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23.治癒魔法と彼


 私は勢いよく扉を開けて、王族専用の温室を出た。


 外で待機していたアマンダと護衛が驚く。だが、私はかまわず早足で歩く。


 「ジェシカ様?」


 「もう、行くわ」


 「えっ、でも」


 「いいの。もう、いいのよ」


 アマンダが背後で慌てる様子が見えた。だが、振り返りはしない。あの2人が再び目の前に浮かんできそうで……もう、以前の私には戻りたくなかった。


 このまま、部屋に戻ってベットに突っ伏して泣きたい気分だ。そうしてしまおうか。


 けれど、なんだかそれは虚しい気がした。


 こういう時こそ、1人でいるとネガティブになり落ち込んでいく事は目に見えている。

 だったら、このまま気の向くままに歩こう。


 気分はやさぐれ、足は無理したからかヒールでぼろぼろ。


 誰かが私を呼んでいる。


 ロマンス小説なら、ここで素敵な男性が現れて助けてくれるなんてあるけれど、現実ではそうはいかないわよね。


 もう一度、声がしてそんなラブストーリーは消し去るしかなかった。なぜなら、その声は知っていたから。

 私は振り返った。


 「お兄様と、フロント子爵」


 「なんだよ、ひでぇ顔。あからさまに残念そうな顔をするんじゃない」


 「……私だってそういう時くらいあるわ」

 

 2人が目を丸くする。アマンダにしろ護衛にしろ、2人にしろ、今日は驚かせてばかりね。


 「そうか、まぁ、お前も人間だからな。泣きたい時くらいあるわな」


 「別に泣いてなんか、」


 「泣いてるじゃないか」


 頬を触ると涙がまた伝っていた。


 「あれ、どうして……もう泣きたくないのに」


 手の甲で拭うがどんどん溢れてくる。

 おかしい、おかしい。もう、彼らのことなんか気にしないはずだったのに。もう、彼のことで涙なんか流したくないのに。


 思い出さないはずだったのに。

 脳裏に焼き付いて、あの光景が離れない。


 目の前にハンカチが差し出された。


 「泣きたい時は、泣いていいと思いますよ」


 私は涙の顔を素直に上げられず、ハンカチを凝視する。今は、そんな優しさが染みるのに。


 ハンカチに顔を埋めて「ありがとう、ございます」と小さく言えば、大きな手が頭に触れた。


 「お前の泣き顔なんて、いつぶりかよ。そうだな、懐かしいなぁ」


 ぽんぽんと重みを感じて、それが心地よかった。


 「ジェシカ様、泣いてもよろしいのですよ。私たちの前では大丈夫ですから」


 皆の優しさが辛い、嬉しくて辛い。


 うん、うんと幼子のように頷きながら声をくぐもらせて泣いた。皆に見られてようと、泣き出したら止まらなかった。





 少し落ち着いたところで、誘導されるまま歩けば、気がついたら人気のないガゼボに移動していた。暗闇の中、椅子に座る。


 泣きすぎて頭痛がするし、目は腫れて痛いしで最悪だった。

 

 「ジェシカ様……大丈夫ですか?」


 「ううん、大丈夫じゃないわ」


 主に顔がね、と付け加えれば、アマンダは泣き笑いのような顔をした。


 「なぁ、ジェシカ。もう我慢するのやめないか。お前が苦しめば、アマンダもアンナも悲しむぞ」


 「そう、ね」


 「もちろん、こいつもな」


 「おい、余計なことは言うな」


 フロント子爵が慌ててる。皆んなに心配かけて、本当に情けない妃だわね。


 「うん、もう大丈夫。泣くのも体力がいるわね……」


 私は顔を上げてアマンダを見て、お兄様とフロント子爵を見た。

 ここには私を本当に心配してくれる人がいる。


 「もう、自分を繕って我慢しないわ。私は、私を大切に思ってくれる人達を1番に考える。そして、自分とこの子を大切にするわ」


 強くなりたい。いや、強くなろう。


 皆が求める王太子妃ではなくて、自分がなりたい王太子妃になるんだ。大切な人を守れる、そんな女性になる。


 大きく深呼吸をした。冷たい空気が肺を満たしてキリリと気持ちが引き締まるようだった。


 「もう大丈夫」


 そう言って立ち上がると、足首がズキズキしてもう一度座り直した。


 「ジェシカ様、ヒールで無理されたからか靴擦れが酷くなっています。底の低い靴をお持ちしますので、ここで待っていて下さい」


 アマンダは駆け出していった。


 「俺が抱えていこうか?建国祭の時みたいに?」


 「冗談言わないで」


 あの時、フロント子爵に抱えられた事を思い出して恥ずかしくなった。

 それに、あの時もだがミスイの粉に関しても、まだきちんとフロント子爵にお礼をしていない事に気付く。


 「あの、フロント子爵?あの時はちゃんとお礼をしていなかったわね。それにミスイの粉まで頂いて、ありがとうございます。凄く助かっているわ」


 「礼には及ません……自分がしたいからそうしているだけですので」


 「どうして、そこまでしてくれるの?」


 「それは……」


 フロント子爵が黙り込む。私は頭を捻り彼の言葉を待った。


 「……あなたがこの国を支えていく王族の1人だからです」


 「まぁ。ふふ、そんな今のうちに私に恩を売っておいてってことかしら?」


 私が冗談めかしで言えば。横ではオーラントがやれやれと肩をすくめ、フロント子爵は眉間のしわを深めて溜息をついた。


 「私があなたに恩を売っておいても、私が報われるそんな日が来ることはありませんから」


 「え?どういう……」


 ふいっとフロント子爵が私に背中を向けた。「相変わらずあなたは鈍い」そう呟いて。


 「え?鈍いって?ふ、フロント子爵?」


 なぜ怒っているのだろうか。せっかく仲良くなれていると思っていたのに、何がどうして?

 いつもそうだ。何か言いたそうな態度でいて、そして冷たくされて、こっちは気になってしょうがないのに。

 だから、少し刺々しい言い方になってしまった。


 「わ、分からないわ!なぜ怒っているのですか?」


 これまでだったら、そのままおどおどして何も行動できずにいただろうが、ついさっき、変わると決めたのだ。だから、勇気を出して、思った事を口に出してみた。


 「……」


 無視。まさか、王太子妃である私の問いかけに、無視するフロント子爵。

 少しムッとして、私は椅子に座り直す。ガゼボの壁越しに背中合わせになる私達。


 「あなたが、思い出さないのが悪いのです」


 彼がそう発したから、後ろを向いた。

 と同時に目を塞がれて、温かなじんわりとした熱が目全体に広がったと思うと、泣いて腫れていた痛みが引いていった。


 知っている。私はこの治癒魔法を知っている。


 「……思い出しましたか?」


 「あなた……まさかあの時の、」


 見つめ合う私達。


 私は遠い幼い頃の記憶をたどって、思い出していた。

 カルティアン侯爵邸に剣術訓練に来ていた、とても綺麗な子のことを。

 


 

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