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39.目覚めてから違和感


 私はいつもと違う天井で目が覚めた。


 なんだか全身の疲労感と喉の渇きを感じて身じろぐ。その時に感じた下腹部の痛み。

 あぁ、そうだった。私は自分の子を生きさせることができなかったんだ。


 それを再認識するとともに、絶望感と悲壮感が押し寄せて、涙となって流れ出す。あれだけ、出血していたのに流れる涙は残っているなんて。

 もう一度、目を瞑る。先ほどの夢の中に戻りたい。なんでまだ私は生きているんだろう。


 自分の子を失った今、生きようとなどという気力が失せていた。

 あのまま、死ぬのだと思った。子を守ることができなかった自分は生きる価値などないと思った。


 しばらく呆然と天井を見つめていたら、部屋に入ってきた若い侍女が悲鳴のような声を出した。


 「ジ、ジェシカ様っ!お目覚めに!?だ、誰かお医者様を、王太子殿下を呼んでっ!」


 私はバタバタと周囲が動く様子をただ見ていた。医者の診察も侍女が身の回りの世話をするのも、言われるがまま行った。

 エイドリアン様が来て私の体を気遣う言葉と心配する顔を見ても何も感じなかった。皆の声が私の耳を頭を通り抜けて行く。子を失った今、何もかもがどうでもよく感じた。目に映るものが灰色の世界、聞こえるものはただの文字。


 「ジェシカ。君が無事で本当に良かったよ。もう君を失うかも思うと目の前が真っ暗だった」

 「エイドリアン様。申し訳ありません……お子を産むことができなくて」

 「そんな事、今は気にしなくていい。まずは君の身体が大事だ。ゆっくり休んでまた考えよう」


 まぁ、何より今は、次の子なんて考えられない。未だに手に乗ったあの小さな重みを忘れることができずにいる。

 それを思い出し、鼻の奥が痛くなって喉がつまる。私はエイドリアン様に背中を向けて涙を堪えた。


 「ジェシカ……」


 エイドリアン様が背中をさする。 

 まだ疲労が残っていたのか、私はいつの間にか眠っていたらしい。

 近くで誰かが話す声が聞こえた。


 「では、もう妊娠を望むのは無理だと?」

 「子宮の出血が酷くて機能低下が懸念されます。治癒魔術師によると子宮への血流も悪いみたいで、妊娠できる可能性はかなり低くなるとのことです」

 「そうか……それは仕方ない。本人には僕からタイミングを見て伝えるよ」


 そうか。私はもう子を望めないのか。

 神様はとことん私に意地悪だ。

 まぁ、ミーシャ様が妊娠しているから後継に関しては問題ない。そして、ミーシャ様がいる限り私が産むことはないだろうし。

 そうなると、私は王太子妃としてここにいる意味があるのだろうか。もし、必要がなければ、どこか遠くに行って1人で生きていきたい。ここで起きた事を忘れて、決して思い出さないように。


