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35.テリア様と


 「ミーシャを側妃に迎えることになった」


 エイドリアン様からそのように聞いても何も驚かなかった。


 「そうですか。理由をお聞きしても?」


 「子ができたんだ」


 「それは……おめでとうございます、というべきでしょうね」


 「ジェシカ。申し訳ない、タイミングを誤ったよ……君が妊娠中の大変な時に、本当にすまない」


 そう言って私を抱きしめるが、全く本当に、だ。妻が妊娠中に浮気して妊娠させるなんて、何を考えているんだと夫を詰り倒すことは、きっと許されるだろう。

 でも、彼は次期王でミーシャ様は貴重な治癒魔術師で、2人が結婚することは周知の事実だった。だから、子ができても周りは当たり前のように受け入れて喜ぶだろう。

 そんな中、私だけが嫉妬して彼らを責めるなんて愚かなことはしない。


 「なぜ謝るのです?子ができたのは喜ばしいことですし、何より愛する方の子でしょう?」

 「それはそうかもしれない、が……君を傷つけてしまっただろうから」

 「私は大丈夫です。これから出産も控えてますし、そちらの方が私は重要ですから」


 本心からにっこりすれば、エイドリアン様はムッとして私から離れた。


 「なんだか寂しいな。今までの君だったら嫉妬してくれていたのに」

 「エイドリアン様が側妃や愛妾などに、いちいち反応するなとそう仰ったのではないですか」

 「それは、王族として理解してほしかったから」

 「ですから、今はちゃんと理解しています。だから安心してミーシャ様のお側にいてあげた下さい。今が辛い時期ですから」


 経験したからこそ分かるアドバイスだったのに。


 「やっぱり、なんだか君らしくない」


 エイドリアン様が私に覆い被さり、珍しく口付けようとした。

 

 「エイドリアン様。ここでは狭くて体勢も良くないので、するのならベッドでしましょう」

 「……君はもう僕を好きではないのか?」

 「なぜそのような事をお聞きするのです?」

 「何となく感じが違うから……」


 私はエイドリアン様の頬に触れる。


 「そんな事ないです。今は母親になる準備中で気持ちがそっちに向いているだけです」

 「そうなのかな」


 エイドリアン様の冷たくて鋭い視線を受け止めて私は言った。


 「はい、今でもあなたを愛していますから」

 「……本当に?」

 「はい、愛しています」


 大切な者を守るために、私は簡単に嘘をつく。あんなに切実に欲しかった言葉を、今度はエイドリアン様が欲しているような気がして、心の中で嘲笑った。


 エイドリアン様は「ジェシカ、君は僕のものだからね」と言いながら私を抱く。彼の独占欲を知ってて、それを満たすために大人しく抱かれる。

 そうしているうちは、きっとエイドリアン様が彼に手を出すことはないだろう。

 気持ちを空にすれば、嘘をつこうと好きでもない相手に抱かれようとなんでもなかった。


 翌朝、自分の両腕に赤黒い印がついていた。エイドリアン様がそんな趣味を持っていたなんて驚いたが、彼の独占欲からそうなったんだろう。


 少し傷む手首を撫でていたら、アンナがそれに気付いて私の手に触れながら言った。


 「ジェシカ様。お辛くないですか?」

 「アンナ、大丈夫よ。それより、あなたにまで気を遣わせてしまってごめんね」

 「私はいいのです。でも、お兄様は……」


 兄妹揃って同じ表情で泣きそうな顔をするから、この時ばかりは胸が締め付けられて、意志が崩れそうになった。


 「もし、もしですよ。ジェシカ様が本当にここから抜け出したいとお望みになった場合は、私全力で力になりますからね。お兄様だって同じです」

 「そんな時は来ないわ。無理だもの」

 「何があるか分かりません。だから、ジェシカ様、これを」


 アンナが私の手にネックレスを置く。丸い綺麗な魔石のような物が付いていた。


 「これは?」

 「わたしが必要な時に、これを握って強く願って下さい。そしたら私に伝わってジェシカ様の所へ飛んでいきますから」

 「魔道具かしら?とても綺麗ね」

 「私、アンナにしか出来ない物です」

 

