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37.最後に特別な時間を

医療的描写が苦手な方はUターンを。



 俺はアンナから連絡が入り、帰らずにいた職員用仮眠室から全速力で走った。

 胃と肺がキリキリするが、そんな事気にならないほどに足を動かした。


 ジェシカ様の寝室に到着する前に、切迫した人の声と慌ただしく行き来する人を見て、心臓がどくんと強く打ち出す。

 まさか、そんなはずない、という不安は拭えず扉から部屋を覗けば。


 ベッドの上に横たわるジェシカ様は真っ赤なドレスを着ていると見間違えるほど血で染まっていた。シーツからも床へ血が滴り落ちて、血溜まりを作っていた。

 

 「馬鹿な……」


 俺は扉にもたれかかる。足に力が入らない。

 産後出血、俺の頭にその文字が浮かぶとともに、部屋を見渡せば、小さな白い布で覆われたものが目に入る。

 

 「どうして……」


 頭を抱える。頭痛がしそうだった。


 「先生、血が止まりませんっ、無理ですっ」


 女性の助手がジェシカ様の足元から顔を上げて泣きながら叫んでいた。その助手の手からも血が滴っている。

 鮮血がジェシカ様の身体から流れ出ていくほど、彼女の肌は真っ白に近づく。


 「まだ押さえ続けて!もう少し手を入れて、分かるか?出血点が!?」

 「わ、分かりません、こ、怖くて」

 「くっ、出血箇所を探したくても、この出血じゃ見る事もできない……」


 器具を手に立ち尽くす王宮医。


 「点滴は、取れたか!?」

 「ま、まだです、血管が見えません……」


 ひどい出血だ、血管も収縮して取れないだろう。それに、点滴自体が新しい技術だ。慣れている者でなければ、無理だろう。

 少しずつ現状を把握して冷静になりつつあった。


 「チェスター先生。私も手伝います」

 「ふ、フロント君、良かった、助かる!!」

 

 俺は上着を脱ぎ、袖を捲る。しかし、痛いくらい思いっきり肩を掴まれて無理やり後ろに向かされた。


 「ちょっと、冗談だよね?彼女は王太子妃で僕の妻だぞ。医者でもないただの文官に手伝わせるわけないだろう。出ていけ、何様だ」

 「殿下、状況を見てください。一刻を争います、すでに大量の出血です。早く止血しなければジェシカ妃殿下は確実に命を落とします」

 「君に何ができるんだ」

 「医学の知識と治癒魔法に関しては、そこそこ自信もあります。殿下、その手を離して下さいませんか?このまま、何もできずに終わりたいのですか!?」

 

 俺は強めの口調で言った。不敬などと言われてもいい、彼女を助けるためにずべきことをするまでだ。


 「だからって、君が出しゃばるな。治す保証もないんじゃないのかな?調子に乗らないでほしい」


 エイドリアン殿下が俺の襟首を掴み額がつくほどの距離で言う。


 「……埒が開かない、いいから離して下さい」


 私はエイドリアン殿下の手を祓いのける。


 「おい、フロント子爵!!」

 「エイドリアン殿下、私からもお願いです。彼の知識と治癒魔法は確実ですから」

 「……何かあったらお前を後悔するまで痛めつけてやる」

 

 いつもの優しい雰囲気はどこかに殺気立つエイドリアン殿下は狂気じみていた。


 俺はジェシカ様の治療をする治癒魔術師に言った。


 「止血をした事は?」

 「い、いえ。でも血管の修復については勉強しています。ただ位置把握が分からなくて」

 「分かった。私が把握する」


 俺は彼女の下腹部に手を当てて皮膚をなぞっていく。

 

