36.小さな命
出血などの描写が入ります。
苦手な方はご注意を……
馬車の揺れと痛みで私は吐き気を抑えるのに必死だった。なんで、あそこにフロント子爵がいたのか聞きたいのに、それさえもできないほどだった。
「ジェシカ様、横になって下さい。今、何が1番辛いですか?」
彼が私の横に座り自分の膝上に私の頭を誘導する。フロント子爵に膝枕されてようと、そんな事意識する余裕などなく、必死に痛みと吐き気が治るのを願っていた。
「お腹の痛みと、吐き気が……」
段々と痛みが増す。
アンナが心配そうに私の背中をさする。
「しばらくすると、痛みも引いていくのだけれど……」
私の発言にアンナは顔を強張らせた。
「波があるってことですか?今、痛むのはお腹です?」
「うん、でも一定の痛みはあって……っ」
内臓が捩れるような痛みに私は泣きそうになった。何かを握っていたくて無意識にフロント子爵の服を掴む。その手が震える。
「お兄様、早く城に行かなければ……」
ごくんとアンナが息を飲むのが分かった。嫌な考えがよぎる。
「あぁ。すまないが、スピードをあげてくれっ!」
フロント子爵が御者に叫ぶ。2人の張り詰めた様子が怖い。私の赤ちゃんに何かあったのか、あの黒い薔薇は……。
馬車のスピードが上がるにつれ、私も必死に痛みと吐き気に耐えた。
「ジェシカ様。治癒魔法を使いたいのですが腹の子にどう影響するか分からないのです。なので、せめて城までの間、睡眠魔法を軽くかけますね」
「あ、いやよ。眠ってしまったらもう起きないかも……」
「大丈夫。意識をほんの少し残すように調整しますから。私の手を握って」
温かく大きな手を握りしめる。すると、不思議な事に意識は僅かにあるが、痛みと吐き気が気にならないくらいの眠気が襲ってきた。
「大丈夫ですよ、ジェシカ様。私もいますからね」
2人の話し声を遠くで聞かながら私は夢現の状態に入った。
*
気がつけば自室のベットに横になったいた。
人の気配がしてそちらを見れば、エイドリアン様がいた。
「ジェシカ、あぁ、良かった。君が急病だと聞いて心臓が止まるかと思ったよ。医師によれば、切迫早産になりかけているらしい。しばらく、ベッドでの安静が必要だ」
「切迫……赤ちゃんは?」
「今のところ大丈夫。でもちょっとした刺激で早産になるから、君は寝ているだけでいいから」
未だチクチク痛む下腹部に手を当てる。良かった、まだ生きている。
「ジェシカ、ガーディン侯爵家で黒い薔薇が落ちてきて、その後、痛みが出たと聞いた。合ってる?」
「はい」
「何か関係があるか調べているところだ」
「調べるって」
「ガーディン侯爵令嬢が君を流産させるために計画的に君を茶会に誘い出して、何かしらの方法でそうしたのか、と」
それは、違う。彼女のあの時の顔と焦りようを見たから、直感では違うとそう思う。
彼女はフロント子爵のことで要件があっただけな気がするのだ。
「テリア様は、違うと、いててて、」
起きあがろうとすれば、下腹部がズキンと痛む。
「まだ起き上がってはいけない。この件はこちらで進めるから、君はよく休むんだよ」
私の周りを嫌な気配で囲われているような気がして、恐怖が拭えない。
身体は疲労感でいっぱいで睡眠を取りたいのに、その恐怖感から眠れない。私は、自分の手を合わせて握りしめた。
少しでも、先ほどのフロント子爵の魔法が残ってないか確認するように……お腹の子を助けてと祈るように……。
夢の中で、小さな小さな赤子を見た。
あぁ、私の子だ。
女の子だった。可愛い、指を咥えているのね。膝を抱えてすやすや眠るその子が愛しくて、手を伸ばして抱こうとした。
しかし、その時、あの黒い薔薇が現れてその子の周りで渦巻いた。
駄目よ、その子をどうするというの!?私の子よ!
無我夢中で手を伸ばし駆け寄ろうとするが、近づけない。その子が起きて、泣き出しているのに私は抱きしめる事もできない。
泣かないで、今、ママが助けるからっ!
いつしか黒い薔薇は霧に変わりその子を覆っていく。
駄目、お願い、その子を連れて行かないで!
「お願いっ!!」
勢いよく布団から起き上がりながら、私は叫んでいた。冷や汗と下腹部痛で眩暈がした。
「ジェシカ様!?どうしました!?」
アマンダが様子を見に来てくれたが、私は焦りでパニックなっていた。腹部の痛みが昼間とは全く違うほど強い。
「い、痛い……あぁ、」
足元を見るとシーツに大量の赤いシミ。出血していた。アマンダが血相を変えて叫んだ。
「誰かっ、医者を、エイドリアン様をっ」
「アンナはフロント子爵も呼んで、早く!!!」
それからは、次第に下腹部の痛みが増してきて、まだ生まれるには早い時期、赤ちゃんにまだ出てこないでと語りかけた。
「駄目よ駄目。お願い、まだママのお腹にいて、ね?いい子だから……」
痛みより圧迫感が強くなり、私は必死になる。
「絶対に駄目、早く誰か……あぁぁ」
鈍く鋭い腰の痛みと共に、ずるんと股から何かが出てきた。
アマンダが、周りがバタバタと慌てる中、出てきた赤子を手に抱えた。小さな女の子だ。私の両手に乗るくらいまだ小さかった。
泣かない。
「な、泣いて……泣くのよ。ほら、さっきみたいに泣いて、お願いよ……」
とても小さいその体は小さく口を開けて空気を吸おうとした。でもそれだけで元気な産声をあげることもなく、肺が十分に育っていないその体では生きることが出来ずに、そのまま息もせず動かなくなった。
呆然とその赤子の様子を目の当たりにしている私のところに、エイドリアンが息を切らして部屋に入ってきた。
「ジェシカ……」
エイドリアンが私と手に抱える赤子を見て絶句した。私は血だらけの手で赤子を手に、エイドリアン様を見ることしかできず、腹の子を生きさせることのできなかった事実に絶望と自分への怒りと悲壮感が押し寄せて、声も出せずに泣いた。
後から王宮医が走ってきて、私の手に乗る赤子を見て、肩を落とした。
「残念ですが……この時期に生まれた子は生きられません。残念です、殿下」
どうして、こんなに上手くいかないのだろう。
アマンダが私の肩を抱き、震える手で背中をさすった。泣いている、アマンダが泣いている。
「あ、アマンダっ、わた、私、何がいけなかった、の、かなぁ」
「ジェシカ様、あなたは悪くない。ご自分を責めてはいけません」
「どうしてっ、どうしてなの……」
エイドリアン様を見れば、赤子から目を背けるように視線を外して、私に言った。
「ジェシカ、悲しいことだが、仕方ないこともある。大丈夫だよ、また……また次もあるはず」
それだけ?それに、今、それを言うの?
信じられなくて、目を閉じる。あぁ、なんだかクラクラする……足が冷たいのはなぜかしら。身体全体が震え出して、私は起きていられなくなった。
「せ、先生……これ、」
アマンダの声が震えていた。
私の下にあるシーツは真っ赤に染まっていた。それで、身体に力が入らないのね。
それを機に私は意識を手放したのだった。
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