 アンナがいつもの調子でにっこり笑う。


 「ありがとう。私、やっぱりアンナの笑った顔が好きよ。いつも元気をくれる。アマンダだって……あなた達がいてくれるだけで私は充分だもの。2人ともありがとう」


 3人で笑い合う。

 とても静かで穏やかな朝だった。





 「テリア様が……?」


 意外なお茶会のお誘いに私は目を見張る。わざわざお茶会をしてまで話したいことは、きっとあれに決まっている。


 後日、私は彼女に指定されたお茶会場所へ足を運んだ。そこは、彼女の邸宅で庭の花々が咲き誇る綺麗な場所だった。

 素直にここに来れて良かったと思ったほどだった。


 「ご機嫌よう、テリア様。ここは素晴らしい場所ですね」

 「我が侯爵家自慢の庭ですわ。特にここの生垣なんかは……こほん。いえ、何でもないですわ」


 生垣が自慢なのか。確かに、紫の花が等間隔で咲き誇り、鮮やかな緑の生垣で囲まれたここは、とても素晴らしく、癒される場所に思えた。

 私が尚も庭を見渡しているのを見て、テリア様が言った。


 「こほん、ジェシカ妃殿下。本日は急だったのにも関わらず、来てくださって感謝致します。少し、お話をしたくて」

 「いいえ、こちらこそお礼を言いたいわ。ここに来られたことを嬉しく思うわ、だって本当に綺麗。庭師の腕がいいのね、庭への愛情も感じるわ」

 「そ、それは、ありがとうございます」

 

 私は久しぶりに王城から出られた事が嬉しくて舞い上がっていた。例え、それが私を敵対視している相手でも、この開放感から気分がとても良かったのだ。


 「ねぇ、この花は何て言う花なのかしら?可愛らしくてとても好きだわ」

 「これは、ルーズレイという花で、別名バイオレットチェリーとも言います。この紫の花が散った後に、2つの身がなるのですが、それがチェリーのようでそのように言われています」

 「まぁ、チェリーのように身がなるの?面白いわ、それは是非見てみたい」

 「あ、あの妃殿下」


 こほん、とテリア様が咳払いをして私の注意を引く。


 「どうしたの?」

 「その、本題に入ってもいいですか?」

 「え?あぁ、ごめんなさい。久しぶりに王城から出られて興奮してしまって」

 

 私は気分を落ち着かせるために用意されたお茶を飲む。


 「お、美味しい」


 甘くてすっきりした茶だった。花びらが茶の中を舞っており、淡い紫色のこのお茶がすぐに好きになった。


 「これもルーズレイ?」

 「えぇ、私が作ってますのよ」

 「凄い、本当に美味しいわ。こんなに美味しいお茶は初めてってくらい」


 感動でもう一口の飲む。

 テリア様が頬を染めながら自慢げに話した。


 「美容にも良くて、寝る前の睡眠導入茶としても効果抜群なのですよ。これを作るのに長い歳月がかかって……」

 

 私は真剣に聞いていたのに、急に我に返ったように難しい顔をするテリア様。さっきの表情の方がとても活き活きしてて可愛いのに。

 いつも顰めっ面で表情が怖く、とっつきにくさを出しているテリア様だが、先ほどの様子からこんな表情もできるのかと意外であった。


 「こほん、ジェシカ妃殿下、話を戻しますよ……単刀直入に言います。妃殿下は、その、リオン様とは恋人なのですか?」


 私の時が止まる。恋人ではない、もちろん……。


 「可笑しい事をいうのね。私は王太子妃よ。彼が恋人なわけないじゃない」

 「それはそうです。ではなくて、密かに想い合っているのかと……妃殿下はフロント子爵の幼馴染と聞きました。それだけですか?」


 彼女は本当に彼が好きなのだろう。頬を染めながらも、でも私に敵対心を剥き出しにする様子から分かる。


 「もちろん、それだけよ。何もないわ、何も」

 「そうは見えませんけど」

 「違うと言っている意外にどうしろと言うの?」

 「それは……」


 テリア様が黙り込む。普段の彼女とは思えないほどとても幼く見えたのは、きっと年頃の令嬢の顔をしているからだろう。そんな私だって彼女と同い年なのだが、自分の方がだいぶ歳を取っているようで、少し彼女が羨ましかった。


