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33.育つ前に


 ミーシャ様が妊娠している可能性が高い。


 その情報はオーラントから聞く事になった。


 「あいつの周辺を調べてたんだ。そしたら、ミーシャは王宮の客間を当てられていて、今はそこで過ごしている。それで、何やら医師の診察が頻回にあったり、コックにメニューの相談があったりしている。とにかく、彼女の周りが慌ただしい」


 「彼女が妊娠していた場合は……」


 「まぁ、体調を見て婚約の発表から籍を入れるだろうな」


 「こんなタイミングって、本当に悪いわね」


 「それに、ガーディン家の令嬢がミーシャといることが多いんだ」


 「テリア様?」


 まさか、彼女が裏で動いているわけではないわよね。でも、先日も一緒にいるところを見ている。


 「情報が足りなくてなんとも言えないが、引き続き2人を調べてみる」


 「お願いします……あの、お兄様。テリア様が近々婚約するような事は聞いてませんか?」


 「……あるっちゃ、あるな。それも強引に進めようとしている。あいつも大変だ」


 「あいつ……」


 「分かってるだろ?リオンだよ。だいぶ突っぱねているが……まぁ、まだ婚約することはないんじゃないか」


 「なぜ?」


 「どんなに鈍いお前だって気付いているんじゃないか?あいつの気持ち」


 そう言われてどくん、と胸が鳴る。


 「何のことか……」


 「とぼけるな。だから聞いたんだろう?気になってるんだろう?」


 「そんなわけ」


 「ある、顔に書いてる」


 気になる、凄い気になっていた。テリア様がフロント子爵の婚約をほのめかした時、凄く嫌だと思ってしまった。

 少し前までは、あんなにエイドリアン様から愛されたくて仕方なかったのに、それがなくなってこれだ。自分が意外と心移りの早い女だった事に、呆れていたし、軽蔑もした。


 「そうであったら、私は自分を許せない。嫌いだわ、こんな自分が」


 吐き捨てるように言った。エイドリアン様の子を身籠りながら、他の男性に惹かれているなんて、私こそ酷すぎる、酷い女だ。

 エイドリアン様やミーシャ様を責める事ができようか。

 

 「誰かを好きになる感情はコントロールできない……ジェシカ、だから自分が自分を嫌うな。自分だけでも愛してやれ。じゃないと、いつまでもお前はあの時のままだぞ」


 「好きになれるわけないわ。お兄様だってそう思うでしょう?夫の愛を求めていた愚かな女が、それを諦めた途端に他の男が気になる、ふざけているわ。好きになんかなれない」


 「あぁ、側から聞けばひどい女だ。そう思う奴ばかりだろうな、皆んなそういうの大好きだ」


 やっぱりそうよ。皆んな私を軽蔑するわ。


 「だからって、俺は違うぞ。俺はあいつの気持ちを知っているし、お前が長い事、殿下の側で苦しんだいたのも知っている。()()、お前ら2人の気持ちが報われる日がくればいいと、そう思っている」


 「報われる日なんか来ないわ。私は王太子妃だもの。それに、そんな事言わないで」


 「あぁ、そうだな……無責任だった。すまない。でも俺だってあいつの親友だし、お前の兄貴だ。2人とも大切だからな」


 大切……


 「な、なんだか恥ずかしいわ」

 

 「もっと前から言っとけば良かったんだ。お前が苦しんでいる時に、力になれなかった俺たち家族の責任でもあるわな。全部が全部、我慢しなくてもいいんだからな。心の奥底にある望みだけは我慢せずに、やり通すんだ」


 「そんなこといって、ほんとに無責任ね」


 「俺はそうやって生きてきたからな、そんな事しか言えん」


 オーラントは言い切ると、私の頭を撫でて出ていった。

 本当に今更ね。


 「我慢すべきとこは、そうしてか」


 もし、私がこの生活が限界でここから逃げたとする。エイドリアン様からも王太子妃からも逃げるのだ。でも、逃げた私を王宮は見逃さないだろうし、私だけではなくお腹の子も、親族や周りの人にまで迷惑がかかる。それは望んでない。

