31.寒空の下で
不定期な更新ですみません。
思い立った時にばーと書いて投稿するスタイルなのです……読んでくださっている読者の方々、神出鬼没な作品を見て下さりありがとうございます。
またまだ外は薄暗い。
痛む腰を抑えながら私は窓へと進んだ。
お腹の子が心配で仕方なかった。
あんなに激しいエイドリアン様は初めてだった。気持ちいいなんてものじゃない、恐ろしかった。
……何が彼をそうさせているのだろう。
窓を開けてテラスへ出れば冷たい風が頬を刺す。けれど、エイドリアン様に抱かれたこの身体の痛みを忘れさせてくれるようで、私はそのまま外に出た。
繰り返し言われた言葉。
『君は僕の物だ、誰にも渡さない』
ミーシャ様に恋する様子を見せながらも、私には所有物のように扱う彼。分からない、彼の真意が分からなかった。
彼の瞳に優しさではなく、狂気じみた何かを見た。
ゾッとして腕をさする。
やっぱり秋の夜は寒かった。
テラスから淡く光る城の光を見る。王太子妃宮の私の部屋からは本宮の東側が見える。
まだまだ早い明け方に、外を歩く者はいない。警備くらいだろう。
ふと、王太子妃宮と本宮の通路を見た。目は良い方だ。その人を見て目を見開き、ついつい、手すりから身を乗り上げてしまった。
ここは、3階。落ちたら助からない。
けれど、それでも声を出して呼び止めたかった。大声を出してしまえば、護衛や警備に気付かれるかもしれない。
(フロント子爵……!)
心の中で叫ぶ。あの後ろ姿は彼だ。なぜ、そこにいるかなどどうでも良い。今は、彼に会いたい。それが、どんな意味を持つかなんて今は考えなければいい。
彼と話しているとあの頃の自分を思い出す。王太子妃としての今を少し忘れて、ただのジェシカでいられる。そんな気がして。
それが、現実逃避だとしてもそれくらい許してほしい。
その背中が通路の影に隠れて見えなくなった。
やっぱり、図々しい願いだったのかも。結婚していながら、幼馴染とはいえ男の人と話したいなんて。
深いため息が出た。白い空気となって夜空に消える。
もう部屋に戻って大人しく寝よう。そうやって、部屋のドアまで来れば。
「本当にあなたって人は考えなしなんですから」
ばっと後ろを見れば、彼が羽の生えた馬を横にテラスに立っていた。
「ふ、フロント子爵、これは……」
「話は後で。私に気付かれた今、もう後戻りはしませんからね。行きますよ」
そう言うと、フロント子爵が私を馬に乗せて、私の後ろに自分も跨った。
「上は寒いですから」
そう言って自分のマントを掛けてくれる。
彼の掛け声で馬は上へ上へと昇っていき、王太子妃宮の屋根で降り立った。
「凄い、いつもより城全体が見渡せるし、空がなんだか下に見えるわ」
しばらく城の周りや空を見渡していた。気持ちが澄んでいくのが分かる。
「何かあったのですか?」
「ちょっと、ね。フロント子爵こそなぜこんな時間に?」
「仕事を徹夜しようと思っていたのですが……集中力が切れたので散歩に。そしたら、あなたに呼ばれた気がしたのです」
「呼んだわ。でも、戻っていったから気付かなかったと思ったの」
「どこに人がいるか分からないのに、派手に行動できませんからね。ハラハラしましたよ、身を乗り出すなんて、何を考えているのですか」
「そんな子爵こそ、派手な登場じゃない。羽の生えた馬なんて」
「こいつに乗れば、誰にも見えません」
「これも魔法?」
「魔法生物です、私が小さい時から飼育しているので、もう兄弟のようなものです」
「可愛いわね」
しばらく沈黙が続いた。
「私、あなたと話していると昔の記憶が出てきて凄く懐かしい気持ちで暖かくなるの。だから、あなたと話したくて、心の中で呼んだわ、フロント子爵って」
「思い出して下さって、とても嬉しいです。それまで、とてももどかしかったのですから」
