41.歪み
「それでジェシカの調子はどうなんです?エイドリアン」
「はい、まだ無理はできませんが少しずつ回復しつつあると王宮医は言っています」
「そうですか……流産したのは残念なこと、けれどジェシカまで命を落とさなくて良かったものです」
「ええ、そうですね」
淡々と会話をした後の沈黙。何を話せばいいのか分からず、僕は無言で茶を飲む。
自分の母親なのにそこに親愛のような空気はない。いつもそうだった。親子の会話というより、必要最低限で業務のようなものだった。
いや、まだ同僚との会話の方が親しみを感じられるのではないだろか。昔からそうであった。
親の愛なんて分からない。王族として生きるためにその心を教えられても、人として生きる心を両親から聞かされた事など皆無だった。
私は貴方達の何なのですか。血を継承するただの道具なのですか。
そう何度も心で問いかけた。
両親ともこの国の王と王妃でそんな甘い事を言える立場ではないことも理解していたし、そんな2人も政略結婚でそこに愛などないことも理解していた。
愛などもなければ、そこに「家族」の形もない。ただの王族という個々が集まっただけ。
それくらい、僕は両親から家族、愛などを感じたことがない。
だから、愛などより自分の欲求を満たしてくれる物を欲した。
「王宮医の報告より、ジェシカの治療に携わったのがフロント子爵だと聞きました」
「……ええ、そうです」
「彼を今、拘束しているみたいですが、それはなぜですか?」
「なぜって……彼は私の妻に手を出したのです。当たり前ではないですか」
「……まさか、それだけではないでしょう?王太子でありながら?」
「それは……どういうことですか?母上?」
母上は冷たい目で僕を見た。
まただ。
いつも、僕が思い通りの回答をしなかった時に見せる表情。
母上はとても優秀だ。だからこそ王妃として迎えられたのだけれど、優秀すぎて僕はいつも劣等感を感じていた。
感情より理性を優先し、物事の本質を見極め無駄な事はしない。だからこそ、父上の補佐を完璧にこなして王妃を務めあげているのだが、それがなんだか僕にとっては窮屈で仕方がない。
幼い頃より周囲から期待されて、比較され、落胆される。それは両親からも同じだった。
それに応えられるよう必死に足掻くが、親の期待に応えられない惨めさを直に感じないために、真面目に頑張るのは辞めた。幸い、今のところ王太子として上手くやっていると思うが、母上を誤魔化す事は出来ていないみたいだ。
「ジェシカの治療で魔力ではどうする事もできない対処として、生命力の底上げをしたと」
「え、えぇ、そのようでしたが……」
「それがどういう意味を持つか分からないのですか?」
どういう意味か?そんなの、あの優秀だと言われているフロントが、その通りだったという腹正しい事実だけじゃないのか。
そんな僕を見て母上は溜息をつき、想像もしていなかった事を言った。
「彼が王家の血を引いている、という事です」
「……は?」
「あなたはチュリアナ王妃の物語を知らないのですか?王太子でありながら先祖の話を?」
知っている。王家の歴史は嫌というほど頭に叩き込まれた。家族を引き裂かれた仇を討ち、自らこの国を立て直したという。
「勿論、知っています」
「……知っていてなぜその事実に気付かないのですか。彼が王家の血筋である以上、このまま野放しにはできない、ということに。それを把握していて拘束しているものとばかり思っていたのに、違ったのですね」
「いや、その……申し訳ありません」
「……まぁ、いいでしょう。説明します」
呆れた顔をしながら母上が語り出した。
チュリアナ王妃の平民で語り継がれていた物語について、そして、真の力について。
「しかし、それは平民の戯言ではないのですか?」
「今まではそうです。ですが、彼の力を確認した今、それは戯言でもなければ物語でもない。紛れもない事実なのです……彼が行った生命力の底上げ、これがどのような意味を持つかも分かりますよね?」
母上がさも当然かのように問う。
「人の生命力をも操ることができる、今回はジェシカを助けましたが、その逆も可能だと……そう母上は考えていますか?」
「そうです。そして、彼は魔力の吸収もできる……魔力を奪って無能にし、尚、生命を奪い死へと至らしめる事もできます」
「人の生死を操る……」
「この場合、重要なのは外的要因がないという事です。つまり、服毒や殺傷であればその原因は明らかですが、彼の手にかかれば、綺麗な身体のまま、まるで眠っているように死へと導けます。そうですね、病を患っているように徐々に弱らせていくように」
「それは、危険ですね……」
「そんな力を持つ者が王家の血を引くと分かれば、皆、彼をどうしますか?」
まさか、あいつが王家の血筋を継いでいる?それが、本当であれば……血の気が引いた。
