61.変身魔術と変装
あれから私とリオンは恋人になったわけだが。そうなって困るのは、リオンの数年分の想いを受け止めなければならないことで。
別に四六時中、彼とベタベタ触れ合っているわけでもないし、頻繁に愛を囁かれるわけでもない。
でも、戸惑いがちに私に触れる手や表情、ふとした時に合った視線に彼の熱がこもっているのが伝わってきて、その度に私は胸がきゅっと鳴るのだ。
あれだけ、冷酷な人だと思っていた彼が、私を見れば綺麗な顔で微笑むのは本当にずるい。それに、スイッチが入れば、飢えた獣のようにぐいぐい来る彼のギャップに私はついて行けてない。
私だけがドキドキしているみたい。
今だって変身魔術の訓練をしていたのに、彼の魔力を受ければ、また彼に触れたくなってしまった。優しげに私を見る目が何とも魅惑的で、その衝動を抑えるのに必死になっていた。
そしたら、気がつけば彼の膝の上に乗せられて、また口付けを受けているのだから、困ったものだ。
さすがに息が苦しくて彼から離れようとするが、まだだとでも言うように、私の腰と後頭部を押さえて離さないリオンは、本当にあのフロント子爵?
「も、リオン……さすがに、」
「あなたが悪い。あんな目で見られて手を出すなと言うのがおかしい」
どんな目よ、と突っ込みたいが、実際彼を欲していたのは事実だから何も言えない。
綺麗なグリーンの瞳に囚われて、逃げようとしていたのに身体は素直で、私は彼の首に顔を埋めて抱きついた。その温もりを確かめるように、ぎゅっと抱きしめれば、リオンも私の背中に手を回す。
お互いの存在を確認するかのように私達は抱き合っていた。
「リオン、あの……出発までに私の変身魔術は間に合うのかしら」
「はっきり言えば、無理ですね。訓練のたびに私を誘惑してくるのですから、何の訓練をしているのか分からなくなります」
「なっ、」
「私の理性強化の訓練でしょうね?」
「そ、そんな事ない」
「そうですよ、あなたが私を見る目……誘っているのかと思ってしまいます」
「……」
実際、魔力を受ければ彼に欲情してしまうのは事実で、私も必死にそれと戦っているのだ。
「だって、あなたが魔力を流してくるたびに……なんだか、ふわふわしてきてそういう気持ちになってしまうのよ」
「……それは本当ですか?」
「確かよ、魔力を流す時はそういうものなのかしら?」
「私も分かりません。なんせ魔力を流したのはジェシカ様が初めてですから」
「そっか」
それを聞いてなんだか安心した。もし、これまでリオンの魔力を受けた人がいたと考えて、嫉妬してしまった。
「ですが、もしそうであれば、変身魔術の訓練とはいえ、これ以上の魔力を流せば危険ですね……」
「身体に異常が生じるの?」
「……私の理性が、という意味です」
あぁ、そっちか。
でも、もうこの際だから両方訓練したら一石二鳥じゃないかな、とか淫らな考えをしてしまい、何ならリオンのそういう……うん、とにかく1人で思考を巡らせてしまい、恥ずかしくて頬が熱くなる。
「……もうこの際、なんて言わないで下さいね。そんな事したら、私はあなたを出発まで部屋から出しませんから」
「……」
それもいいか
「それもいいかも、なんて思わないで下さいね?!」
私は熱くなる頬に手を当てて曖昧に微笑んだ。
思いっきりため息を吐くリオン。少し、虐めたくなるのよね。
「ひとまず、この変身魔術の訓練は中止です。別の方法を考えましょう」
「今から?大丈夫かしら、出発は1週間後よね」
「何とかします……ジェシカ様はひとまず、体調を整えていて下さい」
そっとリオンが私を膝から下ろす。
「そうとなれば策を考えないといけませんので……しばらく部屋に篭ります」
「……そう」
ちょっと、いやかなり残念。
