40.狂愛
「あ、あなた、おかしいわ……何を言っているのか。それに、なぜ彼が死刑になる必要があるのよ」
「君が彼を想って泣いているのを想像すると、興奮するんだ、どうしようもなくね。だから、君に手を出した彼に死んでもらおうと思って」
背筋がぞっとしてエイドリアン様から離れたくて逃げようとするが、後ろは壁。挙げられ固定された手首が鈍く痛んだ。
「それだけの理由で……?」
「それだけ?まさか」
ははっ、とエイドリアンは声をあげて笑う。とても楽しそうだった。
「彼が現れてから君は変わった。それまで、僕を愛して嫉妬して求めていたのに。僕はもっと君に求めて欲しかった」
「意味が分からない。あなたが、愛しているのはミーシャ様で、私は家族、そう言ったでしょう?」
「あぁ、言った。けれど、それは君に嫉妬してもっと僕を求めて欲しかったからだ。狂うほど、僕を愛して僕だけを見て、僕がいなければ生きられないほどに育てるはずだったのに」
育てる?エイドリアン様の言っていることを理解できずにいた。
「私を育てる?何を言っているのかさっぱり分からないわ……」
「僕が見つけ出した君を誰かに取られるなんて許すはずがないじゃないか」
「……見つけ出す?」
「素直で純粋で。才能ある兄妹に挟まれ自分に自信がなく、周りからの承認欲求に飢えていた可哀想な女の子。きっと、僕の言いなりになって僕を求めてくれる、そう思ったんだ」
「それで、私と婚約、したの?」
「他に理由がある?」
そんなことだったのか。取り立て才能もなく優秀でもない私が王太子の婚約者として持ち上がった理由が、エイドリアン様の趣向のためだった。
ショックだった。私を認めくれたわけでもない。ただ、自分の独占欲を満たすための道具に過ぎなかったと気付き、婚約してからのあらゆる努力が無意味にさえ思えた。
「それで、思い通りにいかなくなったから、その原因だという彼を殺すと言うのね」
「まぁ、そういうことかな」
「なんて傲慢なの」
「傲慢?違うな、それは君を愛するあまり、だよ」
「あなたの愛なんて感じた事ないわ。私を愛している、そんなのは嘘よ」
「本当さ。君から求められる度に僕は身体の奥底からじわじわ満たされる感覚があるんだ」
それは、愛じゃない。
「……それは、愛ではなくただの独占欲よ。愛は求めるものではないわ、愛は」
「相手を思って身を引く?それとも与えるもの?それとも……自分の命を捨ててまで守るもの。そんな事言わないよね?あいつみたいにさ」
エイドリアン様は心底面倒くさそうに溜息をつき、私の手を離した。
「愛なんていう感情、何がどう違うの?あー、本当に思い出すだけで腹が立つな」
「……彼に何があったか、教えてちょうだい。知る権利はあるはずよ」
フロント子爵を巻き込んでしまった申し訳なさと、エイドリアン様への怒りがふつふつと沸いていた私は感情を抑えながら言った。
「本当は処刑前日に話そうと思っていたけど、まぁいい。話すよ、全て」
エイドリアン様は私が産後出血で危険な状態からフロント子爵によって奇跡的に助かった一連の流れを説明した。
「あいつが君を助けるために口付けが必要だと言うんだ。あいつの分際で僕のジェシカに、王太子妃に触れようなどと許せるはずがない。だけど、ふと思ったんだ、あいつが治療と言って無理やり手を出したとすれば、邪魔者を処理できるって」
「はじめから、そのつもりで……?」
「そう、事実などいくらでも折り曲げられる。だから、王太子妃に手を出す責任として、あいつは自分の命と引き換えに君を助けたんだ」
まさか、本当に……じゃあ夢の中の彼は現実で……あの口付けも現実だったという事。
咄嗟に口を覆った。
「どうしたの?彼の口付けはどうだった?優しい?それとも激しかったのかな?」
エイドリアン様が楽しそうに聞く。私を愛していると言いながら、他の男との口付けを喜ぶなんて、狂っている。エイドリアンはやっぱり、私を性癖を満たす道具としてしか見ていないのだ。
私はエイドリアン様を睨んで言った。
「それが事実なら、治療の一環としての行為よ。彼をそれで処刑することなどできないわ。私の命を救った恩人なのだから」
