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65.王都の門へ


 初めての市井に私は街並みを楽しむこともできずに、気を張り詰めながら歩いた。

 お互いに知らぬ容姿をしているから見失わないように繋いだ手にも気が回らないほどだった。


 「ジェシカ様。腕が辛いでしょう……アンナをこちらへ」

 

 そう言って私からアンナを抱き上げる。アンナがちょっと残念そうにするが姿は1歳児。喋ることはしないで、手だけ名残惜しそうに私に伸ばす姿がまた可愛らしい。

 私は離れた手をどうしようか彷徨わせたが、思い切ってリオンの腕に絡めてみた。

 仲睦まじい家族の演出のためだと言い聞かせながら。


 王都から出る正門に向かう。

 旅人や商人、狩人、そして私達みたいな家族が同じ方向を目指し歩いている。 

 小さな女の子の手を引いて歩く父母。幼い頃は両親とあのように外を歩いたこともなければ、遊んでくれたこともなかった。

 貴族として生まれたからには仕方ない、そう言い聞かせていたが、子供にとっては親は1番に愛してほしい対象だ。もしかしたら、幼い頃に親の愛を渇望すればすほど、その後に影響するのかもしれない。


 そう以前の私みたいに。


 今は……別な意味で羨ましいと感じる。

 なぜなら、私はもう子を持つことはないからだ。


 触れたリオンから伝わる体温が切ない。


 ……私がもし、今後リオンと結ばれたとしても、彼の子を持つことはできない。王太子妃の時は子が産めないと知った時は悲しさも絶望もあったが、どこか諦めもあった。でも今はそれを認めたくない。

 貪欲になる。リオンと家族になり彼の子を全身全霊、愛してあげたい。彼の子をぎゅっと抱きしめて頬にキスして、愛してると伝えたい。


 目の前の仲の良い家族を見て、泣きそうになり目を背けた。ぎゅっと彼の腕を掴んだ。

 

 賑わっていた道から人通りが少なくなる。

 店も少なくなって、小さな家が立ち並ぶ通りに出た。赤い屋根が可愛らしい。


 「ここからは人通りも少なくなります。なるべく自然な感じで……その、ジェシカ様。もう少し……その手を緩めて頂けたらと」

 「ご、ごめんなさいっ。痛かったかしら?」

 「いえ、違いますが……」

 「……?」

 「何でもありません。ただ、少し歩きずらいので」

 「そ、そうよね」


 邪魔をしていたことに落ち込む。別に嫌がられていたわけではないのだけれど、先程からのリオンの態度がよそよそしく感じるのが、益々そうさせていた。

 でも、これ以上は彼を困らせたくないからと私はリオンの腕に軽く手を添えた。


 門の前に来れば、門外を衛兵が警備をしていた。別に知り合いでもないし、今の私達はリオンでもジェシカでもないのだが、緊張で手に汗を握る。

 ここを抜ければ、後は1kmほど歩いた緩やかな丘の上に教会がある。目指す場所はそこだ。


 早く、早くと気持ちが逸ったためか、足元の段差に気付かずに躓き膝をついてしまった。


 「あっ」

 「ジェシー、大丈夫かっ?」


 相性呼びにこんな時でも私は反応してしまう。嬉しい、その響きが嬉しいんだけど、やらかしてしまった事に焦る気持ちもあり、頭が真っ白になった。


 「え、ええ、大丈夫よ。ありがとう……」


 リオンが出す手を取って、スカートを裾をならしながら立ちあがろうとしたが、足首に軽く痛みが走った。

 ツキン、そんな軽い痛みであったが僅かに動きを止めてしまった事に後悔する。


 「ジェシカ様?」


 リオンが耳元で囁き、私はそれに対して小声で返す。


 「足をちょっと……でも大丈夫」


 私は痛む足を庇いながら、なるべく違和感なく歩くよう意識した。

 だが警備のプロはそこを見逃さなかった。


 「婦人?先ほどので足を傷めましたか?しばらく、あそこで休んで行かれたらいいですよ」


 衛兵が親切にも声をかけてくれた。だが、今はそれが煩わしいほど早く進みたかった。


 「大丈夫です。歩くのには問題ありませんから。お気遣い頂きありがとうございます」


 私は感謝の意を込めて軽く礼をしながら言った。


 「そうですか……」

 

