのは……。
先祖の手記が残されており読んでいった。
『やっとアムルに出会えた。彼を見た瞬間にピンと来てこの人しかありえない、そう思った。どうしてだか惹かれて、この人のためならなんでもできるし許してしまう』
『アムル相手だと自分の激情を抑えるのに必死だ。彼女を自分のものにしたくて、早く自分の印をつけたくてその欲は増すばかり。他の女性など目に入らない、むしろ嫌悪感さえあるくらい、彼女以外はありえない』
アムルというのは、俺たち一族での運命の相手、ということだろうか。
好きになったそれだけであれば、別にアムルなどと呼ばなくてもいいのに、他に何かあるのだろう。ジェシカ様が言っていた、魔力を付加された時の感覚も気になる。
研究資料と手記を読み合わせながら俺は、一族の特徴についてその答えに近づいていった。
「アムルは子孫を残すための魂の相手で、とても魔力の相性が良い……なんだそれは……本能で惹かれて、身体を交える際には無意識に自分の魔力を流し込み生殖能力を高める……アムルが魔力の付加を心地よいと感じるのはそのためだと……?そして……」
その文章に俺はなんだか恥ずかしくなって目を閉じた。
『私達は膨大な魔力のせいか生殖能力が極めて低いと言われている。アムルに魔力を流してのその行為は、忽ち濃厚な夜となり2人の結びつきはより強くなる。そして、それは愛しい結晶となり命を授かる……アムルとは己の生涯の中で唯一の存在なのである。出会えた事はとても幸なことなのだ』
つまり、ジェシカ様が変身魔術の訓練であった事はそのまんまで、俺が彼女を誘惑していたようなものなのだ。彼女が誘惑していたとも言えるのか?いや、別にどちらでも良い。俺は頭を抱えて毒づいた。
「はぁ………こんな事知ってしまったら俺はジェシカ様に触れる時、魔力を流してしまうかもしれない」
開いた手記には、その幸せな(結構濃密な)経験が残されていて、身体の奥底からくるむず痒さを押さえつけた。
「全くとんでとない一族だな。それで……アンナに関しては……親子間では血の結びつきが強く魔力で微量に繋がっている、か」
そこにはチュリアナ王妃の事についても記されていた。
『魔力は血液とともにあり。治癒魔法を得意とする我ら一族は血族またはアムルに対してのみ魔力の付加吸収、そして生命力へ影響を与える事ができる。チュリアナは我が子を守るため、赤子の生命力を吸収し己に移して仮死状態を作った。そして危機が去った後に我が子の生命力を付加させた。血族だからこそできたもので、これを他人へすればお互いに苦痛を伴うものであろう』
『友人に魔力付加をしてみた。微量なら違和感、少量は身体の不快感、中等量は全身の痛みと倦怠感……さすがにそれ以上はできなかった。互いに何とも言えない不快感が残っていたからだ』
『歳を取るたびに体調が悪くなるのを感じる。自分にはまだアムルが現れない……早くアムルと出会って幸せになりたいのに』
魔力の付加吸収、生命力への干渉は血族及びアムルのみ。
つまり、ジェシカ様は俺のアムルで間違いない。あの日、ジェシカ様の命を救った時、俺は確かに彼女の生命力に干渉しているのだから。
そして、アンナが死ぬ直前、生きたいと抗った結果、血縁のアナベラに己の生命力を付加させた。それは、親子間の魔力による繋がりがあって、成し得たことなのかもしれない。
アンナの意識があるのは、アンナがまだ生きているという事なのか……。まだ微量な魔力を纏っていたアンナの身体。アンナ自身の身体が回復するのを待ってから戻れば、生きられる可能性はある。
少しの希望が見えて俺は胸を撫で下ろした。
窓を開けて久しぶりの風を浴びた。ジェシカ様に関しては、触れる際に気をつけていれば問題ない。魔力を流さなければいいんだ。
気持ちの良い風が頬を撫でて、窓からユナリアの花畑にいるジェシカ様が見えた。
何やら箒とやり取りをしているように見える。
……何で箒と手を取り合っている?
くるくると箒を手に踊り出したジェシカ様を見て愛しさが湧き出てきた。ジェシカ様を見たら、2日会ってないだけなのに、彼女に触れたくて仕方なかった。
アンナが戻る手立てをもう少し調べる必要があるが……。
「資料を少し持っていくか……」
閉じこもってばかりではいけない。ここにいれば、珍しい資料ばかりで、居座ってしまうから。
俺は持ち出す資料を整理しながら窓の外を見た。ジェシカ様と目が合って彼女が叫んだ。
「リオン!!アナベラが、アンナが目を覚ましたわ!!」
その声に俺は資料を抱えて部屋から勢いよく出て行った。
ただ、その後に知った事実は……俺を絶望させる事になるとはこの時は知らなかった。