「ジェシカ、どこまでも真面目だね。さっきも言ったけど、真実などいくらでも捻じ曲げられる。僕は彼が邪魔で、そして、彼を想って泣く君を見たい」
「狂ってるわ」
「そうかな?あいつだって、それを望んだんだ。自分の命より君を助けることをね……美しいね、こういうの、なんて言うんだっけ?騎士の誓い?忠誠心?それとも、真実の愛?」
エイドリアン様は首を傾けてわざとらしく私に聞く。
「あははは。馬鹿馬鹿しいよね。僕に言わせたら、それはただの自己満足に過ぎない。誰しも自分の命が大事だ。そう思わないかい?」
死ぬのは怖い。誰だってそうだ。でも、それが本当に大切な人を救えるのであれば……
「それをできる人は、とても勇気ある愛情深い人ってことよ」
エイドリアン様は私を無表情で見つめて、「面白くない」そう呟いた。
「もっと、取り乱すものかと思ったのに」
「取り乱しはしたわ。けど、話を聞くうちに冷静になったわ」
私が泣き狂えば狂うほど興奮するという彼の性癖を知った今、それをしようなどとは思わなかった。
エイドリアン様の狂気ぶりに驚き取り乱すのも忘れるほどだったのも事実だけれど、それ以前に私はフロント子爵に腹が立っていた。
「私も彼に腹が立っているもの」
「君が?……なぜ?」
「そんな事されても、ちっとも嬉しくない。命を救ってくれた事には凄く感謝している。けれど、こんな愚かな取引をして自分の命を粗末にするなんて、許せない」
残される側の気持ちも考えてほしい。
「けど、彼の気持ちも分かる。逆の立場であったら私もそうしていたかもしれないわ」
エイドリアン様は嫉妬心丸出しで私を見て言った。
「じゃあ、君はフロント子爵に腹を立てながらも、彼の行動は理解できると?……彼のためなら自分も死ねると?」
お腹の子を救うためだったら、自分の命を捨ててでもそうしていただろう。
「別に彼とは言ってないわ」
「……」
「だから、あなたには申し訳ないけれど、私がフロント子爵を想って泣き叫ぶことも、取り乱すこともないわ……残念ね」
今ここで私が彼を求め泣くことで、独占欲からエイドリアン様はフロント子爵を酷く扱うだろう。だから、今はエイドリアン様の言動に注意して、フロント子爵をどうにか助けられる方向に持っていかなければ。
「君は、本当に変わったよね。まぁ、今だけだよ、そう言ってられるのは」
エイドリアン様は私に近づくと怪しく笑い言った。
「もっと僕を楽しませてね。彼の処刑までもうしばらくあるから」
その言葉に内蔵が奥底から冷えるような感覚に身震いしながら、私は顔に出さないように微笑んだ。
彼の処刑を考えると吐き気がするし、胸が痛い。でも、泣いている暇はない。
エイドリアン様が部屋から出ていく。
自分の子の供養をする余裕もないくらい混乱していた。
子を失った悲しさとエイドリアン様への怒りに困惑、そしてフロント子爵に対しての腹立たしさと焦り、申し訳なさと切なさ。
誰もいない、誰とも会えない時間は、より心細く、そして自己嫌悪に苛まれて、情緒を保つのに必死だった。
全て投げ出して、何も考えずエイドリアン様の言いなりになれば、もしかしたら楽なのかもしれない。
感情を捨て人形のように彼が求める私になる。これまでのように、誰かに求められ、認められるために生きる。
けれど、もう私は知ってしまった。
誰かに愛されて受け入れるだけの人生より、自分が大切な人を愛し、自発的に行動することの方が難しく、そして満たされることを。
空っぽのお腹に手を当てる。
私の子は生きることさえ許されなかった。でも、僅かな日々であったが、私があの子を愛していた、という事実は私を強くした。
謎の黒い薔薇が何なのか、誰の仕業なのか。あの子のためにも、まだまだやる事はたくさんある。
泣いてなんかいられない。
まずは、フロント子爵を助け出す事を考える。
「次会ったら、2つに編み込んであげよう。彼が謝るまで許してあげないんだから」
折れそうな心を鼓舞して私は冗談を1人呟いた。
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まだまだ頑張ります!




