53.私の我儘だから
私は光が顔に当たり、眩しくて目を覚ました。
「あ……」
やってしまった。あのまま、フロント子爵の寝顔を堪能していたら心地よくて眠ってしまっていたみたいだ。
フロント子爵がいたソファーに横になっている事からきっと、彼が寝かせてくれたのだろう。
周りを見渡せば、だいぶ時間が経ったのか夕日が差し込み、本棚を赤く染めていた。その前にフロント子爵が本を手に何やら考え込んでおり、その様子をしばらく眺める。
とても集中しているのか、こちらに気付く様子もなく声をかけようかかけまいか悩む。だが、もうすぐ夜になる。さすがに、このまま居続けるのも申し訳ないと、私は声をかけた。
「あの、フロント子爵?」
彼はパッと顔をあげて本を閉じた。
「随分と長い午睡でしたね。体調は大丈夫ですか?それとも、昨夜は考え事で寝れなかったですか?」
分かってるくせに。
こうやって意地悪を言うフロント子爵はとても幼い顔になる。いつもは無表情で無愛想だったりするけど、意外と親しくなれば憎まれ口も叩くし、ストレートに感情を出してしまう感情豊かな人なのだと知った。
それがまた私を惹きつけてしまうのだが、この感情を抑え込むべきだと言う私と、感情のまま行動したい私とがいて葛藤が渦巻く。
「昨日のピアスの件が気になって……その、私そんなつもりではなかったというか」
「知っていますよ、あなたが鈍いのは今に始まった事ではありませんから」
「うぅ……ごめんなさい」
フロント子爵が私に近付き視線を合わせるため跪く。
「でも、そうであったら良かったとも思っていますが」
「……また揶揄って」
「本音です。あなたには周りくどい事は通用しませんからね」
「そ、それは……」
「例えば、今、私が考えている事がどんな事か。お分かりでしょうか」
「わ、分かるようなそうでないような」
「ジェシカ様。好きな女性が同じ部屋にいるならば
答えは一つです。貴方に触れたい、それだけです」
「……そうでしょうか」
私はそんな事しても無駄だと思いつつとぼけた返事をする。
「当たり前じゃないですか。好きな女性が自分の部屋で無防備に眠っているのですよ。私の理性を試して揶揄っているのか、はたまた、私に手を出してほしいのか。私は随分悩みました」
「夜も眠れなかったし、アンナと話していたら眠くなって……寝ちゃっただけだから」
「ええ、きっと貴方はそんな事くらいしか考えてません。貴方を好きだと言う男の部屋に躊躇なく入ってくるのですから」
「あ、アンナもいたもの……あら?そういえば、アンナは?」
私はキョロキョロ見渡すが見当たらない。
「アンナは幼児らしく規則正しい生活を送るため部屋に戻っています」
口が開く。
それは、この空間に2人きりっていうことだ。慌てて起き上がり彼から距離を置こうとしたが、後ろにはソファーがあって、それは叶わなかった。
フロント子爵が私の毛先をすくって遊び出す。そんな行動に胸の鼓動が早歩きになる。それなのに、フロント子爵がさらに私を追い込む。
彼の手が私の髪を辿って首筋、そして耳に触れた。
「っん、ちょ、ちょっと……」
「私の魔石、どこに付ければいいか迷いましたが……私の色のピアスをつけている貴方も悪くないですね」
さわさわと耳を撫でられ、くすぐったさと心地よい快感が駆け抜けた。危険だ、これ以上は危険すぎる。
私は彼の手を取り、私の耳から離す。顔から首まで熱いのは、きっと彼にバレバレだ。
「ご、ごめんなさい。気をつけるわ、本当に」
私の必死な訴えは彼に伝わったのか。
「私の理性がどこまで持つのかはあなた次第でしょうね」
「分かってるったら。もう、意外としつこいのね」
恥ずかしくて私は八つ当たりのように言った。それに対してフロント子爵は余裕の笑みで返す。あぁ、悔しい。
本当は彼との関係をここで止めなければならない。私はもう貴族として生きることはできないだろう。王太子妃を逃げるように辞めたのだ。
あの時は必死に逃げることだけしか考えていなかったが、私がいなくなった今、王宮はどうなっているのだろう。今更、勝手なことをしてしまったと罪悪感が溢れてきた。
たくさんの人に迷惑をかけた。王陛下にイリス王妃様、実家の家族、そしてフロント子爵にアンナ……。色んな人を巻き込んでその人達の人生を変えてまで私はここにいる。
自分の我儘で王太子妃を辞めた今、今更貴族として生き、仮にもフロント子爵と一緒になる未来を想像するなんて誰ができよう。そんな、おこがましい考えは捨てなければならない。
アンナをこんな状態にし、私の子を奪い、そしてウォルス領のユナリアを害した疑いのあるミーシャ様。
フロント子爵と一緒にそれらの事件を解決した後には、私はここを去ってジェシカという1人の人間として1人で生きていこう。
それが、私の責任だと思っている。
だから、この気持ちは蓋をするべきなのだ。
私が急に考え込む顔をしていたからか、フロント子爵が心配そうに聞いた。
「どうしました?どこか体調が悪いです?」
「ううん……大丈夫。ただ、やっぱり、昨日の私の発言は軽率だったと思っているの。決してそんな意思はなかった事ははっきりさせたくて」
「それはさっきも」
「だから、明日。あなたには色々迷惑かけちゃうけど、アンナの事も必ず解決したいから……手伝わせてほしいから、変身魔術を使えるように教えてほしい。それを、言いたかったの」
「ジェシカ様……私は」
「フロント子爵」
私は彼の言葉を遮る。
「また明日。今日はごめんなさい……本当に……。よろしくね」
私はそう言い残し彼が何かを言う前に部屋から逃げるように出た。フロント子爵の顔が頭から離れない。理解できない、そんな表情をしていた。
本当に自分勝手な女だと言う事は理解している。ふざけるなと彼に嫌われたらどうしようか。胸が裂けそうだ。
ただ、その方がお互い都合が良いかもしれない。
明日からは気持ちを切り替えて、事件を解決するまでのパートナーとして接しよう。
彼から学べる魔法を学んで1人で生きていける術を身につけるんだ。あぁ、ティアナからも教えてもらおう。
なんたって、これまで自分の身の回りの事すら、やった事ない生活能力ゼロの人間なのだから。
いつまでも他人任せではいけないから。




