50.休息と新たに
目を開けた時には、知らない天井だった。
「……?」
ここは、どこだろう。
というか、私ってば気を失ってばかり。
顔を横に向ければ、ベッド横に足を組んで椅子に座ったフロント子爵。座ったまま眠っている。
こくり、こくりと頭が動いている。
綺麗な鼻筋に、長い睫毛、それに私が好きなシルバーブランドの髪。王族だと知られている今、もう隠すことは無意味だからか、最近はこの色だ。
羨ましいな。
しばらく彼の顔を眺めていた。
とくとく心臓が穏やかにリズムを刻む。
その穏やかな時間を堪能していたら、パチっと目が開いたフロント子爵と目が合った。
「「……」」
「おはよう、フロント子爵」
「……ジェシカ様」
私は愛しさが込み上げてそのまま笑えば。
彼は大きく溜息をついて立ち上がり、私の頬に手を添えた。
「心配しました……良かった……」
震えるその手に自分の手を重ねた。
「ありがとう」
フロント子爵が眉を下げて安心したように笑った。
「ここは……?」
「私の邸宅です」
「そうなんだ。あれから、どうなったの?」
「東の花屋敷は一部屋敷が崩壊して、王宮はその片づけに追われています。エイドリアン殿下とミーシャ様は怪我もなく無事でした」
「そう……」
「ひとまず、私があなたをここへ連れて来ました。連絡によると、法務部であなた方の離婚が正式に認められたみたいです」
私は小さく息を吐いた。
「それと、私にかけられていた余罪ですが……それも冤罪だったと訂正されています」
「ほ、本当!?」
「えぇ、ジェシカ様のおかげです」
手で顔を覆った。良かった……
「あれが伝わったのね」
「ええ。あなたが魔法教会に送ったデータから、私への冤罪が持ち上がりました。それに、私も同じように自分の記憶を提出して、罪の撤回を申請しました。私の場合は、エイドリアン様と取引をしていたので、少しややこしくなりましたが。王宮医やあなたの証言からも治療であったと認められて、取り消されました……あなたの記録のおかげです」
「だって、その当事者が何も言わないんだもの」
「……申し訳ありません」
「でも良かったわ。あなたが思い直してくれて」
「……もう少しあなたの側にいたいと思ったのです」
「え……」
ちょっと意地悪を言ってみれば、フロント子爵は大真面目にそんな事を言うから。なんだかくすぐったい気持ちになってしまった。
素直な彼が可愛いとさえ思った。
「ただ、まだまだ問題は山積みです」
フロント子爵は続ける。
エイドリアン様は未だに離婚に反論しており、魔法裁判部に抗議をして、私とは離婚していないからと捜索もしているという。
そして、フロント子爵の罪は無くなったものの、王族の血筋である事は、既に多くの人々が知っており、一部ではエイドリアン様の暴挙を知った貴族が、彼を次代の王へと声を上げ始めており、内部戦争も危惧されているらしい。
「そんな……」
「私としてはその気は全くないのですが」
「なんだかごめんなさい……」
私は心配と申し訳なさで彼に謝る。
「ジェシカ様は何も気にしないで下さい。何とかできますから、大丈夫ですよ。ちょっと無理させてしまいましたね、今は、身体を休めて……」
フロント子爵が私の額に手を当てた。治癒魔法が使われて、なんだか気持ちの良い睡魔が襲ってくる。
いや、まだ眠りたくないのよ!
