59.テリアの本音
「わ、私が好きだからっ!だから、り、リオンは渡さないっ!!」
やっと言ったわね、この女。
というのが私の本音だったけど、長年の初恋を諦めてあげる代わりに、もうちょっと意地悪してやろうと思って、私は大袈裟に溜息をついて言った。
「でも、ジェシカ様。以前言いましたよね?好きなら身を引くのも愛だと。それに、好きならそのまま素直に伝えればいいと。だから、私、勇気を出してリオン様を自分のものにしようと思ったのです」
「で、でも、私も彼がす、好きなの」
「でしたら、リオン様のために身を引いて下さる?リオン様、私と結婚すれば貴族でいられるし、それなりの待遇を用意できますから……それに、王家の血筋のため命を狙われても、ガーディン侯爵家なら守る事もできますわ」
「それが、その、り、リオンの幸せになるならそうする。けれど、あなたのお父様は違うでしょう?」
「その点に関しては穏便に運ぶ事もできるわ」
ジェシカ様が目を潤ませて焦った様子で私を見つめる。不思議ね、以前はその自信無さげな表情も優柔不断な性格も苛々して嫌いだったのに、なぜか今はそこまで嫌いじゃない。
それもこれも、あの日あなたが倒れた日に、私があなたに敵意剥き出しなのに対して、ジェシカ様は呑気に庭を褒めるわ茶を褒めるわで、その性格の素直さが眩しくて羨ましく感じたと同時に、私の敵意が幼稚に思えたの。
他の令嬢達は媚を売るために本意でない事でも私を褒めて、それが気持ち悪かった。でも、ジェシカ様にはそれがなかった。本気で城から出れた事を嬉しく思い、我が家の庭を楽しんでいた。それにちょっと拍子抜けしてしまった。
そしたら、次は熟年女性ような恋愛観を話し出すから、この人はどれだけお人好しなんだと、どれだけの苦難を乗り越えてきたのかと呆れと同情心が出てきた。
でも、心の奥底ではジェシカ様の言った事が、じわじわと私を侵略してきて、それが出来た時、私も彼女のように強くなれるかもと、この苦しさから解放されたいと思ったのよね。
ただ、あの日倒れたジェシカ様を、少しだけ心配して影に報告させていたけれど。それから、しばらくしてジェシカ様の所在が分からなくなったと耳に入ってきた。
昔からエイドリアンの性癖を何となく感じていた私は、もしかしたら既に彼の手の内かもしれないと少し心配した。少しだけね。
そろそろ私も動いてみようかと、でも、なぜ私があの女のために動く必要があるのかと自問自答していた矢先、ジェシカ様が東の花屋敷から脱走したと聞いた。
あの気弱で押しに弱く、丸め込まれそうな性格のジェシカ様が自ら離婚をするために動いたと知って、私の失恋は確定したなと思ったのと同時に、行動したジェシカ様を凄いなと思ってしまった。
そして、ジェシカ様が相手なら仕方ないかなと、いつの間にか絆されている自分がいて驚いたのよ。
不思議な女性よね。
お父様は王家乗っ取りを諦めていないから、私にリオン様を寝とって来いとうるさいけれど、そんな気はさらさらなくなった私は、忠告をしにここへ来たってわけなのよね。
「フロント子爵っ!?大丈夫!?」
少し呼吸が荒くなっているリオン様。
しびれ薬が効きすぎているみたい。媚薬なんてそんな物作るわけないじゃない。
「うーん、薬が効きすぎたのね。大丈夫、私が今楽にしてあげるわ」
「な、何をする……」
私はリオン様の身体を撫でる。ジェシカ様がそれを見て私の手を止めて握った。
「テリア様、ごめんなさい。私、私、前あなたに偉そうな事言ったけど、身を引くのも愛だと言ったけど……私にもチャンスをくれないかしら……その、私が迷惑をかけるのならその時は身を引くわ。だけど、もしフロント子爵も同じ気持ちなら……」
「ジェシカ様。リオン様を幸せにできる自信があるの?道は平坦じゃないわよ」
「分かってるわ……でも、身を引く前に私もぶつかってみたいし、後悔なくやってみたいから」
そんな綺麗な目で見られると、本当に……
「やだわ……あなたの目って昔から苦手なのよ」
「えっ、目!?」
濁ってなくて純粋なその瞳が私にはとても眩しい。
「これ以上は私も毒されそうだから、今回は手を引いてあげる……ほら、これが解毒剤よ」
「あ、ありがとう……」
ジェシカ様がリオン様に小瓶を口に付けて流し込む。しばらくしてリオン様が起き上がり、手足の動きを確認した。
「全く、なかなかな痺れ薬ですね」
「調合は得意なの」
「あの、テリア様?いいのですか?ガーディン侯爵があなたの行動を知ったら……」
「人の心配なんかしてないで、自分の心配しなさいよ。私は大丈夫、知っているでしょうが、とても優秀なの。それに、いつまでも親の言いなりは面白くないもの」
「それは……私達の味方になってくれるってこと?」
「味方……そうね、どうかしら」
「俺たちを油断させるための演技かもしれませんよ、ジェシカ様」
全く失礼な事をいう人ね。
「信じる信じないは、あなた達に任せるわ」
私は投げやりに言った。それなのに、
「信じるわ。だって、テリア様から私に対する嫌悪が感じられないもの」
簡単に言うのよね、このいい子ちゃんは。
「ま、まぁ、そうね。王太子妃も辞めて肩身の狭い思いをしている貴方のために、力を貸してもいいわ。そう、友人みたいな、いや、知り合いみたいな感じね」
「友達……?」
「と、友達とまでは言ってないわ……でも、ジェシカ様は友達いなさそうだし、私が仕方なく仲良くしてあげてもいいわ」
ちょっとむず痒くて可愛くない言い方をしてしまった。でも、相変わらずこの人はマイペースで。
「じゃあ、あのルーズレイのお茶がまた飲みたいわ。お庭にもまた行きたいし」
無垢な笑顔でいうものだから、私は結局この人に絆されていて。
「……いいわよ……落ち着いたら招待してあげるわ」
でも今までにない、くすぐったい気持ちとほんのり温かな感情で満たされていた。見れば、ジェシカ様は私をまっすぐ見て、にっこり笑っていた。
そうね、友達……友達って何するのかしら。
今まで取り巻きはいたけど、自分から近づきたいって思った人はいなかったから。まぁ、侯爵令嬢の私に近づきたい子達はいっぱいいたけれど。
まずは、ルーズレイのお茶を持ってくるわ。この前、新作を考えたばかりで……カモミールが好きって聞いたから、それを加えてみたのよ。
りんごのような爽やかな香りとルーズレイの甘い香りがとても合うのよ。
「きっと、ジェシカ様、気にいると……あら?」
いない……。
私は独り言のように話していた事に気付き、2人がいなくなった部屋で、全く、と肩をすくめた。
「まぁ、仕方ないわよね」
ソファーに深く座ってみる。
しばらく、この部屋で仮眠でも取ろうかしら。
探したってどうせ、お邪魔になるのだから。
*
日が差し込んだ夕暮れ。
それは子爵邸の廊下をオレンジに染めて、柱の影が黒く写る。
その中に、柱とは違う2つの影が重なっていた。
つんけんしたテリア様。
何やかんな絆されていくテリア様。
お読み頂きありがとうございました。
次こそは……2人のターンをば……