 「でしたら、妃殿下からリオン様に言って説得して下さい。私との婚約を進めるように、と」

 「……婚約を」

 「このままでは、リオン様は誰とも結婚しません。その理由はお分かりですよね?でも、私は彼が好きです。彼と結婚して彼の子を産みたい。それに、フロント家の世継ぎを考えれば、リオン様も結婚するべきです」

 「それは、そうでしょうけど」

 「いつまでも叶わぬ恋を追いかけてても、幸せにはなれませんから」

 「それは、本人は伝えればいいのでは?」

 「何度も言っています。彼の血筋を途絶えさせないためにも」

 「血筋って?」

  

 テリア様がハッとする。彼の生まれに何かあるのだろうか。

 

 「と、とにかく妃殿下からリオン様に」

 「それはできないわ」

 「どうしてですか?」

 「人の心って、誰かに言われたから動くものでもないし、自分でもどうする事もできないのよ」

 「でも」

 「一瞬で恋する時もあるし、恋が冷めるのも一瞬だったりするわ。どんなに頑張っても忘れられない恋もあるのよ。それでも、あなたが彼を心から好きで……そんな彼でも愛せると言えるなら、それをフロント子爵に伝えてはどうかしら」

 「私を見てくれなくて、どうしてそれでもいいと言えるのよ!」

 「私もそうだったもの。愛されたいと願ってそれを乞うことは簡単だけど、とても疲れるし満たされない時辛いわ。その反面、相手を想って身を引いたり我慢する事は辛いけれど、それも愛だし素敵だと思うし、どこか強くなれて、焦がれてた時より心穏やかだわ」


 「……ジェシカ妃殿下はリオン様が婚約しても辛くないと?」


 それはもう私が彼を大切だと言っているようなものではないか。

 けれど、ここまで真っ直ぐにぶつかってきたテリア様にはぐらかすのは失礼だと感じた。だから、


 「私は、彼の幸せを願っているわ。彼が誰かと結婚しても、誰かを愛しても、私が彼を大切に想っている気持ちは変わらないし、それでいいと思っている」

 「……そうですか」


 テリア様が目を泳がしている。何か迷っている様子だが……。

 その時、風が強く吹き、私の上空に黒い薔薇が落ちてきた。それは一瞬の事で、その薔薇は私の下腹部に吸い込まれるように消えて、それと同時に鋭い痛みが私を襲った。


 「きゃあ、ジェシカ妃殿下っ!!」


 倒れ込んだ私にテリア様が血相を変えて駆け寄る。

 それと同時に、背後の生垣から勢いよく誰かが駆けつけた。


 「ど、どうして、一体何が、リオン様」

 「何があった!?ジェシカ様、分かりますか!?」


 痛みで吐きそうになりながら、馴染みのある声に目を開けると、フロント子爵がいて。テリア様が後ろで今にも倒れそうな顔をしていた。


 「このまま私が城に連れて帰る。馬車の用意を、テリア様は急いで早馬に伝えて下さい。王宮医と治癒魔法師、それにエイドリアン殿下に、ジェシカ様が急病だと」

 「わ、分かりました」


 テリア様が駆け出す。

 フロント子爵が私を抱える。アンナとアマンダが慌ただしく動いている。


 私は痛みに気が遠くなりそうで、彼の上着を握りしめた。

 「大丈夫、私がいますから」そう言って歩き出す彼。


 不安と痛みで私はただただ、頷くしかなかった。

 

 

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