49.自由
ここから、いつ出れるだろう。
私はだんだんと思考が麻痺しているように思えた。
エイドリアン様は変わらず私を抱いて痛みつけては満足して帰っていく。
魔法裁判部に記録を送ってから2日経った。どれくらいで結果が分かるのか。
今日もまた同じだろうと、夜になって扉をぼーっと見つめていたら、テラスから何かがすーっと入ってきて私の手に落ちた。
公的文書だった。
震える手でゆっくり綴じ紐をほどき、目を通した。私はそれを握りしめる。
やっと……やっと自由になれる。
でもこれをエイドリアン様へ突きつけても、こんな監禁状態じゃ、ますます状況を悪くするのは目に見えている。
私はテラスへ出た。
やっぱり、ここから飛び降りるか……。
その時、背後で扉が開き振り返れば。
その人物はエイドリアン様ではなく、思わぬ人物だった。
「こんにちは。ジェシカ様」
「ミーシャ様……あなたがどうしてここに」
「ここ、素敵ね。羨ましいわ……毎晩懲りずにエイドリアン様に抱かれ愛されているのでしょう?もう子が産めないのに」
「何の用ですか」
「あなたを殺そうかと思って」
お腹を撫でながら優しい笑顔をするミーシャ様。
そうか、お腹の子はエイドリアン様の子、つまり王族だからここへ入れたのか。
「あなたが変わってから、エイドリアン様は私にもこの子にも見向きもしなくなったわ。どんな薬を使ったの?愛の妙薬かしら?」
「丁度いいわ……私もここを出たいと思っていたのよ」
「奇遇ね、私もあんたを追い出したい、そう思っていたところよ」
そう言ってミーシャ様は手に持っていたガラス瓶を開けて私に中身をぶちまけた。
油くさい……。
ミーシャ様の手にはランタン。溢れた油が沁みたカーペットに、そのランタンを落とした。
瞬く間に炎があがる。
私は一瞬の出来事に反応できず、部屋の奥へと追い込まれた。
その時、扉から息を切らしたエイドリアン様が現れ、炎とミーシャ様を見て怒声をあげた。
「ミーシャ、どういうつもりだ!?」
「エイドリアン……あなたこそどういうつもり?あんな石女にいつまでも構うなんて」
ミーシャ様はまた1つガラス瓶を取り出して中身をばら撒く。炎が燃え上がる。
「ミーシャ、言っただろう?君を側妃として娶る準備をしているから待ってくれと。そして、ジェシカには手を出すなと」
「納得いかないわ!私はあなたの子を身籠っているのよ!この女がいる限り、私はいつまでも2番手だわ。だから、邪魔だから殺すの」
「ミーシャ……」
エイドリアン様が後ずさる。炎がたちまち広がっていく。私は壁に沿うように立ち、ミーシャ様、エイドリアン様との間に線を引いたように炎が燃えていた。
「ジェシカ、今そっちに行く」
「……いいえ、その必要はありません」
「死にたいのかっ!?」
「勿論、死にたくはありません……やっとあなたから解放されるのですから」
「……これのことかい?」
エイドリアン様が手に文書を握っていた。
「こんなもの、認めるわけないだろう?なんで他者が僕達のことを決めるんだ」
「知らないのでしょうか?婚姻関係で、日常生活を著しく低下させる行為や生命を脅かさせる行動がある場合は、人の命と尊厳を守るために、両者の意向関係なく離婚が認められるのです。これは法律で記されています。あなたがしていたのは、監禁と暴力です。私の命と尊厳を守るために、離婚が成立しています」
「そんな文書、僕の力でねじ伏せればいい。王族である僕を侮辱しているも同然だ」
「もし、受け入れない場合は多額の慰謝料とその記録映像を関係者に流す事が可能です。それに、この魔法協会から認められれば、それは公的文書として取り扱われます。知っていますよね?なので、この文書も法務部へ送られます……今頃、受理されていると思いますが」
「勝手な事を!!ジェシカ、君は……」
炎が轟々と唸りを上げる。煙が充満してきており、喉が痛くなってきた。
私は壁伝いに歩きテラスのドアを開けた。
新鮮な空気が流れ込むと同時に、炎もより強くなった。
「さよなら……エイドリアン様」
「待て、ジェシカ!!」
「エイドリアン様、あんなのほっといて外に出ましょう」
ミーシャがエイドリアン様の腕を掴み、部屋を出ようとした。しかし、エイドリアン様がその手を払いのける。その拍子にミーシャ様がバランスを崩して床に座り込んだ。
それでも、エイドリアン様は私に意識を向ける。
私はテラスに出た。
この高さから飛び降りるしかないのかもしれない。幸い、飛び降りた先が生垣であり、運が良ければ怪我だけで済むだろう。
ごくりと生唾を飲んだ。
生きるんだ。
やっと解放されたのだから。
私は震える足をテラスの手すりにかけたのだった。
*
俺は送られてきた公的文書を手に握りしめ、邸宅を出た。アルジェに乗って王宮へと飛ぶ。
「ジェシカがいる場所が分かるのかっ!?」
「いや、俺は分からない。が、アルジェが分かる、はず!」
「お前、本当にジェシカの事になると後先考えずだな」
オーラントがぶつぶつ文句を言っているが、それどころじゃない。
俺の冤罪が認められた事が公的文書として送られてきたが、それだけではなかった。
《ジェシカ妃殿下が監禁され命を脅かされる状態にある。1人の尊い命を救ってほしい》
魔法裁判部のソルダム首長からの直筆で添えられており、印まで押してあったから事実に間違いない。
なぜ俺に送られてきたのかは置いといて、ひとまずジェシカ様を助け出すために、アルジェを飛ばしているのだ。
アルジェが王宮の東側へと進む。
黒い煙が見えて不吉な考えがよぎる。近づくにつれて、それは屋敷の一部が燃えていた。赤い炎が窓から漏れていた。
そこに人影が見えて、どくんと胸が鳴る。
「おいおい、まさか、あれジェシカか?あいつ、何して……」
テラスの手すりに足をかけようとするジェシカ様。
まさか。
「リオン、俺を屋根に降ろせ。炎が広がる前に止めないと」
オーラントが屋根の上に身軽に着地した。それを確認してから俺はジェシカ様の元へ向かう。
そして、声の出る限り叫んだのだった。
*
後ろには炎が燃えて、私を追うように背後に迫っていた。背中が熱い。
手すりに乗り上げる。
思い切り飛ばなければ、生垣に着地できないかもしれない。
その時、
「ジェシカ様っ、今行きますから!!」
上空からアルジェに乗ったフロント子爵が叫んでいた。私は彼を見て、無意識に手を伸ばした。
その時、背後から奇妙な感覚が襲ったかと思えば、胸に痛みを感じた。何か身体を通過していった感覚……後ろを振り返れば、炎の合間から怒りの形相をしたミーシャ様を見た。
そして、彼女は笑った。
私は痛みでバランスを崩し、階下に落ちる。
「ジェシカ様っ!!」
フロント子爵がかろうじて周り混んで私を受け止めた。
アルジェに乗りながら、そんな事できるなんて器用なのね……自分が死ぬかもしれなかったのに、呑気にそんな事を考えていた。
彼の温もりに安心したら、なんだか眠くなってきて。
「フロント子爵」
「……はい」
「私をここから連れ出して」
「はい……お望みとあらばそのように」
フロント子爵が私を強く抱きしめた。
ありがとう、そう呟き私は目を閉じる。もう、苦しい思いをしなくていい。その安心感と身体の疲労から私は眠りについたのだった。