 「出血した血管の位置把握は、通常とは違う血流の流れを感じればいい。誰しも血液に魔力が乗っているから、その魔力をたどりながら、違和感のある場所を見つけるんだ」

 「は、はい……」

 「動脈なら圧が急に強くなっていたり、一箇所に圧力が集中していたり、一定の流れとは違う場所を探していく……ここだ」


 俺は彼に手を当てるよう促す。彼は集中するため目を閉じた。


 「恐らくですが、ここかなと思う所が……」

 「それでいい……修復を……」


 彼の手から淡い光が放たれた。

 

 「血、血が止まりました!もう出てきません!先生っ」

 「よ、良かった、フロント君ありがとう、さすがだ」


 部屋の中で、わぁっと歓声が上がる。

 それでも大量の出血をしている。まだ安心できない。


 「せ、先生、脈が弱すぎます……」

 「ある程度の出血なら、療養と食事でゆっくり回復させていくが……魔法で血液を補充することは?」

 「ないものは作り出せませんし、血液は反発し合いますから危険です、ほとんどが死に直結するでしょう」

 「ど、どうしたら……フロント君、何か他に方法がないのかね」


 「お兄様……」


 アンナと視線が合う。


 「ないことは、ない。ですが……」

 「何を躊躇っているの?さっき治したように、早く治せばいい。まさか、ここにきて出来ないとか言わないよね?」

 

 エイドリアン殿下が嘲笑うが、そんな簡単な事ではないのだ、これは。


 「大量の魔力を流しながら、彼女の生命力を無理やり底上げし、血液の生成を促していけば可能かもしれません」

 「血液の生成を促すとは、どういうことかね、フロント君」

 「人間は血液を作る場所がありますよね、先生」

 「骨髄のことか」

 「はい、そこへ大量の魔力を送り込み骨髄の生成能力を高めさせる。ただ、これは血液を失っている分、一方的に魔力を流すことは、魔力過多で死亡するケースも考えられます。それに、血流が少なくて、上手く魔力を骨髄まで送れるかも疑問だ」

 「では、どうすれば」

 「先ほども言いましたが、彼女の生命力を底上げするのです。つまり……」


 チェスター先生がはっと目を見開き俺を見る。きっと、俺の言っている事が理解できたはずだ。


 「それに、大量の魔力の流入、生命力の底上げを効率的に行うには、皮膚の接触では間に合いません」

 「どういうことだ?」


 エイドリアン殿下が険しい顔で聞く。

 チェスター先生が慎重に口を開いた。


 「殿下とフロント君の3人で話させてくれ、急いでその他は部屋から出て下さい」

 

 皆訳がわからないと言った表情で出ていった。


 「詳しく説明してもらっていいかな」

 「皮膚以外の接触で魔力を効率的に吸収させるには、粘膜同士の接触が1番早い、ということです。皮膚とは違い粘膜には毛細血管も大量にあり、粘液も豊富です。魔力中和にはそれが効率的なのです」

 「……つまり、フロント子爵とジェシカが身体を交えるということか?まさか、そんなことを言い出すとは、馬鹿げているな」

 「あぁ、馬鹿げているでしょう。ただ、子宮もその道もぼろぼろな彼女と無理やり交えようなど、そんな残酷なことはしませんよ、さすがに」

 