 それから数日、私は何もしない日々を過ごした。


 「ジェシカ妃殿下。出血の方も既に落ち着いてますし、体力が回復次第、日常生活に戻って大丈夫ですよ」

 「そう……」

 「散歩に行ってもいいですし。その際は寒いので暖かくして出掛けて下さいね」

 「分かったわ」


 私は道具を片付ける女性の医師補助員、サラに聞いた。


 「ねぇ、私を助けてくれたのはあなた?それともチェスター先生?」

 「あっ、いえ、私ではなく……ち、チェスター先生と治癒魔術師の方です」

 「そう……。あの、1つお願いしてもいいかしら?侍女のアンナとアマンダを呼んできてくれない?ここ、私の宮じゃないから、きっと王太子妃宮にいると思うの」


 目覚めてから2人に会っていない。不思議だ、血相を変えて飛び込んで来そうなのに。


 「あっ、そうですね。エイドリアン殿下に確認してしますね」

 「エイドリアン殿下に?なぜ?それは必要ないわ、私の侍女だもの。私が呼んでいると言えばいいわ」

 「えっ、いや、その……そうですね。確認して参ります。あの、それじゃあ失礼します」


 サラは慌てて部屋を出て行く。おかしい、彼女の動揺が丸わかりだった。

 目覚めてから状況を把握する余裕が出てきて、おかしな事にアンナもアマンダもいない事に気付く。そもそも、なぜ私室ではない場所にいるのか。


 1番に2人に会いたいのに。それに、無理だろうがリオン、いやフロント子爵にだって……皆んなの顔を見て安心したい。


 その日の夜、エイドリアン様が来て聞いたのだ。


 「エイドリアン様が?アンナとアマンダが来てないのはなぜですか?2人を呼んでほしいのです」

 「あぁ、ジェシカ。2人は事情があってここには来れない」

 「その事情とは?」

 「……それは、今回の流産の件で2人にも事情聴取をさせて貰っていてね」

 「アマンダとアンナにですか?あり得ないです、それに流産の件はあの怪しい黒い薔薇のせいではないのですか?」

 「勿論、それも疑っている。それに、絶対はないんだ、ジェシカ。彼女達の容疑が晴れるまではここへは来れない」

 「では、お兄様を呼んでください」

 「それも出来かねる」

 「……なぜです?家族です」

 「君に面会する者は極力少なくしたいんだ。君も狙われている可能性があるからね」


 納得できなかった。こんなにも近しい人の接触を禁じる必要が必要があるのか。


 「では、連絡を取りたいです」

 「それも無理だ」

 「何かそれで分かっているのですか?あの黒い薔薇のことも」

 「まだ君に教えることはないよ。ジェシカ、君は生死を彷徨う危険な状態だったんだ。まずは君の身体も気持ちも休ませる必要がある」


 彼の頑な態度に、アンナ達を会わせる気も私に情報を伝える気もさらさらない事を理解する。

 何かエイドリアン様が私に言っていない事があるのは明白だ。


 「分かりました……もう少し待ちます」

 

 でも、そっちがその気なら、私が行動するのみだ。納得できない私は、夜な夜なこっそりと私のいる部屋からまず調べてみた。

 窓から見える景色から、ここは王太子宮で4階の部屋みたいだ。テラスの下には警備が複数いるのと、部屋の扉の外にも、常に護衛騎士がいた。侍女はいつも同じ子で、必要最低限の人との接触ができないようになっている。

 部屋から出る手段はテラスか正面扉の2つ。


 ベッドに横になり部屋を見渡す。仕掛け扉のような怪しい棚さえない。


 「抜け出すのは無理。連絡手段もなし……連絡……あっ!」


 アンナから以前、何かあればいつでも呼べるようにと魔道具をもらっていた事を思い出した。

 私は胸に手を入れて、そのネックレスを取り出す。丸い石を握りしめてアンナに呼びかけた。


 『アンナ、アンナ、私はここよ、お願い伝わって、お願い、ここへ来て』


 何度も何度も呼びかけるがなんの反応もない。いや、反応はあった。石がちらちら光っているのを見ると、きっとアンナに伝わっているのではないだろうか。

 アンナの魔道具が機能しないのはおかしい。多少、いつも不備があったとしても可愛いものだ。

 それに、この石を見るに私が呼びかける度に反応して光っている。絶対におかしい、私の勘がそう言っていた。


 翌日、私は体調が悪いとサラを呼び出した。


 「ねぇ、サラ。教えてほしいの。アンナとアマンダはどこ?」

 「……言えません」

 「なぜここに来れないのかも?」

 「ごめんなさい」

 「……部屋の外で何が起こっているのか、知りたいの。教えて頂戴、お願い。それに、私をどうやってあんな出血から救ったのか、あの日の一部始終を聞きたいわ」

 