 じゃあ、自由になるためにこの子を産んでからエイドリアン様と離婚して王宮を去る。この子を残して。これは、想像しただけで泣きそう。自分の子を置いていくなんてこと、絶対できない。それは確実に言える。


 そんな事を考えれば、自ずと答えが出てきた。

 私が望むことは、この子と生きることだ。それができるなら、王宮での生活なんて苦じゃない。


 だから私は決めた。


 気持ちが大きくなる前に、この思いに名前をつける前に、断ち切る事にした。





 私はフロント子爵を呼び出していた。

 これまでのお礼をするためだった。アマンダを連れているから別に如何わしいことはないんだけど、緊張していた。


 「ジェシカ様」


 柔らかい微笑みと共に入ってくるフロント子爵。それが、こんなに嬉しいなんて。


 アンナが少し離れた場所で悲しそうに見ていた。


 「フロント子爵、急に呼び出してごめんなさい。これ受け取って。今までのお礼よ」


 「お礼なんていりません、私は当然の事をしただけですし……何より私があなたのために何かしたかったのです」


 「うん、ありがとう。でも受け取ってほしいの、そして、もう最後にしてほしいの。贈り物は」


 フロント子爵が目を見張る。


 「迷惑でしたか?」


 「ううん、とても嬉しかったわ。ただ、ほらつわりも治ってご飯も食べれているし、むしろ食べ過ぎなほどだし。ミスイはもう必要ないくらいだから」


 そんな悲しい顔しないで。


 「それに、フロント子爵も忙しい中作るの大変でしょう?疲れるだろうし」


 「あなたのためなら、これくらいどうってことないですよ」


 「うん、それだけ優秀なのは知ってるわ」


 「であれば」


 「お願い、フロント子爵。あなたのためでもあるの、あなたに迷惑をかけたくない」


 「……殿下と何かありましたか?この前も思いましたが」


 「そりゃあ夫婦だから、色々あるわ」


 「……」


 お願い、何ともない顔して受け取って。そんな顔しないで。


 「あなたを困らせるのは本意ではないですが、私は今後もあなたの力になりたい」


 「十分すぎるほど貰ったから」


 「……それでもあなたの側でお力になるのは、迷惑ですか?私は必要ないですか?」


 「……ないわ」


 彼を見て笑う。大丈夫だと笑えばいい。


 「ありがとう。ミーシャ様の件はお兄様を通して進めるから。貴方は貴方の仕事に専念して」


 フロント子爵の手に包みを握らせる。


 「感謝しているわ。身体に気をつけてね」


 フロント子爵は下を向いたまま何も言わなかった。それでいい。この気持ちが育つ前に根を経たねば。


 私は彼に背を向けて歩き出そうとすれば、彼に名前を呼ばれて手を掴まれた。


 「ジェシカ様、私は……」


 喉がひりひりするし、鼻の奥が痛い。それでも泣くのは我慢した。

 私の顔を見てフロント子爵も顔を歪め、手を離す。

 それでいい。


 「ありがとう」


 感謝の気持ちは精一杯伝えて、私はそのまま王太子妃宮へ足を進めた。

 大丈夫、もう迷わない。


 部屋に帰り溢れ出す気持ちには蓋を、涙は飲み込みベッドに突っ伏した。

 そして、ふと思った。


 エイドリアン様のことでは泣かないと決めたが、フロント子爵の事で泣かないのは、なんだか自分に嘘をついているようで、素直に頑張った自分を認めてあげたくなった。


 「よく頑張ったわ、ジェシカ。大丈夫、あなたの決断は素晴らしいわ」


 自分で自分を認めるとなんだか、周りの評価など必要ない気がした。

 お兄様の言っていた自分を好きになれってこういうことかしら……好きかどうかは分からないが、ありのままを認めることで、なんだか自信が出てきた。


 「大丈夫よ、ママは強くなるわ」


 そうお腹に語りかけていた。

 



お読み下さりありがとうございます。

母は子がいて強くなります。ジェシカ、頑張れ!

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