「それは本当に申し訳なかったと思っているわ」
「私と話せて落ち着きましたか?」
「えぇ、身体もなんだか軽くなったわ」
「それは、きっとこいつのおかげですよ。エンジェルホースって言って、癒しの力があるのです」
「まぁ、そうなのね。ありがとう……えぇと、名前は?」
「アルジェって呼んでます」
「アルジェさん、ありがとう」
アルジェは私の後ろ首を撫でてくれる。可愛い。
「……ジェシカ様、これは?」
「?」
マントがずれて首元がすーすーしていた。
フロント子爵が私の髪を払いのけて首元を見た。
「……身体はお辛くないですか?」
「ううん、大丈夫よ」
すると彼の手が私の首元に触れて癒しの魔法をかけてくれた。
赤い花が散っていく。
「ありがとう」
なんだか事情を察した事が、恥ずかしくて私はつい言ってしまったんだ。
「ふ、フロント子爵のシルバーブランドがまた見たいわ」
彼は目を見開き驚いた様子を見せるが、躊躇なくピアスに触れた。私の方が慌てた。
「えっ、子爵っ」
淡い光と共にフロント子爵の髪色がシルバーブランドに変わった。あの頃と変わらなく綺麗だった。
「なんだか、夜空にかかる絹糸のカーテンのようね」
「わざとですか?」
「ふふ、懐かしいわ」
2人で笑い合う。あの頃よりだいぶ歳は取ってしまったから、させてくれるか分からないけれど、私は彼に聞いた。
「触っても?」
「……どうぞ、触って下さい」
手を伸ばして彼の前髪に触れた。さらさらと指を滑っていくその感覚は、あの時と変わらない。
彼はされるままに、目を閉じた。
触ってても良い、そう言っている。
しばらく、私は髪の毛で遊ぶ。本当は後ろ髪も解いて編み込みたいけれど、それはさすがに言えなかった。
「飽きませんか?」
「ううん、全く」
「あの頃もそうやって、ずっと触ってましたね。だいぶ、きつかったです」
「年頃の男の子には、屈辱だったかしら。ごめんなさい」
「いや、そういうのじゃなくて」
「今は?」
「今は……もっと触れててほしいです」
彼の長い睫毛が伏せられ、月の光で影を作っていた。彼が優しく微笑むから。
胸の奥がきゅーってした。
だめ、だめ、だめ。
ギャップが凄すぎる、あんなに刺々しかった彼が、今や私に前髪を預けて微笑んでいる。
そんな甘えるような表情は危険だ。
心の危機を感じて、手を引っ込める。が、フロント子爵にその手を掴まれた。
「ジェシカ様。覚えていて下さい。私はいつどんな時でもあなたの味方です。今も昔も、あなたのために生き、あなたのために身を捧げる覚悟ですから」
そんなの知らない。そんな騎士の誓約みたいな覚悟、聞けない。
指先に彼の唇が触れた。
じん、と熱くなる指が憎くて、拳を握りしめた。
「そ、そんな覚悟いらない。受け取れない……それに見合う何かを私は返せないもの」
「臣下は主に命までも捧げる、これ当然のことですから」
臣下。その言葉に安心して、ちょっと残念に思っている自分がいた。なぜ?
「身体が冷えすぎるのはいけません。帰りましょう」
*
部屋に戻り布団に入れば、冷え切った身体にじんわりと熱が戻ってきた。
彼の触れた指先の熱が、忌々しくて、でも嬉しくて手放したくなくて、私は指を握りしめて眠りについていた。
自分の心の変化に気付かぬフリは出来なかった。
もし、許されるなら。
彼を心の拠り所として密かに想い始めることを許してはくれないだろうか。
もし、許されるなら。
いつか、ただのジェシカになれるそんな日が来るならば、その時はその想いに自信を持って名付けたい。
そんな淡い期待だけなら、抱かせてほしい。
え、不倫ってどこから……?と自分に聞きながら書いています。
でも、書きたいんです……いけないけれど恋してしまう、そんなやつを。読者様引き続き読んで頂きたいです……´ー`)