 衛兵が私をじっと見る。私は気付かないふりをしてリオンの腕に手を置いて歩き出した。


 「後ろを見ないように……」

 「ええ」


 嫌な予感がする。もしかしたら先程の私の言動に不自然な点があったのかもと不安になった。去り際に見えたのは、あの衛兵が何やら同僚を呼んでいる姿だったのだ。

 どうか、ただの不安でありますように。


 私達はもくもくと歩いた。

 緩い坂を登る途中でちらりと後ろを確認すれば、王都の門外が目に入る。先程の衛兵かは分からないが、2人の警備は変わらずいた。

 だが、その後見た光景に心臓が強く脈打つ。


 「リオン、あれって……」

 「まずいな……」

 

 そこには王宮の騎士服を着た男が2人現れたのだ。

 衛兵と何やら話をしながら、その衛兵が私達の方を指したのが遠目でも分かった。


 バレた。え、何で?

 私は後ずさる。


 「どうして……リオン……」

 「ジェシカ様。アンナを抱いて先に行けますか?私が相手をしている間に協会へ駆け込んで下さい。門に入れば安全ですから」


 リオンがアンナを私に預ける。


 「アンナ、喋っていいぞ。ジェシカ様を出来る限りお守りするんだ」

 「……」

 「……アンナ?」


 寝ている。でもいつもなら寝ていても呼びかければ目を覚ます。だが、今はすやすやと夢の中だ。


 「アンナ?おい、アンナっ!?」


 リアンが強めに声かけるが反応がないアンナ。これは、アンナの身体に異変が起こっていると言わざるを得なかった。


 「ジェシカ様、ひとまずあなたはアンナとともに走って下さい」


 門から馬に乗った騎士が駆け出してくる。それと同時に上空にも大きな鳥が現れてこっちへ向かってきた。


 「でも、リオン……あなたが」 


 言い切る前にリオンに彼のもので口を塞がれた。

 ……こんな状況でも、いや、こんな状況だからかとても甘く感じたのかもしれない。


 「っん……」

 「……俺1人ならなんとでもなります。早く」


 リオンが後ろを確認して何やら呪文を唱えた。

 その合間に私の背中を押して言った。


 「今なら走れば間に合う、早くっ!走って!!」


 リオンの焦りが混じった声に事態を深刻に見た私はアンナを抱いて全力で走り出した。

 後ろを見ずに前だけ見て。転んだりなんかしてられないから、全力で足を動かした。


 息が上がり、足が重くなる。こんなに走ったことがない私にはなかなか厳しい状況だった。

 木々や花々が立ち並び、手入れされた道を楽しむ余裕もなく私は走った。

 目先に教会の門が見えた。

 背後には馬の駆ける音と何やら衝撃音、そして……金属音。


 振り向きたくなる気持ちを抑えて走る。

 

 アンナ、リオン……

 教会へ入ったら誰か助けを呼ばないと。

 あと少し……お願い間に合って。


 唐突に、ばさっ、ばさっ、という音が上空からしたと思えば、王家の紋章をつけた大鷲が舞い降りて来ていた。

 鋭くて大きな爪が光る。

 あの爪に囚われたら逃げられない。身体で危機を感じで恐怖で足がもつれた。


 「こ、来ないでっーーーー!」


 私は片手で頭を片手でアンナを胸に抱え込み守るようにその場で動かなくなる。

 大鷲が勢いよく降りてくる。だが、不思議な事に私達の頭上で光が放たれて大鷲が跳ね返された。

 「ぎぃぁぁぁ」という奇声をあげて再び舞い戻っていく大鷲。金属音と叫ぶ声が遠くで響いている。


 「り、リオン……」


 先程の口付けの時に結界を張っていたのかもしれない。

 感謝と心配と愛しさと恐怖を感じつつも、彼の魔法を身に纏う感覚に勇気をもらい、私は残る力で立ち上がり走った。


 「はぁはぁはぁはぁ」


 荒い息とともに門を駆け抜ける。

 膝をついて、呼吸を整えた。

 でも、助けを呼ばないと……リオンが今も戦っている。


 疲労で震える足を鼓舞して立ち上がる。

 痛みと足の重さでふらつけば、横から誰かに支えられた。


 「何事か?」

 「あ、あなたは……」


 右目だけ眼帯をした男性が私を見下ろしていた。


 「ソルダム首長様でしょうか……?」


 長い黒髪が風になびく。その人は目を見張って私をしっと見た後に口を開いた。


 「そうだ、私がソルダムだ。あなたは、ジェシカ王太子妃……いや、元王太子妃ですね?」


 私は希望をのせるように強く頷いたのだった。



 


 

 


 

 

 


 

容姿はごまかせても、長年の培ってきた所作までは偽れなかったのです……。

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