52.穏やかな朝
穏やかなターンです。
「ねぇ、アンナ、聞いてもいいかしら?」
「どうちたんですか?」
「フロント子爵に、変身魔術に使っていたピアスを私にも作ってと言ったのだけど……なんか様子が変で」
「お兄ちゃまにそれを言ったのでちゅか?」
「お姉様、本当に鈍いのね」
「ど、どんな意味が……」
ティアナとアンナとで、子爵邸のテラスで遅い朝食を取っていた。もう昼前だから、ほとんど昼食みたいなものだけれど。
こんなに穏やかな時間を過ごしてもいいのかと不安になったが、王宮での忙しくて何なら身の危険まで味わったその日々を思い出して、穏やかな時間が過ごせるなら今のうちに過ごしておこうと思ったのだ。
だが、時間は穏やかだけれど、私の心境は穏やかではなかった。昨日の会話から一晩色々考えてあまり眠れなかったし、ある1つの予想が浮かんできて。
「お姉様。変身魔術のために身につける装飾品はその人の魔石です。魔術師の間では結婚や婚約の印として魔石を贈ります。だから、お姉様がしたのは、フロント子爵への逆プロポーズですよ」
「あい、その通り」
「そ、そんなつもりは、なかったのよ」
やはり、そういうことか。もしかしたらって思っていたけれど、私は何てことをしでかしたんだ。
「魔術師の中では当たり前よ。古い考えだから知らなかったの?でも、貴族は瞳の色、魔術師は魔石を交換する。それはもうお決まりのようなことだけれど……お姉様、本当に恋愛ごとに関しては無知すぎるわ」
「だって……」
「まぁ、これに関してはお母様が余計な知識を与えまいと制限していたのもあるのかしらね」
「しょれで、お兄ちゃま朝から出てこないのでちゅね」
「きっと、気合い入れて作っているのよ、リオン様」
「どうしよう」
「どうしたもこうしたも、お姉様は離婚しているのだし、フリーじゃない。リオン様のお姉様への愛は本物だわ。いいじゃない、この際婚約したら」
「それは無理よ。離婚したばっかだもの」
「別に誰かに知らせるわけでもないでしょうに」
「それに……私は王太子妃を辞めて、そして貴族からも籍を抜くもの。こんな傷物を娶るなんてフロント子爵の将来に影響するし、そもそも結婚なんてできないわ」
「そこは何とでもなる」
「でも……」
ティアナは面倒くさそうな顔から一変、悪戯を閃いたような顔になる。
「そんなに嫌ならお姉様、今からリオン様の所に行って、そんなつもりはなかったって伝えればいいのよ」
「お邪魔するなんて失礼だわ。それに、一応、私もバツイチだけど結婚してないから……」
「今更それ気にする?これまでだって2人でイチャイチャしてたでしょ?」
「いっ、そんな事ないわっ!!」
「はいはい。そうね、アンナと一緒だったらいいじゃない。ね?アンナ」
「あい、そうちましょう」
2人の強引な押しに抗えず、結局今、フロント子爵の部屋の前に来ていた。
「結局、話はしないといけないものね」
アンナを抱っこして覚悟を決める。
しかし、幾度ノックしても返答がない。
「おかちいでちゅ。部屋からは出てないと思いまちゅが」
「もしかして、倒れてはないわよね?」
「ちょれは……ありえりゅかも」
私は疲れた表情のフロント子爵を思い出して、ドアノブに手をかけ回した。
「フロント子爵……?大丈夫……」
私は部屋に入った。シンプルな必要最低限な家具に壁いっぱいに本が敷き詰められていた。それに圧倒されながら見渡せば、窓際のソファーに横になって寝ているフロント子爵。
爽やかな風がレースのカーテンを揺らして、彼を見えなくする。
私は惹きつけられるようにソファーは向かえば、静かな寝息を立てている彼はとても穏やかな顔をしていた。
「徹夜ちたのでちゅね、きっと」
「そう……」
彼の側に座ってみた。アンナもソファーに手を置いて立つ。
「なんだか。しあわしゃそう、お兄ちゃま」
「本当に」
さらさらと風でシルバーブランドの髪が揺れている。私は髪に触れて、ついでに彼の頬を突いてみる。アンナも真似をして私より強めに突く。
「う、ん……」
フロント子爵が顔をしかめてみじろぐ。
それを見た私達は、顔を見合わせて笑った。
これまで、慌ただしい日々だったから、これくらい幸せを感じてもいいかしら。
私はフロント子爵の寝顔を見つめながら、その穏やかで幸せな時間を噛み締めたのだった。
*
俺は息苦しさを感じて目を覚ました。
光が眩しく、まだ昼前のようだ。やっと完成して朝方に寝たのに。
息苦しさの原因である腹の上に乗ったアンナを見る。俺の上に乗り涎を垂らして眠っていた。
そして、何より腕にも温もりと甘い香りが漂い見れば、ジェシカ様がソファーにもたれかかって寝ていた。
アンナと2人で昨日の弁解に来たが、いつのまにか寝ていた感じか。
やれやれとアンナを退かそうとしたが、むにゃむにゃと気持ちよさそうに眠っている幼子を見たら、まだ起こすのも可哀想かな、と思ってやめた。
それに、ジェシカ様の寝顔も見ていたいし、せっかくだから同じ時間を過ごしたい。
いつもは無機質で殺風景な俺の部屋が、2人がいる事で色が付いたかのように見え方が変わった。
たまにはこんな穏やかな時間もいいかな。
そう思って、しばらく俺はその時間をゆっくり堪能したのだった。
もう少し、このままで。
そよそよと気持ちの良い風が流れる、気持ちの良い時間だった。
お読み頂きありがとうございました。