「ま、待って!フロント子爵!」
彼は驚き手を離した。
「ま、まだ眠りたくないの」
「どうしたのですか?ジェシカ様は休息を取らねば。それに……」
フロント子爵が私の手首のあざを見た。無表情のまま治癒魔法をかけ、たちまちあざが消える。
「あなたをこんなにしたあいつが憎い」
「これくらい、何とも」
「何とも?こんなに傷ついて疲弊しているのに。いいから、休んで下さい」
「だって……」
「怖いのですか?」
「……それもあるわ。でも」
やっとあの監禁生活から解放されて安心しているが、眠ってしまい次に目が覚めた時に、あの生活に戻っているんじゃないかとも思う。
でも、それだけじゃなくて。
「……せっかくあなたに会えたから。もう少し話がしたいもの」
やっと誰かと話せる安心感からそう言えば。
フロント子爵がこれでもかというほど、眉間に皺をよせた。
「全く、あなたって人は。私の理性を試しているのですか?」
「えっ、そんな事……」
フロント子爵が立ち上がり、ベッドボードに手を付き、私を見下ろした。
「あ、あの、フロント子爵?えっと、これは……」
「あなたが悪い。ずっと、ずっと貴方への恋心を抑えてきました」
びっくりした。まさかストレートにそんな事を言われるとは思ってなかったから。
「分かりますか?好きな女性が自分以外の男を愛しているのを見る辛さ。それでも無邪気に微笑んでくる嬉しさと胸の痛さ。あなたに触れた時の熱。全て貴方が既婚者だからと我慢してきましたが、もう今は違う」
「あっ……それでも、まだ私は離婚したばかりで」
私の感覚では、ついさっき離婚したばかりなのだ。それなのに、こんな事良いわけない。
「俺からしたら、やっとですよ。やっと堂々と貴方を口説く事ができます」
「く、口説くっ!?」
「ええ」
「ご、ごめんなさい。さっきのは撤回するわ。うん、やっぱり休む。癒しの魔法をお願い、寝るわ」
「……分かりました」
私は小さく息を吐く。良かった、フロント子爵だもの、無理強いはしないはずだもの。
「では、ぐっすり眠れるように口付けで癒しを与えましょう。身体はボロボロです。しっかりと魔法を使いますから」
ええええ!!
まさか、そんな風に捉える?
フロント子爵の顔が近づく。心臓の音が自分の耳まで聞こえている。きっと、彼にも聞こえているはずだ。
どうしよう。彼の肩を押すが全然抵抗しているとは思えない。いけないと頭では思っていても、気持ちの奥底では期待している自分がいて。
そんな私を見て、フロント子爵が怪しく笑った。
胸がキュンとなる。
そうか、これも治療だと思えば……。
唇が触れる直前、側で声がして。
「強引なリオン様もなかなかいいわね」
「だいぶ溜まっているんだろうなぁ、可哀想に。待てをされていた獣だあれは」
「あい、獣でちゅね」
私は人がいる事に驚き、フロント子爵を押して起き上がった。フロント子爵がベッドから落ちる。
「ご、ごめんなさい!だ、大丈夫……?」
「……」
床に伏せたままのフロント子爵。
そして、お兄様とティアナ。それに……
ティアナが抱いている幼児。とっても可愛い女の子。
なんだか、フロント子爵に似ている……。
私は考えうる事実に衝撃とショックで言葉に詰まった。
「ま、まさか、フロント子爵の……隠し子?」
「断じて違うっ!!」
フロント子爵が飛び起きる。
腹を抱えて笑うお兄様、くすくす笑うティアナ。
これは、どういう状況?
その金髪で緑色の瞳の女の子は、私を見てとびっきりの笑顔でこう言ったのだ。
「ジェシカちゃま」
可愛い……言葉がまた辿々しくて抱きしめたくなる可愛さだった。
でも、そうではなくて。
「ど、どういうこと……?」
フロント子爵を見れば、拗ねたような顔で私を見て。
「この子は……アンナの娘、アナベラです。ですが、ちょっと複雑でして」
その子は「あいっ!」と手を挙げる。そのぷくぷくした手が何とも可愛らしい。
「アンナに子が……」
まだまだ波乱は続きそうな予感であった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
読者の皆様には感謝しかありません。
第二章もお付き合い下さると、とっても嬉しいです。
更新頻度はこれまでとほとんど変わりませんです。