「そんな顔をしないで……あなたを連れ込みたくなりますから」
ぐいっと腰を引き寄せられて耳の後ろを触られる。さっき離れたばっかなのに。
私は彼の胸に額をつけて腰に手を回した。
身体の線は細いのに筋肉でしっかり引き締まったその身体に欲情してしまいそう。そんな気持ちを振り払うように頭を振る。
前回撤回。
私達はだいぶ、いちゃいちゃしているみたいだ。
*
「それで、リオン様は引き篭もっているわけなんですか?」
「ええ、私が魔法の才能がないばっかりに」
テリア様が茶を優雅に飲む。あの日から、一度帰ったテリア様が、ルーズレイのお茶を持ってきて、今こうしてお昼を過ごしていた。
「あなたが魔法にも鈍臭いのは昔から知ってたけど……そこまでとは」
「テリア様、ジェシカ様を馬鹿にするのは許しませんよ」
「あら、可愛い子供が生意気に話すのも可愛いわね」
「ジェシカ様が許しても、私はあんたを許しませんからね!!」
「許すも何も、別に私はジェシカ様と交流しているだけだもの」
「あたしのジェシカ様です!!」
アンナが私の膝上で立って首に手を回してくる……可愛すぎる。
私はアンナの子供独特の柔らかな匂いを胸に抱きながら背中をトントンする。
「というか、そもそも変身魔術という高度な魔法使わずとも大丈夫なのでは?」
「万が一を考えてですよ」
「うーん、だって変装すればいいでしょう?」
「変装?」
「なんでも魔法に頼ればいいってものじゃないってことよ」
「?」
「まぁ、私に任せなさいな」
その翌日、テリア様は何やら色々な道具を持ってフロント家に現れた。
髪の毛に薬を塗られる。
私はテリア様の手にかかり、もともと見た目は地味な方だったからか、髪色が黒色になるだけでそれはもう、より一層、影の薄い姿になった。
「はい、次はメイクね」
テリア様がメイク道具から取り出しては、私の顔に塗っていく。
「ジェシカ様、あなたって本当にお肌が綺麗ね」
「母が……昔から肌は女の敵でも味方にもなるって仕込まれたから」
「それだけで、こんなに……羨ましいわ」
ささっと筆を動かすテリア様。
そして、そのまま髪の毛を後ろで束ねられて、眼鏡を渡された。
出来上がって鏡を見れば、そこには、どっからどう見ても、侍女の姿が。
「す、凄い……出来る侍女のようだわ」
私は感心して鏡をまじまじ見る。
「これでマントでも被れば多少は誤魔化せるでしょう?……あら、ちょうど良いタイミングで家主のお出ましね」
扉を見れば、私を不思議そうに見るリオン。
「……あ、えーと、ジェシカ様?」
「どう?凄いでしょう?テリア様が魔法もなしにやってくれて」
「ふむ……確かに、これは凄い。ここまで化粧で変わるものなのか」
私に近づき穴が空くほど見るリオン。久しぶりに会った彼は少しやつれていた。
「大丈夫?」
彼の頬を触れば、ピクッと反応するリオン。
「ええ、大丈夫です。それより、色々考えた結果、転移魔法で一気に移動するのが安全だと思ったのです」
「転移魔法?でも、王都で使えば、それは城の魔法部に知られるでしょう?」
転移魔法は魔法部でその痕跡を拾われるよう王都全体に感知魔法がかけられている。王都、そして王城への不審者をいち早く捕まえるためだ。
「ですので、王都から出た場所から転移します。それも王族の干渉を受けない場所で」
「……魔法裁判所へ行くの?」
「はい、ソルダム首長とは連絡を取り了承を得ています」
私達を助けてくれた真実眼の持ち主。
一度は会ってお礼を言いたかった相手。
私はリオンの提案に2つ返事で頷いたのだった。
ティアナより
「甘い、甘すぎる。鼻血が出そうよ」
らしいです。
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