44.彼を助けたい
私は胸に下げたアンナの首飾りに違和感を感じて、胸元に手をかけようとしたが、エイドリアン様が振り返ったため、その手を止めた。
あれから、エイドリアン様に連れられ久しぶりに部屋の外を出て歩いていた。どこに向かっているのか見当もつかない不安と、アンナや置いてきたティアナも気になりすぎて、私は落ち着かなかった。
もしかしたら、アルジェに乗ってひと足先に2人を助けに出たかもしれない。
それだったら安心だ。後はここで、私が彼らの無実のために動けばいいのだから。
「ジェシカ。僕の優しさに感謝してほしいな。ここだよ、さぁ、入って」
とても豪華な扉の前で止まり、中へ案内された。
部屋の中は豪華な客間で、あらゆる家具が揃っており、なぜここへ案内されたのか理解不明だった。
警戒しながら中へ入っていくと、床に倒れる男性がいた。
「ふ、フロント子爵っ!!」
間違いない。彼だ。
綺麗なシルバーブロンドの髪は床に乱れていた。ピアスが外れている。
私は急いで駆け寄ると、唇は切れて血を流し頬や顎にあざができていた。
「ジェシカ、さま」
「酷い怪我よ!エイドリアン様、彼に何をっ」
「ジェシカ。彼は犯罪者だ。罰を与えて然るべきだろう?それに、君は夫がいる前で他の男に駆け寄り心配するんだね。酷い女だ」
「なっ、怪我をしていれば、その相手が誰だとか関係ないわ」
私はフロント子爵を起こそうと肩に手を置いた。しかし、それをエイドリアン様が許さなかった。
「犯罪者に触れるなんて、君の手が汚れるだろう?さぁ、おいで。君が座る場所はここだよ」
そう言って私の手を強く引くと、ベッドに乱暴に座らされた。
「なにをっ、考えているの……?」
「何って夫婦生活に決まっているじゃないか」
「あなたっ、頭おかしいわ」
私は覆い被さってくるエイドリアン様の胸に手を当てて強く押し返す。するりと彼の下から抜け出して、ベッドから離れて立った。
「ジェシカ」
「こんな事、許されるはずない。いくら夫婦だからって、これはあんまりよ」
「でも、そんな妻は他の男を気にしている。君だって酷いじゃないか。君が誰のものかあいつに分からせる必要があるし、君も理解する必要があるだけさ」
「だからって、こんな。なんてこと……」
「ねぇ、僕だけが本当に悪い?」
「……彼を解放して。彼は無罪よ、こんな事して知られればあなたの立場がなくなるわ」
「知られなければいい」
フロント子爵がぐったりしている。私のせいでこんな目に遭ってしまった。
「お願い。彼を、彼の命を奪わないで……私を助けたのよ?そんな人の命まで奪うの?」
「彼がそれでいいと言ったんだ。それに、災いの種は早めに摘まないといけないだろう?」
「フロント子爵もアンナも王家を乗っ取ろうなんて、そんな事微塵も思ってないわ」
「だとしても、周りはそうはいかない」
どうやったら彼の命を救えるの?ティアナには言ったが、私なんかに彼らを助ける知恵と術があるのか。
「お願い……助けてくれたらあなたの望むようにするわ。あなたの言う通りに生きる」
「それは本当に?」
エイドリアン様の笑顔が怖い。
結局、私ができるのはこんなことか。
私は頷く。背後でフロント子爵が咳き込みながら何かを言ったが聞き取れない。もう、だいぶ状態が良くない。
「じゃあ、君からお願いのキスをして」
「……」
私はベッドに座るエイドリアン様の前に立ち、屈んで彼の唇に自分のを合わせた。一瞬で終わり離れようとしたのに、エイドリアン様が私の後頭部と腰を押さえて、深く重ねてきた。
必死に抵抗して彼の肩を押す。
意外とあっけなくエイドリアン様は離れて、私の顔を見てから満足そうに微笑んだ。
「いいね、その表情だよ、ジェシカ」
私は精一杯の憎しみを込めて睨んだ。
本当に狂っているわ……こんな人を好きでいたなんて。
「じゃあ、服を脱いでベッドに横になろうか」
全身がカッと熱くなった。
「ふざけないでっ!何を考えているの!?あなたは、本当におかしいわ」
「なぜ?君が言ったんじゃないか。犯罪者の彼を助ける代わりになんでもするって」
「度を超えていると言ってるの。あなたは良心ってものがないのね」
「なんで僕が責められるの?自分の言葉には責任を持ってもらいたいね。ほら、早く。じゃないと、今にも彼の首を切り落とすよ」
彼を助けたい。
震える手でガウンに手をかけた。恥ずかしさと悔しさで涙が出てくる。
「ジェシカ様」
落ち着いた声で呼ばれる。見られている恥ずかしさでフロント子爵の方を見れなかった。