 そんな事できる奴がいたら、是非お目にかかりたい。


 「じゃあ、どうするんだい?」

 「……口付けです」


 エイドリアン殿下がしばらく俺を見つめる。その目がなんだか怪しく光り、面白そうに細められた。

 殴られる覚悟で言ったのだが。


 「分かった、それしか方法がないのであれば、仕方ない、許す。チェスター先生、彼らを2人にしましょう」

 「え、あ、あの、分かりました……」


 チェスター先生が心配そうに振り向きながら出ていった。


 「それで本当に助かるんだね」

 「保証は出来ませんが、全力を尽くします」

 「ははっ、君が理性を止められなくなった時が見ものだね。でも条件があるんだ」

 「……なんでしょうか」

 「これが君の最後だ。分かる?王太子妃に手をだすんだから、それなりの覚悟と罪を背負ってほしいって事だよ」


 エイドリアン殿下が、笑顔のまま俺の耳元で囁いた。


 「最後にいい思いをさせてあげよう。そのままジェシカを物にしてもらってもいい。でも、ジェシカの命と引き換えだからね、フロント子爵」

 「私の命でジェシカ様が助かるなら本望です」

 「どこまでも一途で腹が立つな。まぁ、いい……僕の物が誰かに奪われるのを想像するのもいいね、興奮する」

 「イカれてますね」

 「イカれてなんかないよ。彼女は僕の大切な物だからね、当たり前だ」


 そう言ってエイドリアン殿下が出ていった。

 俺はジェシカ様の側へ行き、跪く。


 理性などこれまでいくらでも鍛えてきた。悪魔でこれは治療だ。


 こんな形であなたに触れることをお許し下さい。


 俺は顔についた髪を払って頬に触れる。冷たい、もう時間はない。迷っている暇もないんだ。


 俺は彼女に己のそれを重ねた。魔力を流し始めるが細いパイプを通るようで、間に合わない。

 彼女の唇の隙間から己の舌を滑り込ませていく。粘膜の接触が増えて魔力が流れ始めた。そのまま自分の()()()()()()を流し込み、骨髄にアプローチする。


 どれくらい、そうしていたか分からない。だが、徐々に彼女の反応が出てきた。意識が回復してきた事に安堵すると共に、必死に理性を保った。

 効率的に、早く回復させなければ……なのに、回復しつつあるジェシカ様が、僅かに自分の舌を絡ませてきたのだ。

 それに驚き目を開くと、ジェシカ様が朧げな目で俺を見つめていた。


 どくん、どくん、と血液が自分の中で流れ出す。


 「り、おん」


 ジェシカ様の手が動き俺の首に巻き付いた。俺は驚きと危険信号が鳴り、離れようとするが、それを彼女が許さない。


 あぁ、もう……なるようになれ。


 俺たちはお互いを求めるかのように、固く抱き合い、激しく口付けた。止まらなかった。


 これが最後でもそれでいい。

 彼女のそれが、魔力を生命力を欲するあまりの生理的な行動だったとしても、それで構わなかった。


 彼女がこれで元気になるのであれば、それでいい。


 ジェシカ様がふいに手の力を緩めて、腕がパタンとベッドの上に落ちた。

 頬は赤みが出ており、皮膚の色も肌の冷たさも戻っていた。何より穏やかな顔で眠っていた。

 もう大丈夫だろう。


 名残惜しい、彼女の側にいたい。もっと彼女を感じて自分のものにしてしまいたい。

 けれど、それはジェシカ様が望まないだろう。彼女が悲しむ顔は見たくない。


 ただ、これだけは言わせてほしい。


 「あなたをお慕いしておりました……愛しています」


 俺は彼女の額に口付けて扉へ向かった。



 扉を開けるとエイドリアン殿下とその他騎士達がいた。


 「長かったね、お楽しみはできたかな?」

 「ジェシカ妃殿下はもう大丈夫でしょう。脈も落ち着き、眠っています」

 「そう。非常に残念だ、助けてくれたところ悪いけど、彼を拘束して」


 騎士2人に後ろ手を組まされる。


 「王太子妃傷害、及び強姦疑いでリオン・フロントを拘束する」


 そう来ると思っていた。

 それでも良かった。


 自分の命を捨ててでも、ジェシカ様に生きていてほしかった。

 俺には側にいることが許されないのであれば、これが最大限あなたにできることだと思うから。


 騎士に誘導される。最後に一目見ようとしても、もう振り返ることさえ、許されなかった。


不倫…になるならないを問いかけながら、迷いながらも妄想止まらず書いてしまいました。

「不倫じゃないか、ありえん」と思う方々、つっこみながらでいいので、読んで頂ければ感激です。


いつもありがとうございます。

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