5.欲
その日の夜、エイドリアンはいつものように部屋を訪ねてきた。
毎日忙しい彼だが、疲れを感じさせないほどの爽やかな笑顔で私に優しく接してくれる。
彼の身体を気遣い、「毎日は来なくて良い」という気持ちと毎日会って触れたい、そんな相反する気持ちが私を悩ました。
「ジェシカ、明日なんだけど、急に公務が入って数日留守にすることになったんだ」
「そうなんですか……」
「うん。なんでもウォルス領の農作被害が酷いと連絡が入って、その視察に行ってくる」
「ウォルス領……着くのに3日はかかりますね」
「あちらの状態次第では滞在期間を延ばす可能性もある。執務も滞るからなるべく早く帰ってきたい所だけど……」
「大丈夫ですわ。何かありましたら私が対応しておきます。安心して行って来て下さいませ」
寂しいという言葉は飲み込み、物分かりの良い妻を演じた。
「ありがとう、君がいてくれて助かるよ」
そう言って私を抱き寄せると、そのまま衣服に手をかけるエイドリアン。私はそれだけで胸が高鳴り、エイドリアンを受け入れる。
会えない日々を埋めるかのように彼が激しく求めて……と、そんなラブロマンス小説のようなことはなく、淡々といつものように事は進んだ。
そして、事後はいつものように、彼は先に目を閉じて寝息を立て、私は1人心と身体が満たされない不安と不満に駆られるのだ。
彼は優しい。私に声を荒げたこともなければ、冷たい態度を取ったこともない。でも、私を恋しがることもなければ、甘い言葉をかけることもない。
いつも優しい笑顔と声で私に接してくれる。
でも、それが物足りないと感じるのは我儘だろうか。
もっと、私を激しく求め感情をぶつけてほしい。会えない時間を埋めるようにキスして抱きしめてほしい。
「夫婦ってこんなものなのかしら……」
私が恋愛小説に影響され、夫婦や恋人に夢を見過ぎていたのだろうか。
「皆んな、どんな感じなのかしらね」
自分の中の欲だけが大きくなり、その対処としてエイドリアンが恋愛に淡白で、政略結婚としては非常に私は恵まれている、そう納得させるのだった。
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