「ジェシカ様。私のことはもういいのです。自分で決めた事です、あなたの命を助けられただけで良いのですから。私の命など捨ててください」
「そんな事っ、できるわけないわ」
「やらないといけません。あなたは妃殿下です、臣下の命を捨てるべき時もあるのです。自分を大事にして下さい」
「それを言うなら、あなただって自分を大事にしてよ。簡単に命を捨てないでっ」
そうだ、命を捨てる事に比べれば、私の裸なんか情事を見られる事なんか、どうってことない。そもそも、見せられる側の方が可哀想だ。
私は勢いよくガウンを脱ぎ、ナイトウェア一枚になった。
私が声も出さずいれば、何をしているか分からないかもしれない。馬鹿げた考えだけど、フロント子爵が目を閉じていれば見られることはない。
一時、我慢すればいい話だ。それで、彼らの命が助かるなら……。
そう決心してベッドに上がろうとすれば、フロント子爵が焦った声を出した。
「ジェシカ様っ、その首飾りは……」
「えっ?く、首飾り?」
意を決して行動したのに、フロント子爵にまさかの事で声をかけられ動揺した。
私は開いた胸元に目を落とした。アンナの首飾りが胸元にある。
見ると、丸い石がいつもは明るく光っていたのに、今はその光はほとんどなく、赤黒いただの石のようだった。
どくんっと心臓が跳ねる。まさか、そんなわけ……。
「それは、アンナの魔石ですよね!?」
「あ、アンナに何かあったの……?色が……」
私は震える手で石を手に取り、呼びかけた。
「あ、アンナっ、アンナ、聞こえる?私よ、お願い。反応して」
石は以前のように明るくチカチカ光る事もなく、ぼんやりとしていて、今にもその光が消えてしまいそうだった。
「くそっ。殿下、アンナに何をしたのですかっ!?」
フロント子爵が肘を付き起きあがる。
「アンナ?あぁ、妹の方ね。彼女はひと足先に死んでもらったよ、きっと」
「う、うそよ」
「嘘か本当かはそのうち分かる」
エイドリアン様が私を引き寄せる。私はその手を思いっきり振り払おうと抵抗した。だが、男の人の力には及ばず、後ろから抱きしめられる形になる。
フロント子爵が絞り出すように言った。
「エイドリアン殿下っ。殿下、お願いです。私の命はどうでもいいです、ですから彼女と妹の命はっ」
「君の命一つで何ができるの?それに、僕たちは夫婦だ。何も問題はない」
夫婦。その言葉がとても気持ち悪くて仕方ない。彼の手が口が触れる所に鳥肌が立つようだ。
あぁ、もう無理かもしれない。
私は自分の肘を曲げて、思いっきり力のある限り背後に突き出した。
「うっ……げほっ……」
運のいい事にエイドリアン様の鳩尾に肘が入ったのかエイドリアン様が膝をついた。
私は急いでフロント子爵へ駆け寄り、身体を支えた。彼の足枷を外そうとしたが、外れない。
彼の目を見て私は言った。
「じ、ジェシカ様……」
「フロント子爵、あなたは逃げるのよ。生きるの」
その時、テラス側の窓から聞き慣れた声がした。
「お姉様っ!!かがんでてっ!」
咄嗟にフロント子爵が私を庇い、それと同時に爆風と共にティアナがアルジェに跨り部屋に飛び込んできた。
「ティアナっ!」
「2人とも、早くっ!!乗って!」
満身創痍なフロント子爵をどうしようかと悩むのも束の間、アルジェがフロント子爵に頭を寄せれば、たちまち、フロント子爵が立ち上がれるほどになった。
癒しの力、凄い。
屈んでいるアルジェに跨ろうとしたところで、自分の格好を思い出し慌てて足を下ろす。そんな私にフロント子爵が自身のマントを巻き付けた。
「あ、ありがとう」
私をアルジェに乗せ自分も跨るフロント子爵。
「ジェシカっ、待て!!」
エイドリアン様が立ち上がりざま、私を呼ぶ。騎士達が扉から現れて剣を構える。
「逃すなっ」
「アルジェ、早くっ!!」
アルジェは驚くほど滑らかな動きでテラスから出て飛んだ。
眼下ではエイドリアン様が騎士に叫びながら指示を出している。
「アンナを助けに、急いで行かないとっ」
私達3人は夜空を駆け、アンナの元へ向かった。
アンナ、どうか無事でいて。
そう何度も語りかけながら。
エンジェルホース
癒しの力を持ち、主を守護し望むところへ導いてくれる賢い馬。神の使い手としてその姿を消したり現れたりする事ができる。
ティアナが部屋に突っ込んで来た時は、ティアナの指示通りに存在感を示すために姿そのままで現れました。
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