 そう言えば、サラは涙を流しながら首を振る。


 「い、言えないのです。ジェシカ妃殿下っ、ご、ごめんなさいっ」


 ふるふると首を振り、涙を流す彼女。素直そうな彼女が必死に何かをこらえている。


 「サラ……ごめんね、辛い思いをさせたわ。言えない事情があるのよね?」

 「……はい。申し訳ありません」

 「分かったわ、それだけで十分よ。いいわ、帰って大丈夫。ありがとう」


 アンナとアマンダに何かあった。そして、私に意図的に情報を遮断していることも分かった。

 私の事なのに、私の侍女なのに説明もなしに事が進んでいる事が許せなかった。私だけ蚊帳の外扱いに対してエイドリアンへの怒りがふつふつと沸いてきた。


 だから、エイドリアン様へ不満をぶつけたのだ。


 「エイドリアン様。何か私に隠している事がありますよね?アンナ達にしろ、今回の流産にしろ。外部の情報を私に伝えないようにしているのはなぜですか?教えてください」

 「ジェシカ、落ち着いて。それは、君が流産したばかりで辛い中、休めるようにそうしているんだ」

 「自分の侍女にも会えず、情報を知らされず、どこが休めるのですか。私はもう大丈夫です、だから教えて下さい、何が起こっているのですか?」

 

 エイドリアン様がため息をつく。昔はそんな表情をされれば、嫌われたくないと引いていただろう。しかし、今はそんな事気にならない。


 「エイドリアン様!アンナとアマンダに会わせて下さい。護衛や貴方が同伴なら可能じゃないですか?」

 「ジェシカ、落ち着いて。君はやっぱり精神的に参っている。情緒が不安定だ」

 「興奮はしているかもしれませんが、頭は冷静です」

 「いや、君は少し冷静さを欠いている。君、医師に安定剤を頼んで来て」

 「エイドリアン様!」


 エイドリアン様が、私を抱えて無理やりベッドに連れて行こうとする。私はそれをすり抜けて壁際に立つ。食事の際にこっそり取っていたナイフを自分の首に当てて、私は言った。


 「教えてくれなければ、ここで首を切ります」

 「早まってはいけないよ、ジェシカ。君が死ねば僕も悲しいし、皆んなも同じだ」

 「そうでしょう?王太子妃が自殺だなんて、外聞悪いですよね?だから、教えてください。何か起こっているのですか」

 「それをこちらに。危ないな、回収し忘れた侍女は首だな」

 「殿下、私は本気です」


 首にナイフを突きつける。チクリと皮膚を指す感覚。


 「ジェシカ」


 エイドリアン様が近づいてくる。私は首にあてる手を強めた、喉がつまる感覚がする。血が首を伝った。でも、この喉を掻き切るのに戸惑いはなかった。子を亡くした今、もう子が望まない今後、私がここにいる意味など何もないのだから。


 「そんな事をしたら、君を助けた彼は、何のために命を捨てるんだろうか」

 「……え?」


 彼?命?


 「フロント子爵が自分の命を捨ててまで、必死に君を助けたんだ。その彼の愛を君は踏みにじるんだね」


 「どういうこと……?」


 そんな私をエイドリアン様は見逃さなかった。一瞬で私に詰め寄ると、手を掴まれナイフを落とされる。そのまま、手を上に固定されて、私は身動きが取れなくなった。


 「ジェシカ。君は僕のものだ、そうだろう?だけど、他の男が君に触れたんだ、しかも、あの男がね。僕は愛する君が他の男に奪われるのなんて許さない、それなのに彼は治療と言って君に触れた……分からない?」

 「な、何が……」

 「フロント子爵、彼は王太子妃に自分の欲情心から治療だと言い、手を出した。だから拘束した。そして」

 

 私は唾を飲む。エイドリアン様の目は爛々として楽しそうに光る。


 「近いうちに、彼を刑に罰する。つまり、死刑だ」


 その言葉に私は膝から崩れ落ちた。

 死刑?フロント子爵が?


 「そ、そんな事あり得ないわ……」

 「残念ながら本当だ」


 私の震える姿見て、エイドリアン様は微笑む。そして、私の頬を両手で包みながら言った。


 「あぁ、ジェシカ。いい、とてもいいね。君のその、他の男を思って震えて泣きそうな顔が。とてもゾクゾクする、今にも君を無理やり抱きたいくらいだよ」


 怪しい微笑みを浮かべ、狂気じみた彼を、私は呆然と見るしかできなかった。

 

 

 

 

狂気じみたエイドリアンを書くのが楽しい私は変態だ。

はい、最後までお読み頂きありがとうございました!

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