「やっと気付きましたか、自分の立場が。彼の出生が知られれば国を揺るがす一大事になります。そして、すでにガーディン侯爵家はその事実に気付いている可能性もあるのです」
「ガーディン侯爵家が?」
「テリア嬢との婚約を何度も持ちかけていたみたいでしたが、フロント子爵自身が頑なに断っていた……彼にはよほど思う女性がいたのですね」
「……」
「ガーディン侯爵家は歴史書によるとチュリアナ王妃の近い家臣でした」
「……謀反を図らんでいると?」
「いえ、そこまで浅はかではないでしょう。ただ、彼の血を継承すれば、今後、どう出てくるか分かりません。だから、何か起こる前にその芽は摘まねばなりません」
「ええ、勿論です」
あんな奴が王族の血筋だなんて納得いかない。ただ、ちょっと魔法が使える生意気な奴だ。あれ以上に調子に乗ってもらうと困る。やっぱり早く処分すべきだ。
僕は話は終わったと立ち上がる。
「あぁ、それと」
思い出したように母上は言った。
「ミーシャの領地のユナリアはどうなんです?噂で聞いたところ、ユナリア自体もミスイのように魔力を宿している植物みたいですね」
「そうなんですか?」
「ユナリアの魔力を誰かが奪った、その可能性も考えられると思います」
母上の意図する事が分からずに見つめ返す。そんな僕を見て苛立たしげに言う母上。
「王太子妃傷害、わいせつ罪では、ジェシカが否定すればその罪としては弱いです」
「事実など変えればいいのです」
「そうでしょうね。ただ、フロント子爵がユナリアの件でこそこそ動いている、という情報もあります。それで十分ではないですか?」
全てを彼に……そう言うことか。
あの綺麗な顔が、どんな表情に歪むのかが楽しみだ。
早く、あいつを痛ぶって苦痛に顔を歪めさせたい。早く、ジェシカからあいつの存在を消してやりたい。
「それと、ミーシャにも会いに行き彼女をより気にかけてあげなさい。大事な時期ですよ……ジェシカはもう子を望めないのであれば、彼女に生んでもらうしかないのですから」
自分の母親でありながら、内心酷い人だと毒付く。無駄な事は省き効率よく物事を進めていく母上からしたら、彼女達は後継ぎのために必要かそうでないかでしか見られていないのだろう。
役に立たなければ、切られる。母上からしたらそれだけだ。
「……分かりました。けれど、僕はジェシカを手放す気はありませんから」
「子は産めずとも正妃としての価値を示せばいい、それだけのことですよ。ただ、ミーシャはそれを良しとするかは分かりません。あなたが上手くやるのです、分かりましたね?」
「……ええ、分かっております」
僕はこれ以上は話したくないと背を向け部屋を出た。息が詰まる。
母上の最後の忠告に憂鬱になった。
ミーシャの扱いは簡単だと思っていた。優しく甘い言葉を発していれば大丈夫だと。しかし、彼女の嫉妬心は、ジェシカのように僕を満たしてはくれず、むしろ、とても煩わしいものだった。
ジェシカは嫉妬しても気持ちを抑えて、けれど抑えきれずに溢れて色んな葛藤を見せるその表情が僕を満たし、優越感に浸らせてくれた。しかし、ミーシャはストレートにぶつけてくる。
昨日だって、僕がジェシカに構いすぎているのを泣き喚いていた。
『エイドリアン様は私よりジェシカ様の方を愛しているのよ。もう子を産めない女を!今は、私があなたの子を妊娠しているのです。大事な時期なのですよ!今日は私の側にいてください』
初めはそれが新鮮で素直に可愛いとも思った。それに、ジェシカの嫉妬を煽るために丁度良いものだと思っていたのだ。
以前だったらそれを知り嫉妬したジェシカを想像して満たされただろう。しかし、もう嫉妬など見せずに僕を静かに見つめてくるジェシカ。そこには焦りも困惑も悲壮感もない。
僕に何も求めていないのが丸わかりで、以前のように涙目になって縋るような目をしていない彼女が、腹正しい。
どうしたら、ジェシカを泣かせる事ができるだろうか。以前のように僕を求めて泣いて縋って欲しい。
扉を開ければ、窓際に座る僕の愛しいジェシカ。
振り向きもせず、窓の外を見つめている彼女に苛立ちを覚える。
彼を殺すという脅しが効かない。完璧に感情を隠し通す彼女は、何があったのだろう。ジェシカを変えたのは何なのか……。
やっぱり、あいつがいる限り、ジェシカは完全に僕の物にはならない。
「僕を見つめて縋ってよ」
そう言い彼女の顎に触れて僕を見上げさせる。そんな彼女の口を覆うように口付けた。
彼女の中へ滑り込むと、僅かに身体を引き抵抗するジェシカ。
気持ちの良い震えが全身を駆け抜けた。
あぁ、これだ。
彼を殺す前に楽しい事をしようか。
僕は自分の名案に頷く。いつまで、そうやって気丈にしていられるか……早く、君の泣き乱れる姿を見せてくれ。
お読み頂きありがとうございます。
だいぶ、頭おかしいエイドリアンですね。




