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2.婚約と私


 王太子の婚約者、夢のようだった。母と手を取り喜んだ。


 なぜ、華やかさのない地味な私へ縁談が来たのかその理由は分からなかったが、神様は努力している私を認めて下さったのだと、努力が実を結んだのだと思った。

 私は世のご令嬢達の憧れ、「王太子の婚約者」に酔いしれた。そして、王太子に相応しい女性になろうと、ますます勉強に励んだ。父と母も私の教育に力を入れた。

 

 始めのうちは父と母も私を褒めちぎり激励していたのが、私の思っていたより「普通」の出来に「なぜ、こんな事も出来ない?」とがっかりすることも増えた。

 そして、母は私の身の回りの生活へより干渉するようになった。やれ化粧は清楚に薄く、今流行りの肌を多く出すファッションや華やかな髪飾りはナンセンス、全てを包み込むような女神のような優しさに溢れた清廉な女性になりなさい。それが、王太子妃として相応しい、と。

 それに、付き合う友人も管理され、楽しみだった馬乗りも怪我や日焼けをするからと禁止され、趣味の読書も恋愛物や冒険物は俗物だからと禁止された。

 

 私の生活が制限ばかりで息苦しく感じても、「ジェシカなら、まだまだやれば出来る。あの2人とは違うから」、「私の言うとおりにしていれば大丈夫よ」と言われれば、そんな胸の内のもやもやも気付かないようにして、父と母が喜ぶならと頑張った。

 学園での成績に伸び悩んでも、始まった王妃教育でその程度かと厳しい言葉をかけられても、父と母の期待を裏切らないように努力した。


 婚約者のエイドリアンは、私に親切で13歳というのに、とても紳士的で大人びて見えた。爽やかな笑顔で私をエスコートし定期的にお茶会を開き時間を作ってくれた。


 13歳で学園に入った時は、周囲は王太子の婚約者として、突出した美貌も才能もない私を相応しくないと話していたが、「君はよく頑張っているし、容姿が良ければいいというものでもない。そうだろう?君は自然体で美しいよ。それに君といると穏やかで心落ち着く。それが大事だ」と励ましてくれた。


 母が必死になって清楚な容姿を保てるように肌の手入れを徹底し、薄化粧でも見栄えるようにメイクを研究した成果か、エイドリアンに褒めてもらえた。頬が熱くなるのと同時に胸のトキメキを覚えて、私はその時、本気でエイドリアンに恋をしたのだ。


 母の言う通りにしてきて良かったと感謝した。そして、もっと褒めてもらえるように自然な美しさを保てるように努力した。


 私とエイドリアンの仲を見て、周囲の反応も少しずつ変化してきた。


 ある時、私に敵対視するテリア・ガーディン侯爵令嬢と下級貴族の令嬢が揉めていた。全身震えて今にも泣き出しそうなその子があまりにも可哀想で、その後1人になっている時に大丈夫かと声をかけた。その子は堰を切ったように泣き出し、私はそばで背中をさすって慰めた。


 それから、テリア様は下級貴族に容赦なく血も涙もない悪女だと噂され、私は下級貴族にも分け隔てない優しい女神と囁かれた。その上、常日頃から母の言う「寛容な女神様のような女性」を意識して徹底して行動していたため、優しさに溢れた謙虚な王太子の婚約者と評された。

 

 「君のその子を案じる純粋な優しさが伝わったんだね。本当に君って人は素晴らしいよ」エイドリアンからも褒められ、周囲の評価もうなぎのぼりだった。


 本当にそうなのか。


 その行動の中に、「優しい良い人」という良いイメージを意識してはいなかったのか。自分がよく分からなかった、それは誰のための行動だったのか。

 けれど、そんな良い人と思われる、それが心地よかった。

 そして、悪役令嬢と噂された侯爵令嬢のように人から嫌われないように、良い人、優しい人をより意識するようになった。


 そうやって、私は周囲からの承認欲求を満たして自分を大事にしていった。


 そんな私を見て、留学する前に妹が言った。


 「お姉様。そうやってなんでもかんでも飲み込んで優しい笑顔を絶やさずにいたら、いつか爆発してしまうわ。少しは黒い心の内を見せて発散しないと」


 私はどきりとしたが、そんな黒い感情などないと否定して、音楽に伸び悩んでいた妹が嫉妬しているのだと言った。


 「バカバカしい。お姉様を心配した私がバカだった。昔から地味でうじうじしたお姉様が嫌いだったわ。そうやって、取り繕った笑顔で窮屈に生きればいい」


 そう言い放って、妹は留学先へ旅立った。


 結婚した兄は私に言った。


 「お前は何のために、学業や王妃教育を頑張ってるんだ?楽しいか?親か?それとも国か婚約者か?周りの期待に添えれば嬉しいか?」


 結婚しても尚、好きな事ばかりして、父とは衝突ばかりの兄だから、むしゃくしゃしているのだろうと「期待に添えられて嬉しいわ。兄様もお父様の言う通りにしてみれば良いのでは?」と返した。

 そんな私を呆れたような目でぼそりと呟き去って行った。


 「結局は優しい未来の王太子妃という自分のためだろう」


 卒業式の日、テリア様が私に言った。


 「いつまでも、その仮面でいられ続けるわけないわ。笑顔の下には可愛い自分しかいないでしょう?そんな繕ったあなたを、王太子殿下が愛するわけないわ」


 愛されない、という言葉を聞いて反射的に「エイドリアン様は私をいつも素敵だと褒めて下さいます。今の私で良いと……」と反論していた。

 そんなわたしを見て、目を細めて彼女は言った。


 「好きだと、愛してると言われたのかしら?」


 気付かないようにしていた部分を抉られて胸が痛んだ。そんな私を見て更に彼女は心底楽しそうに言ったのだった。


 「せいぜいあなたの好きな自分だけを見て生きなさいな。私を悪女にしたように、次は誰を蹴落とすのかしら」


 ひどく気分を害して、そして落ち込んだ。彼女を悪女にするつもりも、蹴落とすつもりもなかったのに。

 それに、エイドリアンからは好きだと言われたこともない。口付けをされたこともない。婚約者として丁寧に扱ってくれている事は分かるが、恋人のような甘い雰囲気になった事もない。


 一度、エイドリアンには婚約前に親しくしていたという女性の噂があった。だが、噂であってそれらしい女性の影もないし、何よりエイドリアンは女遊びなどしない真面目な人だ。


 だからこそ、「愛されない」という言葉は私を暗い井戸の底に突き落とすには十分だっだ。


 そんな不安を胸に残し、卒業後、晴れて私は王太子妃になった。やっと、エイドリアンの妻になったのである。


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